欺瞞の薔薇





ブギーは館を抜けだし夜更けの街を訪れていた

念のため周囲を見渡すがそこにはジャックの姿はない
ブギーはその事に苛立ち思わず舌を打つ

嫌な予感を覚えた際に街にでもいてくれればどんなに楽かと考えたもののそう都合よくいくはずもなく

館にも街にもいない
そうなれば残るは漆黒の森

先程バルコニーから見えた火柱
あれがもしもジャックのものだとしたら何か厄介ごとに巻き込まれている事になる


ブギー「あの野郎…余計な手間かけさせやがって…」


ハロウィンタウンに帰ったら何か上等な物を奢らせてやろう
そう考え森へと続く道へ踏み込もうとする


が、そこでブギーは名を呼ばれ立ち止まる
誰かと思い振り返るとそこにはウェーレンが立っていた


ウェーレン「なぁ、もしかしてジャックを探しているのか?」
ブギー「あの野郎が何処に行ったか知ってんのか?」


ウェーレンはその問いかけにコクリと頷き、ブギーが向かおうとしていた森へと続く道を指差す


ウェーレン「ジャックが走っていくのを見かけたんだ、何か酷く急いでいるようだったが…」
ブギー「そうかよ……厄介な事に」


なってなけりゃいいが
その言葉が出るより前にブギーの頭の中で答えが出てしまっていた

既に厄介な事になっているだろこれ…



ウェーレン「ブギー、よかったら俺にも彼の捜索を手伝わせてくれ」
ブギー「手伝いねぇ…まぁ手はあるに越した事はねぇか」


ブギーは彼の協力を素直に受け入れるとジャックが入っていった道の中へと足を踏み入れた








二人は黒色樹木に囲まれた細い道を進んでいく
時折周囲に視線を向けるが何処も枝葉によって月光が遮られ深く暗い闇しか見えない


ブギー「灯りくらいもってくりゃよかったか」


するとブギーの隣が急に何かの灯りに照らされる
そこにあったのは小さなカンテラ
ウェーレンが腰から下げていたものだった


ブギー「随分と準備がいいじゃねぇか」
ウェーレン「元々この街は森に囲まれて薄暗い、住民は夜間出歩く際は灯りを常備しているんだ」


確かに、とブギーは心の中で納得する
街中ならば街灯の灯りもあり然程問題ないかもしれないが、少しでも森へ入ってしまえば辺り一面が闇なのだ


ウェーレン「そういえばジャックは灯りを何も持っていなかったような気がするんだが…大丈夫だろうか」
ブギー「アイツなら大丈夫だろ…そういう意味ならな」
ウェーレン「どういう事だ?」


ウェーレンが手に持ったカンテラを少し上へと上げ、隣を歩くブギーの顔を照らす
ブギーは歩みを止める事なく口を開いた


ブギー「館のバルコニーからこの森の奥で火柱が立つのが見えた、ありゃぁ間違いなくジャックのもんだ」
ウェーレン「火柱?」
ブギー「アイツは火を扱うのが得意でな、こんな夜更け、しかも森の中で火を扱うとなればそれなりの事情があるって事だ…例えば」


すると突然ウェーレンがブギーの口元を押さえつけた
彼の行動に驚きその手を振り払おうとしたが、そこでブギーも何かに気付く

何か獣のような唸り声が聞こえるのだ
ウェーレンが口を押える手を離すとカンテラの灯りを弱める


ブギー「この辺に何か厄介そうな獣とかっていんのか?」
ウェーレン「いや…この辺りにいるのは大人しい動物ばかりだが」


2人は相手が何か探る為に音をたてぬよう慎重に前へと向かう
そして密集する黒色樹木を抜け顔を覗かせる






2人はそこから見えた光景に言葉を失った

そこに見えたのは大きな獣の後ろ姿
その身体は大きく背から尾にかけて炎に包まれ轟々と燃え上がっている


ブギー「…お前、大人しい動物ばっかだって言ってたよな?」
ウェーレン「あ、あんなのがいたなんて…」


酷く動揺しているようで獣の姿を見つめるウェーレンの声は震えている
そんな彼に落ち着けと言いながらその背を軽く叩いてやる

まさかこんな大物に出会うとは思わなかった

さてどうしたもんかとブギーが考えていると、彼の視界に何かが映った


見えるのは燃え上がる後ろ姿
その獣の腕の隙間から見えるもの

それはストライプの燕尾服に包まれた細い身体





途端ブギーが勢いをつけその場から飛び出した

獣はその気配に気付きゆっくりと振り返る


獣が此方へ向いた事によりようやくジャックの居場所が判明した

ジャックは獣の手の中にいた
傷だらけで気を失っているのか何の反応も見せない


ブギー「おいおいちょっと待て…そんなもん食っちまったら腹壊すぞ~?」


ブギーはいつものように軽口をたたくが獣に対し強い警戒心を抱いていた
ジャックがあのような状況に陥っているという事は今対峙しているこの獣はかなりの強さを持つ、或いは厄介な特性を持っているという事だろう

とにかくまずはジャックを解放させなければならない
そこでブギーは数歩後退り、ウェーレンに声をかけた


ブギー「俺がこの獣を構ってやる間にアイツを連れ出しとけ」
ウェーレン「や、奴がジャックを手放さなかったらどうするんだ…っ」
ブギー「嫌でもそうさせてやるまでだ」


そう言うとブギーは獣に向け声を荒げた


ブギー「おいこっちだ!さっさとかかってこいこの犬っころが!」


獣は赤い眼でギロリとブギーを睨みつけると低い唸り声をあげる
そして次の瞬間ブギー目掛けて鋭い爪を出し飛び掛かった


ブギーはトランプを手に持ち、獣から距離を離すよう飛び退く

トランプの束を頭上へとまとめて放り投げる
投げられたトランプがばらけて宙を舞う
それらはブギーの頭上で列をなし動きを止めた


ブギー「さぁて……ショータイムだ」


ブギーがそう囁きパチンと指を鳴らした

それを合図に宙に浮くトランプが一斉に動き出す
トランプは次々と獣の方へと流れその周囲を素早く舞う
視界が遮られ獣は鬱陶しそうにそのトランプを薙ぎ払う
しかし獣の爪がトランプを引き裂くもまるで分裂するかのようにその数は増すばかり


ブギー「んな事しても無駄だけどなぁ~!」


ブギーがご機嫌な様子で笑い声をあげる
見ると獣の周囲を無数に増殖したトランプが覆い隠すよう舞っていた
獣は幾度となくその鋭い爪で引き裂くもきりがなく、苛立ちから雄叫びを上げた

怒りに我を忘れた獣は握りしめていた手を開く
その掌からジャックの身体が地面へと転がり落ちた

今だ!

ブギーがウェーレンへと合図を送る
それに気付いたウェーレンは暴れ狂う獣の腕に当たらぬよう身を低めジャックの元へと駆け寄る


倒れ込んだままの身体を抱き起し状態を確認する
気を失っているが生きてはいる
とりあえずその事を確認しウェーレンはほっと胸を撫でおろした
ジャックの細身の体を抱きかかえると獣の動向に注意しながら再び黒色樹木の奥へと駆け行った


それを確認しブギーはどうするか考えた

正直に言えばこの場で獣とやり合っても構わない
しかし今はウェーレンの元へと戻らなければならない

その瞬間、何かが燃える音が聞こえた
獣へと視線を戻すと周囲を舞うトランプが炎に包まれ燃えている
獣の背を包んでいた炎が今やその腕にまで燃え広がり、腕を振り下ろした際に燃え移ったのだ


ブギー「おっと…俺も一度下がるとするか」


あばよワンコロ
その言葉と共にゆっくりと後方へと下がりブギーの姿は闇に溶けた


舞うトランプが全て燃え落ち、そこに残されたのは獣のみ
自らの手の中にいたはずのジャックの姿がない事に気付く
月夜を見上げた獣の遠吠えが漆黒の森に響いた
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