矮小猫のおまじない
朝
ジャックはベッドで一人眠りについている
夜更けまで魔女と語り合っていた彼は陽が昇っても目覚める事はなかった
そんな彼を眺める人物が2人
そのうちの一人が眠る彼の身体を軽く揺さぶった
ジャックは僅かに身じろぐもののその目を開ける事はない
「おい、起きろ」
今度はジャックに語り掛ける声
その声に閉じられていた目が開き、大きな眼窩が現れた
レライエ「おはようございます」
ジャック「やぁ……レライエ、おはよう」
此方を覗き込み笑顔で挨拶をするレライエを暫しぼんやりと眺め、ジャックは眠たげな声で応えた
目を軽く擦り上体を起こしたところでベッドに誰かが腰かけている事に気付いた
そこに座っているのはダンタリアンだ
ダンタリ「普段からこんな時間まで眠っているのか?」
ジャック「いつもじゃないさ、昨日は魔女と色々話をしていて…」
語りながらも自然と欠伸が出てしまう
そんな彼を見てダンタリアンは溜息を洩らし先に部屋を出ていってしまった
レライエ「サリーさんが朝食を作って待ってます、着替えたら来てくださいね」
ジャック「ん…」
余程眠いのかジャックはコクリと頷くだけ
二度寝しないでくださいね?
念のためにそれだけを告げるとレライエもダンタリアンに続き部屋を出る
残されたジャックは1人ぼんやりとしながら閉じそうな目を再度擦った
暫くして衣服を着替えたジャックが部屋から姿を現した
そこにはこの家に泊まり込んでいるダンタリアンとレライエ
地下で作業を行っていた魔女とカイヤ
奥から料理を運んでくるサリーにその周りをご機嫌な様子で飛ぶゼロの姿
これだけ多いと凄く賑やかだな
そんな事を考えながらジャックは椅子に腰掛けた
ダンタリ「ようやく来たか、遅すぎる」
レライエ「まぁまぁ、たまにはいいんじゃないですか?」
ダンタリ「貴様は本当に甘いな」
2人が互いに言葉を交わす最中、何気なく視線を動かしたジャックは魔女と目が合った
魔女「おはようございます」
ジャック「やぁ、おはよう」
魔女「あの…私達もと朝食に誘われたんですけど…本当にいいんですか?」
サリー「魔女さんったら、いいに決まってるじゃないですか」
隣から声をかけてきたのはサリー
両手に持っていた朝食用のスープを置くと魔女に笑顔を向けた
ジャック「サリーの言う通りだ、遠慮しないで」
魔女「は、はい…!」
魔女は嬉しそうに大きく頷いた
その傍らではゼロとカイヤがじゃれ合っている
どうやら昨夜の件からすっかり仲良くなったようだ
そんな二匹を見ていたダンタリアンが魔女に問いかける
ダンタリ「魔女、解呪はどれくらいかかるのだ」
魔女「え、と……数日程はかかるかと」
それを聞いた途端ダンタリアンが深く溜息を吐く
彼の行動に魔女は怯えびくついてしまう
ダンタリ「私は早急にと言ったはずだぞ」
魔女「す、すみません!」
レライエ「ダンタリアン、数日くらいならばいいじゃないですか」
ダンタリ「貴様は本気で言っているのか?」
魔女は怯えから身を震わせていた
一度ならず二度までも彼を怒らせてしまったのだ
そんな彼女を見ていたジャックがダンタリアンに語り掛けた
ジャック「ダンタリアン、彼女を責めないでくれ…僕がそれで構わないと言ったんだよ」
ダンタリ「…お前は自分が何を言っているか理解しているのか?」
ジャック「勿論理解しているよ、数日くらいなんてことないさ」
話を聞きダンタリアンは黙り込む
そして暫くすると乱暴に席を立ち外へと向かっていった
ジャックは慌ててそれを追おうとしたがレライエに止められ、代わりに向かうレライエの姿を見送るだけとなった
魔女「…すみません、私のせいですよね」
ジャック「それは違うよ、これは僕が言い出した事なんだ」
君は何も悪くない
言い聞かせるようなその言葉に魔女は小さく頷いた
一方ダンタリアンを追い外へと出たレライエ
広場の噴水の前に立つその姿を見つけて一瞬笑顔を浮かべた
静かに傍に歩み寄るとダンタリアンが此方を向く事なく語り掛けてきた
ダンタリ「貴様はあの魔女に何故そうも甘いのだ」
レライエ「別に甘いわけでは…」
ダンタリ「ジャックの魔力を一刻も早く戻させなければならない、そんな事もわからないか」
レライエ「それはわかっています」
ジャックは大丈夫だと言っていた
しかしそれはあくまで今現在は、という事だ
魔力を生み出さない魂とはあまりにも無防備なもの
王という立場にあるジャックが自身の魂を晒したまま過ごす事をダンタリアンは許せなかったのだ
ダンタリ「あの魔女もそうだがジャックもどうかしている…自分の立場を何も理解していないではないか」
レライエ「ダンタリアン…彼は自分の立場をしっかりと理解しています、それに…あの時、彼の心を読んだのでしょう?」
レライエが言うように確かにあの時、家を出る直前にダンタリアンはジャックの心を読んでいた
彼の心から聞こえてきたのは魔女とカイヤを思う声だった
ダンタリ「アイツの心には自分の心配など全くなかった…それが気に食わん」
レライエ「それだけ彼女を信じているという事ではないですか?それと…貴方は少しジャックに構い過ぎなのではないですか?」
その言葉にダンタリアンは勢いよく振り返りレライエの胸倉を掴んだ
レライエは動揺一つせず真っ直ぐ彼を見下ろし、掴む腕に手を添える
レライエ「いいですか?ジャックはもうあの時の子供ではない、立派な大人…私達が深く肩入れせずとも自分で考え行動できる方です」
ダンタリ「そんな事はわかっている」
レライエ「わかっているのなら彼を信じるべきです、そして彼が信じる魔女を信じてあげてください…どれだけ時間がかかったとしても彼女は必ずやり遂げると私は思います」
レライエの言葉にダンタリアンはそれ以上言葉を発しない
胸倉を掴んでいた手を静かに離すと腕を組み顔を背けた
ダンタリ「………数日はかかると言っていたか」
レライエ「はい」
ダンタリ「貴様がそこまで言うなら、とりあえずは信じてやらん事もない」
素直ではないにしろジャックの考えを受け入れた様子のダンタリアンにレライエは自然と笑みを見せた
レライエ「…まぁどうしても待つのが嫌だというのなら貴方が魔女の代わりに魔力を引き出し埋めればいいだけなんですけどね」
ダンタリ「罪を見逃すための条件なのだぞ?私が手を貸すのなら魔女は罰せられる事になる」
レライエ「はは、そうでしたね」
何はともあれダンタリアンがいつもの調子に戻った事に安堵したレライエ
だったのだが、ふとダンタリアンがある方向を見つめている事に気付いた
そこにはダウンタウンの方向から歩いてくるブギーの姿があった
恐る恐るダンタリアンの様子を伺うと予想通り、彼は非常に不機嫌になっていた
ダンタリ「朝からあんなものを目にするとは…」
レライエ「あー…とりあえず見なかった事にして戻りませんか?」
ダンタリ「見なかった事にしろだと?それが可能なら既に戻っている」
レライエ「ですよね……ん?」
そこでレライエはある人物の姿に気付く
それはダンタリアンも同じだった
街の外へと続く門へと歩いていくブギー
その後ろから彼に語り掛けながらついていく赤いローブの人物
ダンタリアン達は一度互いの顔を見ると即座にその後を追った