欺瞞の薔薇




室内から何か小さな物音が聞こえる
それは木箱から物を取り出す音だった

ブギーは小さな丸い容器を手に取りその中身を眺めた
それは白い軟膏

それを手に取りジャックの骨へと静かに塗り込んでいく
力を入れ過ぎないよう加減をしながら軟膏のつく手で白い骨を撫でる


ブギー「こんなもんが効くのかねぇ…」


成分すらわからない軟膏
半信半疑の状態でジャックの傷付いた骨に余すことなく塗り込む

すると先に軟膏を塗り終えていた箇所に異変が起きる
軟膏が骨の罅に溶け込みその隙間を埋めるように固まったのだ

その効き目の強さにはブギーも思わず関心してしまう


続いて取り出したのは包帯
そのごく普通の包帯を見てブギーはある事を思いつく


ブギー「どうせなら他の薬と合わせてみてもいいよなー」


そう言って箱の中を漁り始めた
あれでもない、これでもない
そんな言葉を口にしながら木箱の中の物を次々と机の上へ並べていく


ブギー「さぁて…どれにしてやろうか」
ジャック「…ブギー…?」


ふと聞こえた声にベッドへ視線を向ける
そこには薄らと目を開き此方を見つめるジャックの姿があった


ブギー「なんだ、お目覚めかよ」
ジャック「ここは…それに、なにしてるんだ…?」
ブギー「ここはウェーレンの家で俺はお前の治療をしてやってる、他に何か聞く事あるかー?」
ジャック「治療……?」


何故僕の治療を?
不思議に思っていたジャックだったが次第に意識がはっきりしてくるとある事を思い出す

森の奥で出会った大きな獣
その獣に襲われながらも走り続けた事
最後に覚えているのは大きな手に身体を締め付けられ聞こえた自身の骨が折れる音


ジャックはそこで思わず上体を起こした
すると鋭い痛みが全身を一気に駆け巡り、声にならない声をもらし背を丸め自身の身体をきつく抱きしめる

ありとあらゆる箇所の骨が激痛を起こし、その痛みにたまらず呼吸が乱れる


流石のブギーもその反応に驚き思わずジャックの背に手を回す


ブギー「おま…っ馬鹿野郎!勝手に動くんじゃねぇっ!」
ジャック「っ……獣は、どうしたんだ…」
ブギー「あーアイツか…ってんな事より取り合えずお前の治療が先だ」


そういってブギーは包帯を手に取りジャックの胸椎から腰椎までの骨折した箇所に宛がう
器用に包帯を巻きつけていき、少々きつめに結び留める
その締め付けにジャックはたまらず歯を食いしばり目の前にあるブギーの腕をきつく掴んだ
骨の指が袋を引き裂かんばかりに立てられる


ブギー「…まぁこんなもんか」


終わったぞ
そう言ってジャックの腕を軽く叩き、立ち上がる
ジャックは力なくベッドへ倒れ込む
深く息を吐き右手でズキズキと痛む箇所を押さえる


ブギー「とりあえず今出来る治療ってのはこんなもんみてぇだぞ、あとは…その肩の傷だな」


ブギーに言われ自身の左肩に視線を向けた
そこは他と同じく包帯で包まれている
獣に噛まれた箇所
最後に見た時には黒く変色していたはず

その事を思い出し木箱へ道具を仕舞いこむブギーに声をかけた


ジャック「なぁ…肩の骨、どうなってた?」


ジャックの問いかけにブギーは一瞬手を止めた
暫しの間をあけ再び木箱へ物を仕舞いこむ


ブギー「ボロボロだったぜ?骨折に罅とまぁひでぇ状態だったな」
ジャック「…黒く変色してなかったか?」


ブギーは溜息を吐くと同時に頭を掻き、振り返った
真っ直ぐジャックの眼窩を見て口を開く


ブギー「あーそうだ、お前の言う通り黒く染まってたぜ」
ジャック「…そうか」


ただその一言だけを呟きそっと左肩を撫でる
室内が暫しの間、静寂に包まれた

するとブギーがその空気を換えるかのように大きな声をあげる


ブギー「おいおいなんて面してやがる!んな辛気臭ぇ面見せられちゃたまったもんじゃねぇ」


おー嫌だ嫌だと声を上げながらブギーは部屋を出て行ってしまった
1人きりとなったジャックは身体を動かす事も出来ず、一人天井を見つめた


僕の身体はどうしてしまったんだろう
あの獣に噛まれてから悪くなる一方だ

普通の攻撃を受けただけではあそこまで急激に弱りはしない


そんな事を考えていると突然部屋の扉が開かれた
そこには先程出て行ったブギーが立っていた
両手に何か持っている

机へその何かが置かれるとジャックの鼻に何やら美味しそうな香りが届く

ブギーが机に向かい何やらカチャカチャと音を立てている
暫くして振り返るとベッド脇に寄せていた椅子へと腰掛けた


ブギー「ん」


なんともぶっきらぼうな物言いと共に差し出された彼の腕
その腕には小さな深い皿が一つ
その中にはスープが入っていた


ジャック「…えっと」
ブギー「俺が空腹で作ったもんだが、折角だから味見させてやる」


そう言って尚も差し出される為、ジャックは仕方なく上体を起こそうとする
しかしその身体は思うように動かす事が出来ず、力を入れると包帯を巻かれている箇所に鋭い痛みが走った


ブギー「なぁにやってやがんだ…」


それを見兼ねブギーが手を細い首元へ滑らせる
片腕だけでジャックの上体を軽々と起こさせた

そして持ったままの器を半ば強引に手に持たせる


ジャック「いい香りだな……空腹って言ってたのに食べないのか?」
ブギー「俺は後で隠し味を入れて最っ高に美味くして食うんだ、いいからお前はさっさとそれを食っちまえ」


ブギーに急かされジャックは器へ口をつけた
それはとても暖かく優しい味
喉を通るとジャックの表情が微かにだが和らいだ

そのままゆっくりとではあったが一杯分のスープを綺麗に飲み干す



すると突然ジャックは目元をこすり始めた
強烈な眠気に襲われその目は今にも閉じようとしている
そして目が完全に閉じられると力の入らなくなった身体は前へと倒れ込んだ

その身体を寸でのところでブギーが支え、ベッドへと横たわらせる


器を取り上げ静かに寝息をたてるジャックを眺める


ブギー「まじかよ…よく効くんだな、あの薬」


最初に部屋を出た際にブギーは箱の中からある薬の入った瓶を持ち出していた
それは瓶についているラベルによると『睡眠薬』

目覚めてしまったジャックは身体の痛みから再び眠りにつく事が出来ずにいた

その為強引な手段ではあるがその薬を使う事としたのだ


ある物は全て使って構わないと言われていた為、それを料理に仕込む事にした
幸い材料は全て揃っており、簡素なスープならば然程時間もかからずに出来る

更にブギーはそのスープにもう一つある物を入れていた
それは薬草だ

ただでさえ体力が落ちているだろう相手には丁度いい
そう考えスープに必要な湯を沸かす間に薬草を入れていたのだ



ブギー「まぁ薬草の効果があればいいけどよぉ…」


こんな事をするなど全く俺らしくない
そう考えながらその場で腕を組み、静かに眠るジャックの姿を眺めた
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