矮小猫のおまじない
レライエ「さて、これで呪いの解呪について話が出来ますね」
ダンタリ「…私はまだ納得いかないんだが?」
レライエ「頑張って納得してくださいね」
ダンタリ「…貴様を連れてきたのは間違いだったようだ」
そんな二人の様子を見つめていた魔女はふと手に何かが触れた事に気付く
視線を下ろすとそこには小さな骨の手
顔をあげるとジャックが此方を見つめていた
ジャック「酷く怖がらせてしまったね…大丈夫かい?」
魔女「は、はい…私は大丈夫です……あの、本当にごめんなさい…」
ジャック「僕なら大丈夫……今、君の猫はどうしているんだい?」
そう言われ魔女は鞄を机に置く
その中を覗き込むとそこには気持ちよさそうに身を丸め眠る例の猫の姿
レライエ「それが噂の猫ですか、可愛らしいですね」
ダンタリ「魔女…その猫を机に置け」
ダンタリアンが本を手に取りながら魔女へと指示を出す
彼女は言われるまま鞄からそっと猫を出すと静かに机の上へとおろした
猫は未だに気持ちよさそうに寝息をたてている
ダンタリアンが本の表紙に手を翳す
表紙に描かれていた複雑な紋章が淡く光り、本全体に絡みつく鎖がジャラジャラと音を立てまるで生きているかのように動き出す
ダンタリアンは左手を猫に向け伸ばしその丸くなった体の上に手を重ねた
すると触れてもいないはずの本が自然と開きページがパラパラとめくれていく
そしてあるページに辿り着くとその動きを止めた
ダンタリ「その猫…本来ならば既に死んでいるはずのものだな」
彼の言葉に魔女は驚きを露にした
そんな様子を気にせずダンタリアンは更に言葉を発する
ダンタリ「そして…ああ、なるほど……そういう事か」
全てを理解したダンタリアンは猫に翳していた手を引っ込めると静かに本を閉じた
鎖が自然と動き再び本に絡みつく
レライエ「何かわかりましたか?」
ダンタリ「ああ…貴様、この猫に魂石を使ったな?」
魔女「……はい、その通りです」
ジャック「魂石?」
ジャックは聞き覚えのない名前に首を傾げた
そんな彼を見てダンタリアンは溜息を洩らし、ジャックの頭に手を添えた
ダンタリアンは他者の心を読み取る力を持つ
そして同時にその心を操る術も持つ
しかし彼の本来の力はそれとは別にある
彼の持つ本
それは一種のアーティファクトだった
その本は常に鎖で守られており仮にその鎖を解いたとしても彼以外には使用する事が出来ない
他者の目からは何も書かれていないただの白いページにしか見えないが、ダンタリアンの目ならば見えない文字を読み取りありとあらゆる情報をその本から得る事が可能だ
その情報量は膨大で全てを知る事が出来るという
それは限りを知らず過去や未来も見えるとも言われている
ダンタリアンは問題の猫に手を翳す事でその本からありとあらゆる情報を得たのだ
そして彼は自身が得た情報や読み取った心を他者に伝える事も出来る
暫くしてダンタリアンがジャックの頭から手を離す
ジャックは彼の手により流れ込んだ情報で魂石の事を知る事が出来た
ダンタリ「貴様のような半人前が魂石を扱うなど…あれはそう易々と扱っていい代物ではないぞ」
レライエ「そうですね、下手をすれば貴女自身の魂が取り込まれてしまうところですよ」
2人の言葉に魔女は納得している様子で頷いた
魂石は魔女の間で貴重とされる石
そしてその扱いは並みの魔女では難しい代物だ
通常は外見こそクリスタルのようだがそこら辺にある石と何ら変わらない
しかし魔力を込める事で効果を発揮する
魔力が込められるとその魔力量に合わせ石は輝きを増す
そして魔力を得た石は発現し触れたものの魂を取り込む事が出来るのだ
魂を取り込んだ石は動力源として扱われる
それは魔力を必要とするものを稼働させる事に使われるのだが他者の命にも影響を及ぼす
他者の命を魂石の動力源で補うのだ
それにより死を迎えるであろうものの命をつなぎとめる事が出来る
ジャック「じゃあ彼女は魂石を使ってこの猫の命を…」
魔女「カイヤは私が幼い頃から一緒に育ってきました、ですが動物は私達よりも寿命が短い………カイヤは本来なら何年も前に亡くなっているんです」
レライエ「だから魂石で寿命を…共に育ってきた相手を生かすため、この猫…カイヤを生かしたいという貴女のお気持ちはわかりますが」
魔女は未だ寝息をたてる猫、カイヤを見つめその体を愛おし気に撫でた
魔女「この子ともっと一緒にいたい、私のそんな勝手な思いでカイヤを生かし続けている…本来やってはいけない事ですよね」
この世界には多くの死者が集う
多くの動物もまたその中の一つだ
死者は通常生きてはいない、命などないと思われがちだがそれは間違いだ
死者であっても彼らの身体には魂というものが存在している
そしてその魂が燃え尽きた時が彼ら死者の寿命の時
身体はまるでそこに存在していなかったかのように消え浄化される
彼女が言うやってはいけない事
それは寿命に関する事だった
現世では毎分毎秒と生あるものが死を迎えている
死したものは現世から離れこの世界に送られてくるのだがその数は膨大なもの
大抵多くの死者の魂はそのまま浄化されるがそのものの持つ魂が強ければ浄化されずに姿を変えこの世界に住まう事がある
それがジャックを始めとしたこの世界の住人だ
そんな中で寿命を迎えようとしているものを生かす
そんな事をしてしまえばこの世界はいずれ死者で溢れかえってしまうだろう
それを阻止するためこの世界では寿命を延ばすなどの行為を禁じていた
ダンタリ「呪いの件を別としても…これは罪に問われても文句はいえんぞ」
ジャック「……」
ジャックは魔女に何も声をかけられなかった
魔女が行った事が重罪にあたると彼も理解していたからだ
これは今より古い時代、セルヴロク結成の際にこの世界全体に向け定められた法なのだ
王であるジャックといえどその法を覆す事は出来ない
このままでは彼女は罰せられる
その犯した罪に相応の酷い罰を受ける事になるだろう
その事を考えたジャックは小さな手をきつく握りしめた
レライエ「…ダンタリアン」
ジャックの様子を見つめていたレライエが静かに名を呼ぶ
静寂に包まれた室内
その中でダンタリアンが口を開いた
ダンタリ「……魔女、貴様に一度だけチャンスというものをくれてやろう」
魔女「え…」
ダンタリ「ジャックにかけられた呪いを早急に解呪しろ…そうすれば今回の件は伏せておく」
その言葉に驚いたのは魔女だけではなかった
ジャックにも予想外の事だったのだ
ダンタリアンはこの世界の法を司る組織の幹部
その彼が魔女がしでかした重罪を見逃すと言い出したのだ
あり得ないはずのその出来事に思わず傍に立っていたレライエを見上げる
同じく幹部であるレライエも彼と同意見だと頷いてみせた
ジャック「二人とも…いいのかい?君達は仮にも法の番人という立場なのに」
ダンタリ「……確かに私達は法の番人ともいえる、そして今回の寿命の事もその法に反しているのは理解している」
レライエ「ですが私達も常にその法だけを頑なに守るわけではないですよ?あ…こういう事はあまり口にしてはいけない事ですね」
そう言ってレライエは何処か悪戯めいた笑みを浮かべた
確かに彼らの組織は法を第一と考える者で形成されている
しかし幹部である彼らはその作り上げた法をいついかなる時も第一にと考えるほどお固い人物ではなかった
表向きはそう装ってはいるものの、その場その時の状況によっては法を破る事もある
今回の魔女の案件がまさにそれだった
誰しも親しい者が死を迎えようとしていればどんな手を使ってでも救いたがるだろう
そして更に彼らの考えを変えさせたのはジャックが関わっているという事もあった
ジャックはその事を理解し先程まで不安に覆われていた表情に笑顔を咲かせた
ジャック「二人とも、ありがとう…っ」
ダンタリ「…今回だけだ、次はないと思え」
レライエ「よかったですね…」
レライエが優しく語り掛ける
それを聞いた魔女はカイヤを抱き上げその小さな体を抱きしめた
魔女「ありがとう、本当に…ありがとうございます…っ」
魔女は涙で滲んだ目で未だ腕の中で眠るカイヤを見つめた