欺瞞の薔薇





それからどれほど経ったか

気が付けばブギーは椅子に腰掛けたまま眠りについてしまっていた


気持ちよさそうに寝息を立てるブギー
そんな彼のすぐ横、ベッドの上には本来寝ているべき人物の姿がなかった




ジャックは1人浴槽の横に立っていた
そこには壁に掛けられた大きめの鏡があり、彼はその前に立っている

ジャックは身に着けていたシャツを脱ぎ捨て、鏡に包帯に包まれたその身を映し出す
細い骨の身体を包む包帯に指先を添え、左肩を露にしていく

肩を包む包帯が足元へと垂れ落ちる


鏡に映る光景を見てジャックは言葉を失った


左肩の骨がどす黒く変色している
しかもそれは自身が見た時よりも広い範囲に及んでいる

その黒い骨をそっと指先でなぞる
獣の牙が深く刺さった箇所だ
骨がひび割れ、骨折したはずのその場所は治療で塗られた軟膏のおかげでなんとか骨を接合している状態だ


ジャック「……」


ジャックは何も喋る事なく黒い骨に触れていた手を下ろした

すると突然視界が激しくぶれる
足がふらつきその場で倒れかけ、咄嗟に右腕を伸ばした

その腕は浴槽の蛇口を掴み、膝をつくと同時に蛇口が捻られる
水が流れ出し浴槽の中を満たし始める

その場に片膝をついたジャックは揺れる視界を戻そうと軽く頭を振る


やっぱりおかしい

傷を見たがどれも治療が施されておりこのような事が起きるはずがない
そうなれば考えられるのは


そこでジャックの視界には何も映らなくなった













どれほど経ったか
ジャックが目を開くとそこに広がるのは水に濡れた床
その次に見えるのは浴槽
浴槽からは水が溢れだし床全体を水浸しにしている
ジャックはその中に倒れていた


床に脱ぎ捨てたままのシャツや身体を包む包帯、ズボンも全てその水に濡れている


ジャック「…まずぃ…」


早く起きないと
そう考えるが何故か身体が思うように動かない
少し前までは自分の足で軽々と歩いて来れたのに

そう考えていると突然扉が開きそこから此方へ駆けよる人物の姿

それはブギーだった

駆け寄るや否や何やら怒鳴り声をあげているが言葉がよく聞き取れない


すると突然身体が宙に浮いた
いや、ブギーに抱え上げられたのだ

浮いた全身から大量の水が滴り落ちた












濡れた衣服や包帯を取り換えられたジャックはベッドに横たわっていた
眠ってはいないが無言のまま

その隣には椅子に腰掛けるブギー
腕を組みなんとも不機嫌そうな表情で同じく無言のまま


ジャック「……えっと…ブギー?」


ようやく口を開き彼の名を呼んで見る
しかし返事は返っては来ない


ジャック「…あれは、その…別にわざとじゃ」
ブギー「ほぉ~…?」


そこでようやく反応があった
顔の向きはそのままに視線だけをジャックへと向ける
その視線は鋭く明らかに怒っているものだとわかる


ブギー「よしわかった、とりあえず黙れ…ここからは俺が質問する番だ」


そこでようやくブギーはジャックへと身体を向けた
そして真っ直ぐ彼を睨みつけた


ブギー「今のお前は一応怪我人っつーか病人みてぇなもんだってのはわかるよなぁ?」


ジャックはその問いかけに素直に頷く
普段ならばあまり認めたくはないけれど、今の自分は明らかにそれに該当するような状態だ


ブギー「そうかそうか、なら次の質問といこうか…普通そういう奴は大人しく寝てるもんなんだが……おやぁ?これはおかしい!俺がお前を見つけたのは浴槽だったような気がするなぁ?」


その皮肉めいた口調に少々イラつくものの、その問いかけにも素直に頷く
するとブギーはその場に立ち上がり、次の瞬間彼へと怒声を浴びせた


ブギー「わかってんならちったぁ大人しくしやがれ!!!お前が何かやらかす度に俺に迷惑かかってんのがわかんねぇのか!!?」
ジャック「しょうがないだろ!傷をよく見たかったんだ!」


ブギーの怒声を浴びいよいよ苛立ったのか、ついにはジャックも声を荒げた
しかしその直後に骨に響いたのかたまらず骨折した箇所を押さえる


ブギー「はっ!ざまぁねぇな!!」
ジャック「くそ…身体が元に戻ったら殴ってやる…」


身体を押さえながらもそう唸るジャック
そんな彼の反応を見てブギーはにやりと笑みを見せた


ブギー「ならさっさとそのほっそい骨を治すんだな~」


ふざけた声を出しまるでジャックをからかうかのようないつもの仕草
それを見てますます苛立ったのかジャックは寝る!とだけ言うと顔を背け目を閉じた

ジャックをその場に残し部屋を出るブギー
誰もいない広間を歩き古びた暖炉の前に立つ
火が消えかけている事に気付き、傍にあった薪をくべる

すぐ前に座り込みブギーは1人考え込んだ
その表情は先程までとは打って変わって真剣なものでその視線は暖炉の火を見つめる


彼が考えている事
それはジャックの左肩の事だった
最初にここで治療した際に見た黒く染まった骨

先程倒れていたジャックを再度治療するにあたった際に見た黒い骨

彼が気になったのはその黒い骨の範囲だった
最初に見た頃より明らかに範囲が広がっていた


ブギー「骨折や他の傷はどうでもいいが…あれはちっとばかしやばそうだな」


それと同時にもう一つ気になるのがジャックの相次ぐ不調
浴槽で発見した際の彼は濡れた床に倒れ、起き上がる事も出来ないでいた

通常の骨折や罅、疲れなどではあそこまではならないだろう


ブギー「……あー、まぁ俺がここで考えたところで意味なんてねぇんだけどよぉ」


そう言って暖炉の前に倒れるように寝転がってしまう

とにかく今自分に出来る事は全てしたつもりだ
後はウェーレンの帰りを待つべきだろう


ブギー「早く帰ってきやがれってんだ…」


その場にいないウェーレンに対して文句を垂れ、ブギーは本日何度目になるかわからない欠伸を漏らした
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