矮小猫のおまじない




ジャック「色々と酷い目にあった…」


一騒動あったもののフォラスが持ってきた服を無事に着る事が出来たジャック

それは皆が見慣れている燕尾服
久々に袖を通すその着慣れた服に安心感を覚えた


フォラス「クローゼットは後で俺が必ず直す、だから」
ジャック「それはもういいから」


ジャックが怒っていないだろうかと心配そうに声をかけるフォラスの口を骨の手で塞ぐ
レライエはそんなジャックを見て心配そうに隣へと立つ


レライエ「元の姿に無事戻れてよかったですが…身体に異常などはありませんか?」
ジャック「大丈夫、体はどこも異常なし!」


そう言って笑顔を向けるとレライエは安心しようやく笑顔を見せた
その隣に歩み寄ってきたダンタリアンがジャックの姿をしっかりと見つめる


ダンタリ「ふむ、問題なく戻ったな」
ジャック「これでようやく君を同じ目線で見られるよ…あ、僕の方が少しだけ高いか」
ダンタリ「ほとんど変わらんだろう」


ジャックを弟のように思っているダンタリアンだが、彼より少しだけ…本当に少しだけ背が低い
その事を実は気にしているらしくそれを知るジャックは彼をからかうように告げる
勿論からかい目的で言っているものだとダンタリアンも理解はしているがそれでも面白いものではない

ダンタリアンは腕を伸ばすとジャックの丸い頭に手を添え、少し乱暴ではあるが撫でた

子供扱いはやめてほしいな

そう思いはしたが彼なりの喜びの表現という事はわかっている為、その手を振り払う事はなく代わりに苦笑が漏れた



そんな様子を見つめていたサリーはジャックの姿に安堵していた
ようやく元の姿に戻る事が出来たのだ
そこに立つのは小さな可愛らしい子供ではなく、このハロウィンタウンを支配する王の姿

しかしサリーは素直には喜べなかった




ブギー「おいジャック!身体が元に戻ったって事は魔力も戻ったのか?」


椅子に腰掛け頬杖を突きながらブギーが声をあげる
ジャックはそんな彼に歩み寄り、細長い腕を伸ばした

ブギーの眼前に差し出された骨の手
するとその骨の手の上に小さな炎が現れた

その炎はジャックが手を緩やかに動かすと同じく揺れ動く


ジャック「この通りさ」


そう言ってジャックが軽く腕を振るうと炎は音もなく掻き消えた
それを暫し黙って眺めていたブギーの口元が笑みを作る


ブギー「パンプキンキングの復活ってやつか、まぁそうじゃねぇと俺もこの先楽しめねぇ」


よかったよかったと笑うブギー
それに合わせジャックも笑みをこぼす


ダンタリ「さて…では私達はオクシエントへ戻るか」


ダンタリアンがそう告げ立ち上がる
それを聞いたジャックは振り返ると慌ててダンタリアンに駆け寄った


ジャック「ちょっと待ってくれ!もう少しゆっくりしていっても」
ダンタリ「そうはいかん、私達だけならばともかくフォラスまで街を出ているのだ…今頃部下たちが騒ぎだしているだろう」
レライエ「そうですね…あまり騒ぎになっては困りますし」


そう言って2人はフォラスに視線を向ける
フォラスはゆっくり前へ歩み出るとジャックの前に立ち、彼と目線を合わせるよう大きな背を屈ませた


フォラス「ジャック、もっとお前と共に過ごしたかったが…俺達は戻る事にしよう」
ジャック「…そうか」


ジャックは寂しい表情を浮かべ微かに俯く
するとそんなジャックの肩に大きな手が添えられた


フォラス「いずれまた会える」
ジャック「…そうだね、でもその時は誰かにちゃんと知らせておくように!後々困らないように、ね?」
フォラス「ああ、気を付けよう」


フォラスが告げると同時に笑顔を見せた
その表情を見つめジャックの顔からようやく笑みが零れた











街の門を抜けた所でジャック、サリー、ブギー、カイヤを抱いた魔女が立ち並ぶ
フォラス達がオクシエントへの帰路につくのだ


レライエ「では私達はオクシエントへ戻ります、短い間でしたがお世話になりました」


そう言ってレライエは軽く一礼する
ダンタリアンが腕を組みそれに続いて言葉を発する


ダンタリ「ジャック、世話になった…おいブギー、あまりジャックを困らせないようにしろ」
ブギー「あ?聞こえねぇなー」
ダンタリ「やはり今すぐ始末してしまおうか…」


ブギーの態度に苛立ったのかダンタリアンが本を手に構える
しかしブギーは身構えはせず彼に丸みのある手を突きつける


ブギー「てめぇは今から帰るんだろが!今ここでやり合って場合じゃねぇんだろー?」
ダンタリ「…次会ったら殺す」
ブギー「おうおうやってみな!…それまでてめぇをぶっ潰す算段でもしておくからよぉ」


相変わらずな2人の会話にその場にいる全員が苦笑する
実はいいコンビなのかもしれない


フォラス「ジャック…最後にもう一度だけ」
ジャック「それはやめとくよ」


そう言って両腕を広げて見せるフォラス
しかしジャックはきっぱりと笑顔で断った
途端にフォラスの表情が悲しみを纏う


サリー「ジャック」


サリーがジャックの背に優しく触れる
見下ろすと優しい笑顔を向ける彼女の姿

しょうがないな

ジャックはサリーに背を押され、悲しみに暮れるフォラスの大きく逞しい身体に腕をまわした
その彼の行動にフォラスは一瞬驚くもすぐさま笑みを浮かべその細い体を抱き込む


ジャック「じゃあ…気を付けて」
フォラス「ああ、もしもまた何かあればいつでも言ってくれ…俺達がすぐにでも駆け付ける」
ジャック「ふふ、それは頼もしいな」


暫しの抱擁の後、ジャックの身体から離れたフォラスは魔女へと視線を向けた


フォラス「カイヤとどうか幸せに」
魔女「…ありがとうございます…本当に、本当に…っ」


彼の優しい言葉に魔女は涙を滲ませカイヤを抱きしめ頭を下げた
その腕の中でカイヤは首を傾げ高い声で鳴く



フォラス「さぁ…オクシエントへ戻るぞ!」


身にまとった赤いローブを靡かせフォラスが腕を振るった
すると彼らの目の前の空間が歪み宙に大きな穴が開く
周囲に転がる小さな石がその穴に吸い込まれるかのように転がり、草が風で揺れる
3人はその穴の中へとゆっくり歩を進め、その姿が見えなくなると同時に穴は閉じられた




サリー「行ってしまったわね…」


ジャックの横に歩み寄ったサリーはそう呟き彼の顔を見上げた
視界に映ったその顔は何処か悲し気な様子で穴があった場所を見つめている
サリーはそれ以上何も告げず、彼の細い骨の腕にそっと身を寄せた
62/64ページ