矮小猫のおまじない




住人達の手から逃れるためにジャックはただひたすら逃げた
長いコートを小さな手で必死に掴み、フードがずれ顔が露になるがそれに気付かないほど必死だった




どれほど走っただろう
ジャックは足を止めその場に座り込んでしまう
すっかり息を荒げ、時折咳き込む

周囲を見ると町からそれほど離れた距離ではない事に気付いた
自身の身体を見下ろして情けないと1人呟く

普段の自分ならばこれくらいの距離を走ったところで何ら問題ないはずなのに
幼くなった今の身体ではその距離ですら走り続けるのが辛いほどに体力も落ちてしまっていた


ジャック「…しかも研究所じゃないし、ここ」


ただひたすら逃げる事だけを考えて走ったジャック
もう住人に絡まれるのは懲り懲りだと行き交う人々を避けて逃げた結果、研究所に向かうはずが街の外に逃げ出してしまっていた


ジャック「今戻ったらまた捕まるかもしれないな…」


再び好き勝手に扱われるのは御免だ
ジャックは暫く時間をおいて戻る事と決めた
かといってこんな所で特に何かやる事があるわけではない

するとそこでジャックの耳に何か声が聞こえた

歌声だ
とても美しい歌声が聞こえる

それは聞き覚えのあるものだった


ジャック「この声は…」


ジャックは立ち上がるとフードを被りなおし、長いコートを引きずりながら声のする方へと足を運ばせた








墓場の中央
そこにはとても大きな枯れ木がそびえ立っている

その枯れ木の根元に人影が一つ


ジャック「…サリー?」


その人影はサリーのものだった
根元に腰かけ1人歌っている

美しく透き通ったその歌声にまるで誘われるかのようにジャックの足は自然と其方へと向かっていった








サリー「…いけない、長く居過ぎてしまったわ。博士に怒られちゃう」

歌う事を止めサリーがふと思う
彼女は博士に外出の許可をもらったものの、なるべく早めに戻るようにと言いつけられていた

あまり遅くなるとまた博士に小言を言われ、下手をすれば罰として監禁されてしまう

研究所に戻ろうとサリーが立ち上がると、小さな足が視界に映るのに気付いた
そっと顔を上げるとそこには黒い大きなコートに身を包んだ子供の姿があった


サリー「あら、あなたは誰かしら」
ジャック「あの…」
サリー「初めまして、私はサリーよ。ハロウィンタウンでは見かけない子だけど…何処から来たの?」


ジャックはどう返答していいか迷っていた
正直に言っていいものか、嘘をついてしまうか

するとサリーは何かに気付き、ジャックの頬に手を添えた
そしてその頬を優しく擦る


サリー「まぁ大変、転んだのかしら…汚れちゃってるわね」
ジャック「い、いいよ…こんなの気にしない」
サリー「大丈夫、すぐ綺麗になるから」


汚れを綺麗に拭うサリーに大人しく身を任せる

僅かに上がったフードからこっそりと見つめているとサリーと偶然目が合った
すると彼女はジャックに向けはにかんだ

それを見て思わずサリーを抱きしめたい衝動に駆られる
無意識に腕を彼女の身体に回そうとする


しかしそれは叶わなかった
今の短い腕では彼女を抱きしめる事は難しい
そしてそんな事をすればサリーは戸惑ってしまうだろう

今の僕は彼女の知るジャック・スケリントンではない、小さな子供なのだから


サリー「はい、綺麗になったわ」


顔を拭い終えたサリーはジャックにそう告げ顔を覗き込もうとしてきた
ジャックはそれに気付くとフードを掴んで深く俯く
その行動にサリーは苦笑し立ち上がる


サリー「顔を見られるのが恥ずかしいのね、ごめんなさい」


ジャックの頭を優しく撫でると彼女は静かに立ち上がる
研究所に戻らなければいけない
しかしサリーがそこから動く事はなかった

小さな手が彼女の服を掴んでいたのだ


サリ-「あの、どうしたの?」


しかし目の前の子供は何も答えず、その小さな手はサリーの服を掴んだまま離さない




どうしよう

ジャックは自分の行動に動揺してしまっていた
サリーが立ち上がり、帰る事に気付いた瞬間
咄嗟に手が動いてしまっていた
1人にして欲しくなかった


そう思ってしまった事を酷く後悔する
彼女をこの場に引き留めてどうするというのか


サリー「そうよね、こんなに小さいんですもの…1人は不安よね」


気が付くとサリーが再び目の前に屈んでいた
とても心配そうな表情で語り掛けてくる


サリー「大丈夫よ、私がついててあげるから」


だから安心して
その言葉と共にジャックの小さな手を優しく包み込む
するとサリーの言葉がそこで止んだ


サリー「あら、貴方…骸骨なのね」
ジャック「…うん、そうだよ」


骨の手をサリーに見られてもジャックはそれを隠す事はなかった
彼女の手を離したくはなかったのだ

もう逃げるのは疲れちゃったし
いっその事、正体を明かしてしまおうか


ジャックは暫しの間をあけ、サリーを見上げ呟いた


ジャック「そう、僕は君の言う通り骸骨だよ」


その言葉と共に空いている手をフードにかけ
彼女の前にその姿を晒した


ジャック「やぁ、サリー」
サリー「あなた…私のよく知っている人にとても似ているわ」
ジャック「それはジャック・スケリントン?」


サリーがそれに答えるよう頷く
不思議そうに見つめてくるサリーにクスリと笑う
彼女は僕の言葉にきっと驚くだろう



ジャック「僕だよサリー、僕がジャック・スケリントンだよ」


サリーは暫し呆然としていた
こんな小さな子供に自分がジャックだと言われても到底信じられなかった
しかしその外見はジャックに似ており、自身へ語り掛ける口調や仕草
それらは彼女のよく知っている彼のものと同じだった

サリーはジャックの姿をまじまじと見つめ、露になった丸い小さな顔を包むよう両手を添える


サリー「ジャック…?」
ジャック「そうだよサリー、こんな姿で驚かせちゃったかな?」


ごめんよ、と笑って見せる
しかしサリーは何も反応を見せなかった
もしかして驚かせすぎたのかもと少し心配になりサリーに腕を伸ばす

すると突然ジャックの身体が強く包み込まれた
サリーに抱きしめられたのだ


ジャック「サ、サリー??」
サリー「本当にジャックなのね?…なんでこんな事になったの!?」
ジャック「サリー、あの、ちょっと苦しいんだけど」
サリー「また何か大変な事に巻き込まれたのね?なんてことなの…っ」
ジャック「一度落ち着いて、ね?」
サリー「大丈夫よジャック…私がついてるから!」
ジャック「だ、だから…サリーお願いだから、はなし…て……」


その声にようやく我に返ったサリーは、自身の腕の中でぐったりとしているジャックに気付いた

好きな人に抱きしめられるのは嬉しい事だ

僕も本来なら嬉しいし抱きしめてあげたいところだけど
ちょっと、いやかなり力強すぎるよサリー…




何度もひたすらに謝罪するサリーの声にジャックは1人心の中で呟いた
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