欺瞞の薔薇




パーティーホール内にジャックとグリアスの声が響き、その場の皆が壇上へと意識を向けている

ブギーはそれを確認すると閉じられている入り口から音をたてぬよう外へと抜け出した




外へと抜けたブギーは一先ず人の目につかぬように階段を目指した
しかし階段をいざ上ろうとした矢先、館の従者が数人此方へと向かってくる事に気付く


「おや…どうかされましたか?」


ホールの外に出ているブギーの姿を見て1人の従者が不思議そうに声をかける
どうするか
そこでブギーはホール内から聞こえるジャックの声を思い出す


ブギー「ちっとばかし飲み過ぎてな…それよりお前らホールに行けば面白い物が見られるぞ」
「面白い物…?」
ブギー「パンプキンキングの生歌だ、貴族連中の前で歌うんだとよ」


それを聞いて従者達はホールの入り口へと目をやる
彼らもまた他の貴族同様、ジャックの歌を聞きたいという思いに駆られているのだ

しかし足を動かそうとはしない
従者である彼らにはそれぞれ仕事がある
それを放置していいものかと悩んでいるようだ


ブギー「おいおい何迷ってんだ?今を逃したら次なんてないと思うぞー」


ブギーの言葉に決心がついたのか、従者達は顔を見合わせホール内へと小走りで向かった


ブギー「ふぅ…さーてこれで上に行けるか…」


再度周りに誰もいない事を確認すると足音を立てぬようにと注意しながら中央の階段を駆け上がった





階段を上がるとそこには誰の姿も見えない
左右へと通路が続いておりブギーは何方に行くべきかと考え込む
そこで彼は何か小さな物を取りだす
それは1つのサイコロだった


ブギー「奇数なら右、偶数なら左…っと」


そう言ってサイコロを上へと弾き、目線の高さまで落ちた所で素早く取る
手を開くとそこに見えたのは6

ブギーはサイコロを仕舞いこむと鼻歌交じりでのんびりと左側の通路へと向かっていった




いくつもの同じ扉が並ぶ通路
時折静かに扉を開いては中を覗くもどれも目的の場所ではなかった

ブギーの探している場所
それはグリアス公爵の書斎だった

ホールでジャックと会話をしていた時の事を思い出す


ジャック『僕がここで皆の注意を引くから、その間に彼の書斎を見つけてほしい』
ブギー『アイツの書斎?なんでまた』
ジャック『何か証拠となるものが見つかるかもしれないじゃないか』
ブギー『おま…それだけの理由で探れって…………あー、よしわかった』
ジャック『…何か変な事思い付いただろ』
ブギー『まぁ気にすんな、しょうがねぇから俺が探りに行ってやる…その代わりしっかりこの場を盛り上げとけ』
ジャック『そっちもぬかるなよ?』


本来ならそんな面倒な事を受ける事はしない
しかしこの時のブギーの頭にはとある考えが浮かんでいた
目指す場所はグリアス公爵の書斎
つまり彼の様々な情報が得られるかもしれないという事だ
ブギーは探るついでに彼の表に出てはならないような情報を掴んで脅かしてやろうと考えていたのだ

何も金銭を要求したりなど、そこまで物騒な事は考えてはいない
あくまで軽い仕返しのつもりだ


ブギー「しっかしどんだけ部屋があんだよ…これは探すのが面倒だぞ」


そう言いながらあるドアノブに手をかける
するとそこだけ何故か鍵がかけられていた

もしかしてここが書斎か?

そう考えブギーはもう一度ドアノブに手をかける
何度か扉を押すもやはり開く事はない


ブギー「ぶっ壊して入るか?」


だがその考えはすぐさま却下する事となった
ここで扉を破壊すれば中には侵入できる
しかし破壊した際に発生する音が誰かの耳に届くかもしれない
そうなれば此方の様子を伺いに来てしまうだろう
そうなってしまえば元も子もない


ブギー「鍵なんてどこにもねぇしな…しょうがねぇ」


そう言うとブギーはドアノブから手を離し、自身の足元を見つめた
そこには自分の影
するとその影がゆっくりと伸び扉の下へと滑り込む
それに続きブギーの身体がゆっくりと足元に伸びる影へと沈んでいき、彼の姿は完全にその場から消失した


扉の先、室内は真っ暗で誰の気配も感じる事はない
扉の下から伸ばされたブギーの影からゆっくりと出てくる頭

ブギーはその影から目元までを出した状態でゆっくりと室内を眺める
そして危険はないと判断しその全身を影から出現させた


ブギー「さーて…早速探索開始と行くかぁ」


やる気満々な様子でまずは中央にある机へと歩み寄る
傍に置かれているスタンドランプを点けると真っ暗だった書斎内が仄かに照らされる

しかしスタンドランプ一つの光力では書斎内部を照らすには些か弱々しいもの

もう少し灯りが欲しい
そうは思うもこれ以上灯りを灯しては誰かに侵入がバレル恐れもある
ブギーは仕方なくスタンドランプを手に取り、それを松明のように扱って書斎内を見て回る事にした

書斎内部には数多くの棚が設置されており、全て書物や何かの小物に少し怪しげな薬品と様々な物がある


ブギー「いい趣味してやがるぜ全く…」


全ての棚を眺めるも大した物は発見できなかった
そこでブギーが目をつけたのは書斎中央の机
傍へ歩み寄り、引き出しに手をかけると案の定鍵がかけられている

ブギーは鍵穴へと手を寄せるとその先端の縫い目を微かに広げる
するとそこから一匹の小さな虫が顔を覗かせ、目の前にある鍵穴へと飛び込んだ

微かにカチャカチャと鍵穴から音が聞こえる
その音が止み再び引き出しに手をかけた


引き出しの中には何やら数多くの書類が重ねられていた
その内の一枚を手に取ってみる


ブギー「なんだこりゃ…」


その書類に目を通したブギーだったが書かれている文字に頭を抱える
それは見た事のない文字で書かれており読む事が出来ない
数枚ほどめくってみるもどれも解読不可能なものだった
しかし最後の一枚をめくったところである事に気付く
そこには他と変わらず不明な文字が書かれているが、それと同時に何か絵のようなものが描かれていた


そこに描かれているのは獰猛な獣のような生物の絵
眼や牙は鋭く、立派な腕にはそれぞれ武器を携えている

ブギーはその見覚えのない獣のような生物の絵をまじまじと眺めていたが、引き出しの奥に何かがある事に気付く
そこには一冊の小さな本があった
黒一色の表紙には薔薇の模様が刻まれている

そしてその中身を確認しようとした瞬間、書斎の扉の方から何かの音

カチャ

それは鍵が開けられる音だ


グリアス公爵が戻って来たと考えブギーはスタンドランプの灯りを消し棚の影へと身を隠す

暫くすると扉がゆっくりと開く音
そしてカツカツと誰かが中へと入ってくる足音

その足音は机の前へと辿り着くと止まる




そして再びその足音が聞こえ始める

が、ブギーは内心戸惑った
その足音は明らかに此方へと向かってきているのだ
ブギーは拳を構え相手の出方を伺う
相手の足先が見えた

その瞬間ブギーが素早く拳を振るう
重さのある拳が空を切り相手の身体があるであろう場所へと延びる

すると相手はブギーの拳をいとも簡単に避けると同時に彼の懐へと入りこむ
それに気付いたブギーだったが相手の動きの方が素早く、視界が骨の手で覆われた

骨の手
それを見てブギーは相手がジャックだとようやく理解した

その骨の手はブギーの顔面を掴むとそのまま勢いをつけ背後の棚へと強く叩きつける
その衝撃にブギーの頭は大きく揺れ思わず視界が回る


ジャック「…あれ?なんだブギーじゃないか!」


そこでようやくジャックも相手がブギーであると気付き手を離した
灯りが消された書斎では視界が悪く互いの姿を確認できなかったようだ
目の前の骸骨の姿を見てブギーは思わず声を震わせた


ブギー「お、ま…なんでお前がここにいやがる!」

彼が声を上げるのも仕方のない事だった
何故ならジャックはパーティーホールでグリアス公爵の注意を引く役目だったはずだ


ジャック「ああ、あっちは問題ないと思うよ?グリアス公爵の歌のおかげで更に盛り上がってるみたいだし」


僕がいなくなっても気付かれないくらいにね
そう告げながらいい笑顔を見せつけてくる骸骨にブギーは声を震わせる

ブギー「どうせお前の事だから効率よく事を運ぶために自分も探すことにしたってとこか…?」
ジャック「その通り!」
ブギー「因みに何でここだってわかった…?」
ジャック「僕は勘が鋭いからね!」

普段あれだけ鈍感なくせにこの野郎
そんな思いを声に出す前に何とか飲み込んだ
今更ぐだぐだ言ったところで過ぎた事ではあるし、尚且つこのやる気満々な様子の骸骨には無意味の言葉だからだ


ジャック「あ、ところで何か怪しい物は見つけたかい?」
ブギー「はぁ…まぁな、この本なんだが」


そこで突然扉が開く音が聞こえ2人は驚き声を上げかける

二人以外の誰かが書斎へと入って来たのだ

ブギーは慌てて入り口から見える位置に立っていたジャックの腕を掴むと自分の方へと強引に引き寄せた
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