欺瞞の薔薇




通路を歩き二人が階段の前に差し掛かる
パーティーが無事終わったのだろう、貴族達が次々に帰宅の為に外へと向かう姿が見えた
彼らを見送るグリアスの姿が見える

2人はそんな彼の元へと向かうべく下って行った


最後の貴族を送り終えたところでグリアスは2人の姿に気付き笑顔を見せる


グリアス「王よ、何処に行っておられたのですかな?」
ジャック「すみません、ブギーが急に具合が悪いと言い出して仕方なく付き添っていました」


ジャックの流れるような嘘にブギーは同意するように頷いて見せる
グリアスは2人を交互に眺める
そして真実ととらえたのだろうか、心配そうに声をかけてきた


グリアス「おや、それはいけない…いくら彼と言えども苦しむ者を見るのはなんとも辛い、後で薬などを運ばせるとしよう」
ブギー「薬はいらねぇ、もう大丈夫だ」


そこでジャックはグリアスの前に立ち彼の顔を真っ直ぐ見つめ口を開いた


ジャック「グリアス公爵、貴方に聞きたい事がある」
グリアス「おや、一体なんでしょうか…立ち話もなんですしよければ客室へ行って」


そう告げその場から歩き出したグリアスの肩をブギーが掴んだ
触れる手を見てグリアスは白い眼をぎょろつかせブギーを見る


ジャック「ここで話しましょう、貴方が素直に答えてくれるならすぐに終わる事ですし」
グリアス「…いいでしょう、一体どんな話でしょうか」
ブギー「お前、黒色樹木の伐採を禁じる条約を立てたらしいな…んな事すれば錐輝石の加工が出来なくなるだろ」


グリアスは2人の話に耳を傾ける
微動だにせずただ話を聞き、白い眼で二人の姿を見つめている


ジャック「住民から話を聞きました、彼らはとても困っている…仕事がなくなれば生活もままならないでしょう?それを貴方が理解していないはずはない」
ブギー「どうしてそんな条約設けたのか、その理由を今すぐ話しやがれ」


するとグリアスは微かに声を漏らした
その肩は揺れている
彼は笑っていた


グリアス「ああ、これは申し訳ない…では理由をお話しましょう」


グリアスは両手を後ろ手に組み傍にある窓へと歩み寄った
そこから見える漆黒の森を見つめる


グリアス「確かに黒色樹木の伐採が出来なくなれば錐輝石の加工もいずれ不可能となる、そうなれば住民達の生活も悪化するばかり…ですが私にはこうするしか出来なかったのですよ」
ジャック「どういう事ですか」
グリアス「…漆黒の森は広大です、しかし今のこの森は…酷く弱っているのですよ」


その言葉に2人も窓から見える漆黒の森へと視線を向けた


グリアス「この森の黒色樹木は徐々に弱っている、原因はまだわかりませんが…枯れてしまうものまで出る始末です、そんな中で伐採を続ける事はどうしても避けたかったのですよ」


彼の言葉にジャックとブギーは顔を見合わせる
グリアスが振り返り2人へ悲し気な笑みを見せた


グリアス「住民達の為にもこの原因究明の為に色々と手を尽くしているのですよ…ご理解いただけましたかな?」
ジャック「……わかりました」
ブギー「は!?おいお前…っ」


ジャックの言葉が予想外だったのかブギーは思わず驚きの声をあげた
グリアスは彼が理解してくれたと安心し笑顔で礼を口にした


グリアス「本日はお疲れでしょう、どうぞお部屋でお休みくださいませ」
ジャック「ええ、そうさせてもらいます」
ブギー「あー…ったく…」


未だに納得いかないといった様子のブギーだったがブツブツと文句を言いながらも部屋へと向かう
その後に続けて歩き出したジャックだったがふと足を止めた


ジャック「グリアス公爵、一ついいですか?」
グリアス「?なんでしょう」


ジャックは振り返る事はせず背を向けたまま彼にのみ聞こえるよう言葉を発した


ジャック「この森、漆黒の森でしたか………………何を隠しているんですか?」
グリアス「一体何の事でしょう…申し訳ありませんが私には意味がわかりませんな」
ジャック「…そうですか」


彼の答えを聞くとジャックはそれ以上何も告げずにブギーが向かったであろう部屋へと歩き出した


ジャックの姿が見えなくなりその場にはグリアスただ一人
するとグリアスの表情からは笑顔が瞬時に消え失せる
ジャックが向かった方角を白い眼で睨みつけ、怒りから拳を強く握りしめていた










住民達が深い眠りにつく時刻

用意されていた部屋のベッド
ブギーは気持ちよさそうに高いびきをかき眠っている
そしてもう一つのベッド
そこにはジャックが寝ている


はずだったが姿が見えない

ジャックはどうにも眠れずバルコニーから外を眺めていた
手すりに両手をつき、そこから見える景色を見つめる
どこまでも続く黒に染まった森

そしてグリアスの言葉を思い出す

この森、樹木が弱っている


もしもそれが本当の事ならば彼が森を守る為に条例を設けたという理由としては正当なものともいえる
しかしジャックはどうにもグリアスを信用しきれていなかった

部屋へ戻る直前の此方からの質問
それに答えた彼の声には僅かに動揺が感じられたのだ


ジャック「わからない事だらけだなぁ…」


考え過ぎだろうか、頭がどうにもすっきりとしない
まるで蜘蛛の巣でもかかったかのようにもやもやとする
今日はもう寝てしまおうか
そう考え部屋へ入ろうとした瞬間、ジャックは足を止めた

再度手すりを掴み深い森の方へと目をやる
すると黒一色な森の中に不思議な赤い光が見えた


ジャック「なんだろう…」


その後数回同じ光が見えジャックはどうしても気になってしまい、様子を見に行こうと考えた

急いで燕尾服へと着替え、そこでふとブギーを見る
起こして連れて行った方がいいだろうか


ジャック「おいブギー…」


試しに声をかけ身体をゆすってみるがブギーはすっかり夢に夢中のようで何やらニヤニヤと嬉しそうな表情を浮かべ寝がえりを打つだけ

これは絶対に起きないな

そう結論付けたジャックは光の見えた場所へと向かうべく1人部屋を飛び出した




階段を駆け下り玄関ホールの入り口を開けようとする
そこで誰かの気配を感じ振り返る


グリアス「こんな時間に何処へお出かけですかな?」


そこにはグリアスが立っていた
彼は笑みを浮かべジャックを見つめている


ジャック「…眠れないので外の空気でも吸って気分転換をしようかと」
グリアス「それはいいですね、よろしければ私もご一緒致しますが?」
ジャック「いいえ、結構です」


今は彼に構っていられない
そう考え入り口の扉を開き外へと駆け出して行った
細長い足を素早く動かし目的の場所へと駆ける



そんなジャックは入り口を出る瞬間微かに何かの言葉を聞いた気がした
それはグリアスの声だったようだがジャックは気にしてなどいなかった



グリアス「赤い赤い焔にご注意を…王よ」
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