欺瞞の薔薇
ブギーが眠たげに暖炉の火を眺めていると突然背後の扉が開かれた
外から冷たい空気が流れ込みブギーは微かに身を震わせ振り返る
そこにはウェーレンが立っていた
ウェーレン「ブギー、起きてたのか」
ブギーの姿を確認すると扉を閉め暖炉の方へと向かう
すぐ傍の椅子に腰掛け、暖炉の火に手を翳す
ウェーレン「ジャックの治療は?」
ブギー「問題ねぇよ…で、そっちはどうだったんだ?」
ウェーレン「古株達に簡潔にだが説明をしておいた、明日ジャックの肩を見たいそうだ」
ウェーレンが何度も口にする古株達
それがどのような連中なのかブギーは知らされていなかった
彼は信頼しているようだが此方としては少しくらいは情報が欲しいところだ
ブギー「その古株達ってのはどんな奴らなんだよ」
ウェーレン「ああ、そういえば話していなかったな…彼らはこの街に古くから住む連中なんだ」
ブギー「古くからってどれくらいだ?」
ウェーレン「うぅん…俺達なんか存在すらしてないくらい昔といえばいいか…実際の所彼らがどれだけ生きているのかなんてわからない、本人達も年を数えるのをやめたらしいからなぁ」
この世界の住人は人間と比べると遥かに長生きだ
何方かといえば若い世代に入るジャックやブギーでも人間の寿命で数えればその何倍もの年月を生きている
そんな彼らが存在しない程昔から住むという連中
確かにそれだけ長く生きていれば多くの知恵を持つだろう
それならばジャックの肩の傷を見れば何か解決法を見出すかもしれないとブギーは考えた
ブギー「で、そいつらはいつ来るんだ?」
ウェーレン「残念だが彼らはあの場所を離れる事は出来ない、明日の朝に此方から向かう事になっているんだ」
そこでブギーは一度ジャックがいる部屋の扉に目をやった
此方から向かうと言うが今のジャックを動かしていいものかどうか
もしそれで何かあればますます厄介な事になる可能性がある
余計な面倒事に巻き込まれるの勘弁願いたい
…既に十分すぎる程の面倒事に巻き込まれてはいるのだが
そんな事を考えていたブギーを見てウェーレンがその肩を軽く叩く
ウェーレン「大丈夫、きっと古株達が彼を助けてくれるさ…あまり心配し過ぎない方がいい」
ブギー「は?誰が心配なんてするかよ」
ウェーレン「へぇ…じゃあ何でチラチラと部屋の方に目を向けてるんだ?」
その指摘にブギーは顔を顰め不機嫌そうに顔を背ける
素直ではないその反応にウェーレンはたまらず声をあげ笑った
ウェーレン「素直に心配だって認めたらいいだろ、別に恥ずかしいような事じゃない」
ブギー「うっせぇな!俺は別にアイツの心配をしてるんじゃねぇ!」
ウェーレン「じゃあ何を心配してるんだ?」
ブギー「アイツの心配は微塵もしちゃいねぇ、ただもしもアイツに何かあれば同伴してた俺にも責任があるって事になるだろうが」
ジャックに何かあり、彼が危険に晒されたとしよう
それが他の上層連中に知れれば非常に厄介だ
同伴していた自分にも責任があるとみなされる
そうなれば責任を取るようにと何かしらの方法を用いて圧力をかけてくるだろう
ここで一番の問題というのはその上層連中だ
その中で特に厄介なのが約3名
彼らは所謂ジャックの保護者みたいなものだ
ブギーはその3名が怒る様を想像して思わず表情を歪める
別に怖くなどはない
そう、怖くなどはないのだが
正直そうなってしまえば生きていられる自信はあまりない
ウェーレンは彼のその考えまでは流石に理解していなかったが、目の前で表情を歪ませるブギーを見て思わず笑ってしまう
ウェーレン「な、何もそんな…この世の終わりみたいな顔しなくてもいいんじゃないか?」
お前にはわからねぇよな…
ブギーは深く溜息を吐くと気持ちを切り替えウェーレンへと顔を向けた
ブギー「とりあえず明日ジャックを連れてその古株達の所へ行けばいいんだな?…アイツちゃんと歩けるのかぁ?」
ウェーレン「俺がいない間はどうだったんだ?」
ブギー「そりゃぁ色々と手間をかけさせてくれたぜ?二度も治療をするとは思わなかったなぁ~」
何故二度も治療する必要があるのだろう
ウェーレンは不思議に思ったが、それでもしっかりと処置はしたようなのでそれ以上問いただす事はなかった
ウェーレン「まぁ最悪歩けなければ担いで行くしかないな」
ブギー「おーその時はよろしく頼むぜー」
ウェーレン「お、俺が担ぐのか!?」
ブギーは暖炉の前に身体を横たわらせ盛大に欠伸を漏らす
なんとも眠たげな声をウェーレンへとかけた
ブギー「俺は治療で精魂尽き果てちまってなぁ…力仕事は若いもんに任せてだな」
ウェーレン「若いもんってそんなに変わらないだろ!それに力仕事って…ジャックを担ぐのは力仕事には入らないと思うぞ?」
ジャックの身体は骨だ
つまり肉の無いその身体は軽い
森から彼を抱えてきた際にその事に気付いたウェーレンは驚いていた
確かに骸骨だと言われれば納得してしまう事だが、王と呼ばれる者にしては軽く簡単に折れそうだと感じた
よって力の強いブギーやウェーレンが担いだとしても何の苦にもならないだろう
要するにブギーが面倒くさがっているだけだった
ウェーレンが文句をいうも、肝心のブギーは寝転がったまま目を閉じいびきをかき始めてしまう
ウェーレン「…はぁ」
そんなブギーにやれやれと溜息を漏らすと、彼を起こさないよう立ち上がり奥の部屋へと向かう
暫くして戻って来たウェーレンの手には薄手の毛布
それを寝転がるブギーの身体にかけた
いくら家の中、暖炉の前とはいえ何か身に纏わなければならない
この街では夜更けから朝方にかけてが最も気温が下がる
ウェーレンは近くのソファに腰掛けそのまま寝転がった
もう一枚持ってきていた毛布を自身の体にかけ
サイドテーブルに置かれているランプの火を消した
月明かりが窓から注がれ微かに室内を照らす
ウェーレンはそのままゆっくりと目を閉じ、静かに眠りについた