欺瞞の薔薇
館を飛び出したジャックは門を抜けると辺りを見渡した
視線に映ったのは灯りのない道
暗い森へと続く道である事に気付くと迷う事無く其方へと駆けいる
そんなジャックの姿を偶然見つめていた人物が1人
森の奥へと続く道へと姿を消したのを不思議に思いながらもその人物は自分の家へと戻っていった
どこまでも続く暗い道
周囲は黒色樹木に囲まれ夜空に浮かぶ月明かりもその枝葉に遮られほとんど届かない
しかしジャックはそんなことお構いなしといった様子で足を止める事無く突き進んだ
どれほど走っただろうか
ジャックは咄嗟に足を止めた
細い道を抜け出たのは僅かに開けた空間
そこは黒色樹木を伐採しているであろう場所
条例の件もあり現場放棄されたのだろうか、切り倒された樹木が所々に残されている
ジャックはそれらを眺めながらゆっくりと歩みを進め、ふと頭上を見上げた
そこで目に映った光景は彼を非常に驚かせ感動させるものだった
頭上には黒色樹木の枝が中心に向けて伸び、その中央は伐採された事により夜空を遮る樹木が一切なく月明かりが注がれる
その月明かりを浴びて黒色樹木の枝が所々光り始める
その光の正体は錐輝石だった
月明かりを浴びた枝になる錐輝石が青や緑と美しい色へと変わり、暗い森の中で光り輝く
ジャック「凄い…まるでクリスマスツリーみたいだ!」
ジャックはその光景に酷く感動していた
それはまるでクリスマスタウンを初めて訪れた時と似通ったものだった
ジャック「とても綺麗だ……もしかしてあの時見た光の正体はこれだったのかな」
それならば何も問題ない
そう思っていたジャックだったが、何かの気配を感じて咄嗟にその場から飛び退く
距離を置き前方に視線を向けると先程まで自身が立っていた場所は、何か鋭い物で抉られた痕跡があった
慌てて周囲に視線を向ける
しかしジャックの眼窩は何者の姿も捕らえられない
意識を集中させてみるも既に気配すら感じなかった
ジャック「…とりあえず戻った方がいいかな」
相手が何者かもわからず、しかも今自分のいる場所が謎の相手の領域であろう事がわかる
ジャックは早く離れなければとその場から駆け出す
次の瞬間、ジャックの視界が大きくぶれた
そして自分の身体が倒れ込んだ事に気付く
足に何かの感触
視線を向けるとそこには赤黒い蔓のようなものが細い足に絡みついていた
その赤黒い蔓は月明かりが届かない木々の間から伸びている
見えるのは深い暗闇
そしてその中に浮かび上がる真っ赤な目
それを見るなりジャックは慌てて足に絡みつく蔓を掴んだ
しかし蔓はきつくジャックの足を締め付けておりどれだけ引っ張ろうともびくともしない
ジャック「全く、随分と頑丈だな…っ!」
そういって焼き切ってしまおうと手を翳そうとした瞬間、ジャックの足に絡みついた蔓が突然強い力で引かれた
その勢いでジャックは軽々と身体を引きずられ、気が付くと宙吊りの状態となっていた
宙吊りのまま身体を揺らす形となったジャックは目の前に広がる暗闇を見て一瞬息をのんだ
闇に浮かび此方を凝視する真っ赤な目が二つ
何か重い足音が聞こえ、それにつれ暗闇から目の正体がようやく姿を現した
そこに現れたのは飢えた狼のような顔
身体は獣らしく毛に覆われ四肢は立派な筋肉がつき力強さを持つ
その両手にはそれぞれその身体に合ったサイズの剣と赤黒い鞭のようなものを持っている
ジャックの足に絡みついているのはその鞭だった
その獣は鞭を持つ手を高々とあげ、吊るされたジャックをまじまじと赤い目で眺める
その赤い眼はギョロリとジャックの顔を見つめ、続けて鼻先を近付けて匂いを嗅ぎ始める
その獣臭さにジャックはたまらず顔を顰める
ある程度匂いを嗅いだ獣は突然怒り狂ったかのような雄叫びを上げた
ジャックはその大音量の雄叫びにたまらず耳を塞ぐ
その途端ジャックの視界が再び大きく回った
獣が鞭を持つ手を突然大きく振るったのだ
足から蔓が離れ投げ飛ばされるもジャックは身体が地に着く瞬間に手をつき、衝撃を和らげて身を翻し何とか着地する
ジャック「ま、待ってくれ!君に危害を加えるつもりは…っ」
ジャックは着地すると同時に相手へコンタクトを試みた
しかし相手は興奮した様子で未だに雄叫びをあげジャックの言葉を聞こうともしない
獣は両腕を大きく振るいその手に握られている剣や鞭がその動きに合わせて周囲の黒色樹木を破壊していく
ジャックはどうするべきか必死に考えた
相手との体格差がありすぎて接近戦となれば明らかに此方が不利だ
ならば遠距離に持ち込むべきか
しかし問題は相手が近距離遠距離どちらにも対応する術を持つという事だ
早々にケリをつけなければいけない
ジャックは両手を開くとその中に炎を生み出す
その両手を未だに暴れ狂う獣へ向け大きく振るった
手の中で揺れていた炎がその腕の軌道に合わせて地を駆け、獣の足元へとのびる
次の瞬間、足元へとのびた炎が一気に獣の全身を包むように舞い、その大きな体を巨大な火柱が包みこんだ
ジャック「…うまくいった、かな」
火柱に包まれ燃える獣を見てジャックはとにかく戻ろうと歩き出した
ジャックは足を止めた
彼の右肩や左腕は大きな手に掴まれている
それと同時に左肩に鋭い痛み
視線を向けるとそこには獣の顔
獣がジャックの左肩に食らいついている
鋭く大きな牙が服をいとも容易く貫き、彼の骨に深々と食い込んでいた