欺瞞の薔薇
書斎の扉が静かに閉じられる
何者かの足音がゆっくりと机の方へと近付くのがわかる
ブギーは棚の後ろに身を隠しその様子を眺めている
相手の姿は暗く確認する事が出来ない
すると何やらブギーの腕の中でもがく男が1人
それはジャックだった
ブギーが慌ててジャックを引き寄せ、そのままとりあえず黙らせるために腕の中に封じ込めていたのだ
ブギーはとりあえずジャックを一度見下ろすと黙ってろと言う言葉の代わりに頭をペチンと叩き、再び机の方へと視線を向ける
すると窓からちょうど月明かりが差し込み、その人物の姿を照らし出した
それはグリアス公爵だった
主催がこんな所で何をやっているのかと考えていると、グリアスは懐から何かを取り出した
それは小さな懐中時計
どうやら時間を確認しているようだ
グリアスは続けて書斎の窓を開く
風が微かに彼の髪を揺らす
ブギー「なぁにやってんだ?アイツ…いっ!!」
ブギーは突然感じた足先への激しい痛みに悲鳴をあげかけ咄嗟に自分の口を押える
見ると解放されず苛立つジャックがブーツで綺麗にブギーの足を踏みつけていた
ブギー「~~!!…てっめぇ…とにかく、大人しくしてやがれ…っ」
グリアスにばれぬようにと声を落とし、再びグリアスの様子を見るべく視線を戻す
そこで彼は驚きの光景を目の当たりにする
窓から外へと腕を伸ばすグリアス
その彼の正面には見た事もない獣の姿の生物が浮かんでいた
その生物はグリアスと同じ程のサイズで背に生える大きな翼を時折羽ばたかせている
そんな生物の口元にグリアスは何か小瓶を差し出す
それは何やら黒い液体で満たされており、その生物は小瓶の中身を美味しそうに飲み干していく
小瓶が空になると生物はグリアスの手にまるで甘えるかのように頭をすり寄らせる
グリアスもそれに応えるよう生物の身体を撫で、そして軽く腕を叩いた
するとそれを合図とするかのように生物は翼を羽ばたかせその場から姿を消してしまう
それを確認したグリアスは窓を閉じると空になった小瓶を机に置き、書斎から出て行った
ブギー「…はぁ…やっと出て行きやがったか」
ブギーが安心した声を漏らす
するとそれと同時に手に激しい痛みを感じ慌てて下を見る
そこには自身の手先に噛み付くジャックの姿があった
ブギー「いってえええっ!!」
ブギーは痛みに思わずジャックの身体を乱暴に離す
ようやく解放されたジャックはかなりご立腹な様子で、腰に手を当てブギーを睨みつけている
ジャック「ブ~ギ~…?離せと言ってたのがわからなかったのか、ん?」
その声はいつものジャックの声だ
浮かべる表情もいつものジャックのもの
しかしそれと同時に手を重ね、何やらコキコキと骨を鳴らしている
これは明らかに殺る気という合図だ
流石にここでそんな事を始めてしまえば元も子もないとブギーは慌ててジャックを宥める
ブギー「ちょ、ちょっと待て!さっきの見ただろ、まずはそっちの方が問題だろうが!」
ブギーが言う事は決して間違ってはいない
しかしそんな言葉にジャックはにっこりと笑顔を見せ
ジャック「残念だけど…君が離してくれなかったから僕は何も見えなかったよ」
おう、まじかよ…
笑顔で拳を構え此方へ近付いてくるジャックにブギーはたまらず悲鳴をあげた
ジャック「つまり…グリアス公爵が獣みたいな生物を手懐けてたのか?」
ブギー「……」
ブギーは何も言わずただ頷くだけ
いや、喋りたくとも喋れなかった
ブギーの口元は何か黒い布でぐるぐるに巻かれている
それはブギーが身に着けていた黒のマントだった
ジャックの手によりマントを取り上げられ、自分がされたようにその口元を覆われてしまったのだ
後ろ側できつくかた結びでもされているのだろうか、先程から必死に腕を回し解こうと努力しているようだ
ジャックはそんなブギーに構う事無く一人考え込む
そもそもブギーが見たという生物など今まで見た事がない
この地域に生息でもしているのだろうか
そこでふとブギーが手に持つ本の存在を思い出す
ジャック「そういえばその本がどうとか言ってたな…中はまだ見てないのか?」
ブギーはコクリと頷く
そしてそのまま本をジャックへと差し出した
黒い表紙をまじまじと眺め指先でページをそっとめくっていく
そこに描かれていたのは何かの図
ジャックはそれに見覚えがあった
小瓶
黒い樹
そして煮詰める為の釜
間違いなく黒色樹木を囲うする工程のものだ
しかしそれだけでは特に悪行の証拠とは言えない
あくまで黒色樹木を加工する為の工程を描いているだけであり、それを記したものが彼の持ち物にあったとしても別におかしい事ではない
次のページをめくる
そこには何やら見覚えのない文字が並んでいる
ブギーもそうであったようにジャックにもその文字を解読する事は出来ないようだった
パラパラとページをめくるも残りのページには同様に解読不能の文字が続く
そして最後のページでジャックはふとめくる指を止めた
何か絵が描かれている
それは簡素な地図だった
ジャックはそれをまじまじと見つめると暫くして本を閉じた
その本を懐へと仕舞いこむとブギーの方へと振り返る
ジャック「もうここで得られる情報はないみたいだし、そろそろ部屋へ戻ろうか」
ブギー「んんー…」
未だに巻かれたマントに苦戦していたようでブギーは疲れ切った表情で此方を見てくる
それを見てしょうがないとブギーの後ろへと回りマントの結び目を細い指先で解いた
やっと解放されたブギーは大きく口を開け、深く呼吸する
ブギー「お前よ…どんだけきつく結んでんだよ…」
ジャック「しょうがないだろ?あれくらいしないと僕の気がおさまらなかったんだし…それよりそろそろ部屋に戻るぞ」
そう言って2人は書斎にある時計に目をやる
思ったよりも時間が経過しており、パーティーもお開きという頃合いだろう
2人は暗い書斎から灯りが灯された通路へと出ると、周囲に人の気配がないのを確認して静かに扉を閉めた
誰もいなくなった書斎
その窓に大きな翼をもつ獣の影が映る
室内を赤い目で見つめ再び夜空へと飛び去って行った