矮小猫のおまじない
魔女「………カイヤ、大丈夫だからゆっくり眠りなさい」
魔女は台にカイヤを乗せその小さな頭を優しく撫でる
細い指先に黒い靄がかかると彼女を見上げていたカイヤの丸い目は次第に細くなりそのまま静かに目を閉じた
それは魔女の魔法だった
眠りにつかせたカイヤの身体をそっと撫でる
誰かが扉を叩く音が聞こえた
こんな時間に誰だろうかと魔女が視線を向ける
ジャック「やぁ」
魔女「まぁ…どうしました?」
姿を見せたのはジャックだった
魔女はその姿を見ると笑顔を浮かべ彼を出迎える
ジャック「すまないね、こんな暗い地下しか場所がなくて」
魔女「いいえ、寧ろ助かります…とても静かですし集中出来ますから」
魔女はジャックの呪いを解く為に彼の家の地下を作業場所として使っていた
そこは普段あまり使用される事がない為、僅かに埃が積もり薄暗い
ジャックは台に歩み寄るとそこに寝かされているカイヤの様子を眺めた
魔法で眠らされており気持ちよさそうい寝息を立てている
ジャック「上手くいきそうかい?」
魔女「そうですね、彼らのアドバイス通りなら上手くいくかと」
ジャック「魂石から魔力を引き出しその穴を埋めるよう別の魔力を注ぐ、か…君なら大丈夫そうだね」
魔女「…そんなに簡単な事ではありませんよ」
魔女はカイヤを撫でる手を離すとジャックにある物を見せた
彼女の手の中にあるのは小さな小瓶
その小瓶の中には一つの小さな光が浮いておりとても美しかった
魔女「魂石から引き出した貴方の魔力をこの瓶に貯め込みます」
ジャック「この小瓶に僕の魔力を?そんな事が出来るんだね、驚いたよ」
魔女「…ですが問題は魂石に吸収された貴方の魔力が私が思ったよりも多いという事なのです、これほどの量をまとめて引き出してもその穴を埋める程の魔力は私にはありません」
魂石はジャックの魔力を根こそぎ吸収してしまっていた
その量は彼女の持つ魔力では到底補う事は出来ず、一度に全てを引き出す事は魂石の損傷
すなわちカイヤの死を意味する
それは魔女は勿論、ジャックも望んではいなかった
ジャック「カイヤの事を考えたら君の魔力量に合わせて引き出していくしかないわけだね」
魔女「はい、ですが…かなりの時間が必要となってしまいます」
魔女はどうすればいいのか困り果てていた
カイヤの事を思うなら今言ったように自身の魔力量に合わせ時間をかけて引き出すべきだろう
しかしジャックは魔力を失って困っているはず
故意ではないにしろ此方の不注意のせい
出来る事なら早急に済ませた方がいい
そんな様子を見ていたジャックが彼女の手に自らの骨の手をそっと重ねる
ジャック「焦る事はない、君のやりたい方法で任せるよ」
魔女「でも…かなりの時間がかかりますし、その間貴方はそのままで」
ジャック「僕なら大丈夫さ!別に今すぐ死んでしまうわけじゃないんだし…それに事を急いで君やカイヤが辛い思いをする方が悲しいかな」
ジャックの言葉に魔女は思わず涙を滲ませた
本来なら酷く責められてもいい状況なはずなのに彼は自分たちを気遣い笑いかけてくれる
魔女「ありがとう…ございます…」
ジャック「いや、礼なんて……」
ジャックはそこで言葉を詰まらせた
魔女の目から涙が零れ落ちたのを見てしまったからだ
泣かせるつもりなどなかった為、彼は大いに戸惑った
とにかくまずは彼女を慰めなければ
一方魔女は流してしまった涙を何とか止めようと必死に目元を拭う
しかし一度溢れた涙は彼女の思いとは異なり止まる事がない
すると彼女の目の前に白い何かが差し出された
それは一枚のハンカチ
ジャック「君を泣かせるつもりはなかったんだ、さぁこれで涙を拭いて」
魔女は差し出されたハンカチを受け取るとそっと涙を拭う
此方を見上げるジャックの姿を見て魔女はようやく笑みを見せた
ジャック「うん、やっぱり君は笑顔の方が似合うよ」
魔女「まぁ……ふふ、そんな事を言われたら女性は誤解してしまいますよ?」
ジャック「誤解?何を誤解するんだい?」
ジャックはどういう事だろうと首を傾げる
彼はもしかして天然なんでしょうか…
魔女はそう思いながらも口にはしなかった
気が付けば涙もすっかり止まり、ジャックは眠るカイヤを可愛いなぁと撫でている
魔女「…よし!ジャックさん、私頑張ります…貴方とカイヤの為に!」
ジャック「その意気だよ!あ、僕にも何か出来そうな事があったらいつでも言ってくれ、全力で手伝うよ!」
魔女「はい、ありがとうございます!」
ジャックはやる気みなぎる魔女を激励しその手を取った
その小さな骨の手を彼女もまたしっかりと握り全力を尽くすと意気込む
そんな中、眠っていたカイヤが目を覚ました
寝起きのためか暫しぼんやりとしていたが魔女の姿を見て元気に体を起こす
が
同時に隣にいるジャックの姿に気付いた
その途端カイヤはジャックに向け唸り毛を逆立てる
魔女「カイヤ!彼は貴方の味方なの、落ち着いて!」
ジャック「僕は君の敵じゃない!だから落ち着いて!」
威嚇する姿を見て2人が慌てて説得し始めたが肝心のカイヤは聞く耳を持たない
台を強く蹴り勢いをつけてジャック目掛けて飛び掛かった
しかしカイヤがジャックへ飛びつく事はなかった
威嚇するカイヤとジャックの間に割って入ったものがいたのだ
ジャック「ゼロ!」
それはゼロだった
家に戻るなり地下へと向かったジャックを追いかけてきたのだ
ゼロは威嚇するカイヤから小さなジャックを守るかのように対峙している
すると威嚇していたカイヤが唸りながらゼロへ近付いていく
宙に浮く体をまじまじと丸い目で眺め匂いをかぐ
ゼロもまたそんなカイヤの匂いをかぎ慎重に相手の動きを見る
するとカイヤは突然ゼロに全身を擦り付けたのだ
それを受けたゼロはまるで喜ぶかのように一鳴き
魔女「あ、あれ…カイヤが懐いてる…?」
ジャック「…ゼロと仲良くなっちゃったみたいだね」
すっかり落ち着いた様子のカイヤを魔女が優しく抱き上げる
それを見たジャックも両手を広げゼロの名を呼んだ
ゼロはそれに気付くと嬉しそうにその腕の中に飛び込む
魔女「カイヤったら…あまり驚かせないでくださいね?」
魔女の言葉を理解しているのかその顔を見上げ可愛らしい声をあげた
ゼロを抱えたジャックが傍に歩み寄るがカイヤが威嚇する事はなかった
ジャック「落ち着いたみたいでよかった」
そう言ってカイヤに笑いかけるジャック
カイヤはまるでジャックの言葉に答えるかのようにご機嫌な様子で鳴いて見せた