矮小猫のおまじない



博士「ふぅ…もうこんな時間か」


作業台にひろげられている図面を眺めていた博士はふと顔をあげた
外は既に闇に覆われ時計を確認するまでもなく夜を迎えている事がわかる
博士は図面を丸めると机の端にまとめ、下の階へ向かう為車椅子を動かした

そろそろ夕食の時間だろう

そう考えた博士は部屋から出るとスロープを下っていく
博士はその最中サリーの言葉を思い出す

今夜はジャックと3人で食事をしましょう

ジャックはもう来ているのだろうか
そう考えながら下の階へ辿り着いた博士だったがそこで動きを止めた

何やら声が聞こえる
その声は明らかにサリーのものではなく、またジャックのものでもない
一体誰の声だろうか
そう考えた博士はある答えに辿り着く
彼はその声に聞き覚えがあったのだ


博士「…いや、そんなはずはない」


あり得ないことだ
そう呟きながら声が聞こえる部屋の扉を静かに開いた


サリー「あ、博士!ちょうど夕食が出来たところですよ」
博士「ふむ、そうかね………!」


室内へと入った博士だったがそこで動きを止めた
室内にはサリーと此方に気付き小さく手を振るジャックの姿
そして椅子に腰掛け此方を見る二人の男性の姿があった


レライエ「フィンケルスタイン博士、お久しぶりです」
博士「レライエ……それに、ダンタリアンか」
ダンタリ「……久しぶりだな」


サリーは博士達の会話を聞き驚いた様子でジャックへと問いかけた


サリー「彼らは博士と知り合いだったのね」
ジャック「そうなんだよ、僕も最近知ったんだけどね」


レライエは席を立つと博士の前に歩み寄り、身を屈ませ彼と握手を交わす
一方ダンタリアンは椅子に腰掛けたまま動く事はなかった


ジャック「博士!夕食に是非彼らを迎えたいんですが構いませんか?」
博士「ワシは構わんが…しかしお前達、何故この街に…本来オクシエントからそう簡単に離れる事など出来んじゃろう」
レライエ「ジャックの呪いの件で来たんですよ、あ…ちなみに私はダンタリアンの護衛という事で」
ダンタリ「…そういう事だ」


普段オクシエントから離れる事のない、基離れる事が出来ないはずの彼らがこの街を訪れた理由
ジャックの呪いの件
それならば納得かと博士は考えた

彼らはどちらもセルヴロクの幹部だ
それ故に常に多忙であり通常幹部が問題のある現地へ出向く事はそう多くはない
しかしそんな彼らでも時に自ら出向く
その一例がジャックに関する事だ
ジャックが王である事も理由の一つではあるが、それ以前に彼らはジャックを本当の家族かのように想っている

今回彼らが訪れた真の目的は其方にあるのだろうと博士は考える


博士「お前達が来た理由は大体理解できたが…まさかあのフォラスが簡単に許可を出すとは」


するとレライエの表情が一瞬だが強張る
博士はその微かな変化を見逃すことはなかった
まさか…
彼の様子から何か嫌な予感を感じ、暫し間をあけレライエに問いかける


博士「まさかとは思うがお前達…フォラスに何も告げずに来たのか?」


レライエは返答を渋り頬を掻く
博士はダンタリアンに視線を向け再度問いかけた
するとまるで観念したかのようにダンタリアンがその問いかけに答えた


ダンタリ「…私達がここを訪れている事を彼は知らない」
博士「……………全く、お前達は」


博士は頭を軽く押さえ溜息を吐いた
一方彼らの話を聞いていたジャックもその事に酷く驚きをみせていた


ジャック「二人とも、今の話は本当なのかい?」
ダンタリ「……事実だ」


するとジャックはダンタリアンの元に歩み寄った
腰に手を当て表情の見えない顔を見上げるジャックの幼い顔には怒りが現れていた


ジャック「駄目じゃないか!フォラスに何も告げずに来るなんて!」
ダンタリ「しかし…今回は急ぎだったのだ」
ジャック「確かに僕も急かしてしまったかもしれないけど…それでもフォラスを困らせるような事はしてはいけないだろ!」


ジャックの言葉にダンタリアンは反論する事はなかった
彼が言う事は正しいのだ

フォラスとは彼らの組織セルヴロクの総統
そしてオクシエントの中心人物といえる
例えるならばハロウィンタウンでのジャックと同じようなものだ
ジャックがハロウィンタウンでの決定権を持ち書類などに追われるよう、フォラスもオクシエントでの決定権を持ち同じように日々仕事に追われている

しかしその仕事に関して決定的な違いがあった
それは街の規模に関係している

ハロウィンタウンは村よりは規模はあるものの、他の街と比べればさほど広い街とはいえない
だがオクシエントは違う
この世界で一番といえる程の大都市
そんな場所を管理するのは非常に困難な事
フォラス1人で全てを管理するなど到底無理な程で同じような仕事をこなすジャックは彼の苦労を誰よりも理解していた

そして彼が怒る理由
それはダンタリアン、レライエ両者の立場にあった
彼らは組織の幹部
多くの仲間の中でも最も信頼されているフォラスの重要な柱ともいえる
それは組織としてのものだけでなくオクシエントに関する面でも同じといえた

そんな二人が彼に何も告げず街を出た
フォラスは今頃1人困り果てているだろう


博士「ジャックが怒る理由は最もじゃな」
レライエ「反省しています…」


皆の話を聞きながら煮込んでいた鍋の火を止めるサリー
鍋の中身を軽く混ぜながら先程から出ている名の事を考える

フォラス
彼女もその名には聞き覚えがあった

未だにダンタリアンに怒っているジャックに視線を向ける
フォラスといえばあの大都市オクシエントの中心人物で組織セルヴロクの総統

一般市民では直接関わる事など適う事のない、そんな凄い人物と近しい関係にある者が同じ室内に4人


サリー「…私、凄い人達と関わっているのね」


彼女がそう思うのも無理はなかった
博士に作られハロウィンタウンから出た事もないごく一般的な市民である自分だったが、到底手が届かない場所に存在する人々と関わっている

王であるジャックとの今の関係でさえ本来なら適う事のない奇跡だといえるのに



そこでサリーの考えは遮られることとなった
博士が食事を出すよう名を呼んだのだ
彼女は慌ててそれに答えると器を取り出し食事を盛り付け始めた
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