矮小猫のおまじない
研究所での騒動から暫く
ダンタリアンは研究所の上階を目指しスロープを歩いていた
扉に辿り着きノブに手をかける
博士「…鍵はかかっておらんぞ」
その言葉の後、ゆっくりと扉が開かれた
車椅子を動かし振り返った博士はそこに立っている人物を見て口を開く
博士「何か用か?」
ダンタリ「用というほどのものではない」
それ以上語ろうとしないダンタリアンを近くの椅子へと導く
それに応じ素直に腰を下ろした彼を眺め問いかける
博士「こうしてお前と2人きりで語るのは何年振りじゃろうな」
ダンタリ「何年ではない、何百年ぶりか…が正しい」
博士「そうじゃったな」
ダンタリアンは黙って博士を見つめた
正確には彼の足を見つめている
それに気付いた博士は溜息をもらした
博士「まだ気にしておるのか?」
ダンタリ「気にしてなど………未だ痛む事があるのか?」
博士「痛みなどもう感じんよ、不便な事に変わりはないが」
博士はそう言いながら自身の足を軽く撫でた
そして同時に昔の思い出を振り返る
それはダンタリアンの言う通り遥か昔の話となる
博士はその頃から既にこのハロウィンタウンに住んでいた
今と変わらず毎日研究ばかりのマッドサイエンティストだった
その腕はとても優秀で博士の名は勿論オクシエントにも知れ渡っていた
そこでセルヴロクからとある依頼を受け、彼はオクシエントへと召喚されたのだ
依頼の内容はオクシエントを守る壁、すなわち都市の結界を永久機関化させる為に必要な装置の開発だった
セルヴロクの総統自らの推薦ともあり本来ならば断わるなど恐れ多いと誰しもが思う事
しかし博士はその依頼を断ったのだ
依頼内容からして受けてしまえば装置完成まで解放はされないだろう
そうなればハロウィンタウンに戻り研究を再開する事が出来ない
彼が断わった理由はそれだった
フォラスは無理強いは出来ないと考えたがダンタリアンは納得いかなかった
そして彼はある言葉を口にする
貴様の望むものをくれてやる
それは博士を止める為に出した提案だった
博士はその提案を受けて暫し考え、ある望むものを口にした
それはダンタリアンの持つ本の知識だった
彼はその本を実際に見た事はなかったがどのような物かは理解していた
全ての知識を得る事が出来るという珍しいアーティファクト
フォラスを始めその場にいる者達が博士の言葉に驚き戸惑った
しかしその中でダンタリアンはその望みを受け入れたのだ
博士「あの時は驚いたもんじゃ、お前がワシの提案をあっさり受け入れるとは」
ダンタリ「オクシエントを守る為だ」
博士「そうじゃろうが…本の知識を求めたんじゃ、危険だとは思わなかったか?」
ダンタリ「お前の心に危険を感じなかった、だから提案を受け入れた」
ダンタリアンは相手の心を読む
その際に相手が何かを感じる事はない
当時の博士も心を読まれた等気付きもしなかった
ダンタリ「しかし…それは間違いだったかもしれんな」
博士「何故そう思うんじゃ?」
ダンタリ「…私がその提案を受け入れなければお前はあのまま街へ戻っていただろう、そうすれば…」
そう言ってダンタリアンは博士の動かない足を見つめた
博士の提案をダンタリアンが受け入れた
そして博士は彼らの依頼を受けオクシエントに留まり装置を開発する為の日々を過ごした
そんなある日博士はダンタリアンに呼ばれ彼の部屋を訪れた
一体何の用なのか
そう尋ねる博士の前にダンタリアンは本を取り出した
お前はどんな知識を望む
それは博士が彼に提案していた事だった
博士は思わず息をのんだ
本の事を知ってからというもの、常に研究を一番と考えていた彼にとってそれは伝説の宝に等しい価値となっていた
誰も知りえない知識をいとも簡単に入手できる
正に夢のような代物だ
そんな彼の心を読んだダンタリアンは彼にある忠告をした
この本の事を知った者が揃って抱く考えを博士もまたもっていたからだ
本から与えられる知識は限りない
それ故に皆本に依存し溺れるのだ
ダンタリアンでさえ皆と同じくその知識におぼれた一人だった
そして博士は彼の忠告を聞きそれでも知識を得る事を選んだ
ダンタリ「提案を受け入れなければその足は今、自由に動いていたはずだ」
ダンタリアンはそう告げ博士の足を見つめ続ける
その顔は黒に染まり表情を伺う事は出来ないが博士の目にはどこか悲し気に映った
博士は車椅子を動かすと彼の前まで移動し腕を伸ばす
小さな博士の手がダンタリアンの手に添えられた
博士「これで何度目になるかわからんが…この足はお前のせいではない、ワシのミスなんじゃ」
ダンタリ「本当にそう思うか?」
博士「ああ、思っとるよ…なんならワシの心を読んでも構わんぞ?」
ダンタリアンは内心戸惑いながらも触れている博士の手を見つめる
きっと心を読んでいるのだろう
そう考え博士はそのまま動く事はなかった
ダンタリ「…やめておこう、お前は嘘はつかん」
博士「ほう…何故そう思う?」
ダンタリ「………何故だろうな」
それを聞いた途端博士は声をあげて笑った
ダンタリアンは何故笑っているのか意味がわからないといった様子で博士の顔を見る
博士「どうやらワシは思った以上にお前に信頼されておるようじゃな!」
ダンタリ「信頼?……意味がよくわからん」
博士「まぁそうじゃろうな…さぁ、もうこの話は終いじゃ」
そういって博士は部屋に常備している飲み物をカップに注ぎダンタリアンへと差し出す
彼はそれを暫し眺め、素直に受け取る事とした