欺瞞の薔薇




ウェーレンはジャックを抱きかかえたまま漆黒の森の中を駆け抜けた
今はカンテラの灯りもなくただ暗闇の中を己の感覚のみを頼りとし走る

すると前方の暗闇の奥から微かな光が見えた

それは街へと抜ける出口
ウェーレンはその光のみを見つめ目指した


漆黒の森を抜けた
目の前に見えるのは住み慣れた街の光景
未だに夜更けとあって薄暗さはあるものの、街に設置されている街灯や頭上の月明かりもあり視界はかなり良い方だ

ウェーレンは足を止め腕の中にいるジャックを見下ろす
その目は閉じられておりやはり意識はない
全身には至る所に傷があるのがわかる
そこでウェーレンは左肩に違和感を感じた

衣服が裂けむき出しになっている骨はいくつも罅が入り今にも折れそうな程
そして彼が感じた違和感

骨の色

見ての通りジャックの骨の色は白だ
しかし左肩の部分だけが黒く変色してしまっている

ウェーレンはただの傷ではないと考えジャックの身体をしっかりと抱え直し自分の家へと向かう事とした







家につくなりウェーレンは奥の部屋へと向かう
そこはウェーレンの寝室
中へ入るなり抱きかかえていたジャックの身体を静かに横たわらせる
立派な体躯である彼にあったサイズのベッドの為、ジャックの身長でも苦も無く利用する事が出来た

とにかく傷を確認しなければならない
そう考えジャックの燕尾服に手をかける
蝙蝠の羽のように広がるボウタイを外す


ブギー「なーにやってんだお前」
ウェーレン「うわああああっ!!」


突然背後から聞こえた声にウェーレンは思わず大きな悲鳴をあげる
その声量にブギーは思わず耳元を押さえた


ウェーレン「ブギー!驚かさないでくれ!!」
ブギー「あれくらいでビビるとは思わなかったがなぁ…で、何やってんだ?」
ウェーレン「あ、ああ…傷を確認しようと思って、それには上着を脱がせないと」


ウェーレンはそう告げるとジャックの首元に手を差し込み上半身を起こす
骨の身体である彼の身は軽く何の苦も無く片手で支える事が出来た
そしてもう片方の手で上着を器用に脱がせていく


ブギー「まーた随分と器用な奴だなぁお前」
ウェーレン「そんな事を言うくらいなら手伝ってほしいんだが?」


そう言ってウェーレンから脱がせた上着を手渡される

これを俺に渡してどうするってんだ…

そう考えながら所々破れてしまっているストライプの服を何気なく眺め、左肩の箇所で目を止める

そこは一番損傷のある箇所
よく見るとボロボロの生地に何かがこびりついている
それはどす黒い液体だ


ブギー「………」


ブギーはその液体になるべく触れないよう慎重に服を机の上へと置き、ジャックの傷を見ているウェーレンの傍へと近付いた


ジャックの身体は再びベッドへと寝かされ、前が開かれている
そこからは普段見える事のないジャックの身体、骨が無防備に晒されている


ブギー「どうだ?」
ウェーレン「酷いな…ほとんどの骨が損傷を受けている、罅が多いが」


そう告げながら更に服を開き、骨に指先を添え下へと滑らせる


ウェーレン「胸椎や腰椎が酷く損傷しているな…骨折もしている」
ブギー「おー…こりゃぁまた…」


元々身体に骨が存在しないブギーだが、ジャックの損傷を見てそれが酷く痛々しい物だとわかる


ウェーレン「この骨折は命に係わるものではないから大丈夫だろう…問題は…これだ」


ウェーレンがジャックの白いシャツに手をかけ静かにはだけさせた
露になった左肩
その骨は黒く染まってしまっていた


ウェーレン「こんな症状は見た事がない…あるか?」
ブギー「…いや、ないな」


ブギーは腕を組み黒く染まった骨を見つめる
彼自身もそのような症状は見た事も無ければ知りもしない


ウェーレン「とにかくこの症状を調べなければならない……!そうか…街の古い連中ならもしかしたらわかるかもしれないな」


ウェーレンは何やら一人でブツブツと呟くと急に立ち上がり部屋を出て行った
ブギーは急にどうしたのかと不思議に思っていたが、数分ほどして彼は戻って来た
その手には何やら大きな木箱

その木箱を机の上に置きブギーを見る


ウェーレン「俺は今から古株達の所へ行ってくる、その間ブギー、アンタがジャックの治療をしてやってくれ」
ブギー「あーそうかよ…………はっ!?」


ブギーは驚きのあまりなんとも間抜けな声をあげる
ウェーレンはそんな彼に構わず木箱を開け中身を取り出す


ウェーレン「いいか?この中の薬や包帯なんかは好きに使ってくれて構わない、薬草の類は戸棚の中だ」
ブギー「ちょっと待てって!なんで俺が…お前がやればいいだろっ!」
ウェーレン「言っただろう?古株達に会うって…この街の連中はアンタじゃ碌に話を聞いてももらえないぞ」


ブギーはその言葉に何も言い返せなかった
確かに自分が出向いたところで警戒され取り合ってもらえず追い返される事だろう


ウェーレン「もしも目が覚めたらあまり動かさないように気を付けてくれ!」
ブギー「いや、だから待て!俺はやるなんて……………あの野郎、行っちまいやがった」


ウェーレンは伝えるべき事を簡潔に告げるとブギーの答えも聞かずに足早に家を飛び出していった
室内に残されたブギーは困った表情を浮かべジャックを見下ろす


ブギー「……なんで俺がこんな事…」


ブツブツと文句を口にしながらブギーは椅子をベッド脇へと寄せると木箱へと手を伸ばす
その中から治療に必要な物を静かに取り出した
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