矮小猫のおまじない




その日の夜の事
サリーが寝支度を整え歩いているとある部屋の扉が僅かに開いている事に気付いた

あの部屋は何かしら
そう考えなるべく足音を立てないようにしながら近づいていく
扉の隙間からは薄らと灯りが漏れ、その中を覗き込む

室内には何やら多くの物が置かれていた
数多くのアンティークや大量に重ねられた巻物と書物
どれを見ても何に使う物なのかサリーには理解できなかった
そして一番奥を見るとそこには見慣れた後ろ姿

それはジャックだった
何やら床にペタリと座り込んでいる
そしてその腕の中には一冊の本


サリー「…何をしているのかしら」


何度か角度を変え覗き込むが見えるのはジャックの後ろ姿のみで手元は一切見る事は出来ない

覗き込む事に夢中になっていたサリーは思わず扉を更に開いた
するとその音にジャックが気付き弾かれたように振り返る


ジャック「…ああ、なんだサリーじゃないか」
サリー「ご、ごめんなさい…邪魔をするつもりはなかったの」


その場にいるのがサリーだとわかるとジャックは笑顔を見せ再び手元に視線を移す
サリーは室内へ入ると静かに彼の横に移動し、同じように床に座り込んだ


サリー「読書でもしていたの?」
ジャック「いや…今日話していただろう?特別な方法ってやつ」


そういえばとサリーはその時の話を思い返す
オクシエントへの短時間での連絡方法
それもジャックだからこそ出来る方法がある

サリーは彼の手元を見た
そこには一冊の本
しかしめくられたページには何も書かれていなかった


サリー「…もしかしてその本で何かするのかしら」
ジャック「その通りだよサリー、この本とある物を使ってオクシエントへ魔女の確保を頼むんだ」
サリー「本とある物…??」


サリーが不思議に思うのも無理はなかった
そこにあるのは何も書かれていない一見ごく普通の本
それをどう使えばいいのだろうか

するとジャックは先程言っていたある物をサリーの前へと差し出した

それは一本のペンだった
透き通った青い水晶で出来ている物で全体を不思議な金の文字が螺旋状に描かれている
そのペンは灯りが微かに揺れるたびにその光を反射して煌めく
その見た事もない美しさにサリーは心奪われた


サリー「とても綺麗…」
ジャック「ああ、でもサリー…君はこれに触れてはいけないよ?」


何故だろうとサリーは不思議に思い首を傾げた
ジャックは手に持っていたペンをサリーから離すとしっかりと握りしめる


ジャック「これは僕にしか扱えないんだ」
サリー「何故なの?ただのペンなのに」


サリーはそう告げながら無意識だろう、腕をペンへと伸ばす
あと少しで触れられる
しかしジャックの手が添えられその腕は触れる直前で止まる事となる

ジャックは仕方ないとペンを傍に置いていた黒い箱へと仕舞いこんだ
するとサリーはまるで憑き物が落ちたかのような表情を浮かべ、ジャックに押さえられていた腕は力なく垂れ下がる


サリー「…?あの、私今何か変な事をしていたのかしら」
ジャック「いや、きっと疲れているんじゃないかい?さぁ、僕はこれが終わったら休むから君は先に眠るといい」
サリー「…ええ、そうするわ」


おやすみなさい
そう告げるとサリーは静かに部屋を出ていく
扉が閉められたのを確認するとジャックはほっと胸を撫でおろす


ジャック「やれやれ…僕以外の目に触れさせるのは初めてだったけど…本当に彼の言う通りになったな」


そう1人呟きながら一度仕舞いこんだペンを再び取り出す
本へと向き直るとそのぺンで何やら文字を書き始めた



Dantalian


すると書かれた文字がまるで水に溶けるかのように真っ白なページに消えた

そしてその文字が書かれていた箇所に別の文字が浮かび上がる


『用件を』


たったそれだけの文字
しかしジャックは構う事なく続けて文字を書き込んでいく


『オクシエントにいる魔女を一人、此方へ連れてきて欲しい』

『何故』

『理由は…今は言えない、しかしその魔女がどうしても必要だ、早急に頼みたい』

『理由を述べよ』



その文字を見てジャックはどうしようかと悩みだす
理由は勿論自身の呪いを解呪する為だ

真実を述べるか、それとも
ジャックは仕方ないと決心し、ペンを走らせる


『僕自身にかけられた呪いを解く為に彼女が必要だ』


すると今まで順調に進んでいたやり取りがピタリと止んだ
正直に言い過ぎただろうか
ジャックが少し心配になっていると僅かに遅れて文字が浮かび上がった


『確保次第其方へ向かう』


魔女を確保するというジャックの要望は無事に通り、これで安心かなと安堵する
が、ジャックはふと違和感を覚えた

ページをよく見るとそこには『向かう』と書かれている

暫しの静寂の後、ジャックは慌ててペンを走らせた


『待ってくれ、まさか君が直接来るのか』

『勿論』

『その必要はない、わざわざ君が出向くような事じゃない』

『魔女の詳細を記しておくよう、以上だ』


ジャックに対しての返答はなく、それ以降文字が浮かび上がる事はなかった
ペンを箱に戻したジャックは大きく溜息をつき項垂れた


ジャック「まさか本人が来るだなんて…直接小言を言われるのかぁ…」


本を閉じペンの入った箱と共に棚にしまい込むジャック
その間も溜息は止まらずどうしようと1人悩みつつ、サリーが待っているであろう部屋へと戻る事となった
33/64ページ