矮小猫のおまじない





博士の指示で部屋から退出サリーはすぐ傍の壁に寄り掛かり深く溜息を吐いた
時折扉を見つめては俯いての繰り返し


ジャックがああなってしまった原因は一体なんなのか
きっと博士ならばその原因を突き止めてくれるだろう
そうすれば彼を元通りの姿に戻せるはず


サリーはそう考え黙って目の前の扉が開かれるその時を待った






それから暫くして
扉の開く音が聞こえサリーが顔をあげる
そこには車椅子に乗った博士の姿があった


博士「サリー、もう入って構わんぞ」


そのまま再び部屋の奥へ姿を消した博士の後に慌て続くように室内へと入る
台の上に大人しく座り込んだジャックの姿を見つけ駆け寄った

そこである事に気が付いた
ジャックがどこか悲し気な表情を浮かべていたのだ
その表情を見てまさかと思い博士に向き直る


サリー「博士、原因は…」


サリーの問いかけに博士は頭を開き脳みそを一掻き
暫しの沈黙の後、ようやくその口を開いた


博士「一通り検査をしてみたんじゃが…原因はワシにもわからん」
サリー「そんな…」
博士「とりあえず病気というわけではない、かといって何か薬のようなものが原因でもないじゃろう」


サリーはジャックの手を握り、俯く彼の顔を覗き込む


サリー「ジャック…」
ジャック「博士でも原因がわからないなんて…僕はどうすればいいんだ」


博士ならば原因がわかるかもしれない
そんな期待を胸に研究所に訪れたジャックだったが、それも無駄足に終わってしまった


すっかり落ち込んでしまっているジャック
そんな彼を見て博士は何とかならないだろうかと腕を組み必死に知恵を振り絞る

検査の結果によると単なる病気や薬の類ではないのは明らかだ

ジャック自身に問題があるのではないか
そう考えもしたが彼にそんな身体が幼くなるというような特異体質があるわけもない
ある日突如体質に変化が起きる事は全くあり得ないというわけではないが、可能性は限りなく0に等しい

そうなればあとは他者の手により引き起こされたのではないか
それが故意なのかは不明ではあるが他者、或いは何かが彼に接触しこのような事態を引き起こしたのでは

例えば呪いの類

博士はそう考えジャックに問いかけた


博士「ジャック、もう一度聞くが…今朝までの間に本当に何も変わった事はなかったのかね?」
ジャック「はい…これといって思いつく事は何もなくて」
博士「ふむ…例えば何か普段触れない物に触れたり、あとはそうじゃな…何かに傷をつけられたなんて事もないかね?」


博士の言葉にサリーがある事を思い出した

それはジャックが幼くなる前日、魔女が訪れていた時の事


サリー「そういえばジャック、貴方あの時…魔女さんの猫に噛まれていたわ」
ジャック「あ、そういえば」
博士「魔女の猫じゃと?」


2人は昨日の出来事を博士に思い出せる限り事細かに説明した
その説明を受け博士はもしやと考え口を開く


博士「…もしかしたら原因はその猫かもしれんな」
ジャック「猫が原因、ですか?」
博士「その魔女は放浪の身なんじゃろう?そういう輩は自分の身を守る為に従者を連れる者が多い」
サリー「つまりその従者があの猫…?」
博士「そうじゃ、そしてそのような従者は通常のものとは異なり特殊な体質のものが多いんじゃよ」


本来魔女とは単独での行動を控える傾向にある
魔法や呪術、錬金や薬学に優れるが体は普通の人間などと大差ないものが多い
そこらにいる悪魔や魔物など、何かしらに襲われその身に攻撃を受ければ最悪死に至る事もある
それ故その身を守る為に盾となる従者を連れる事が基本とされている

ハロウィンタウンに在住しているウィッチズのような一か所に留まる魔女とは違い、放浪する魔女にとっては特に必要不可欠なものといってもいい

そして魔女が好んで従者とするもの
それは主に動物だ
カラスやヘビなどといったものもあるが、その中でも特に好まれているのが猫だ

そして魔女の従者である動物は通常のものとは異なった性質を持つ
主人である魔女の魔力を糧としている為、個体毎に能力は異なる
炎などの属性魔法を扱うもの
身体強化を行えるもの
或いは他者に呪いを与えるなどといった特殊なものも存在する

博士はジャックの変化の原因はそれではないかと睨んだのだ


博士「病気でもなく薬の影響でもない、ジャック自身の体質もあり得ない…そうなればその猫が原因の可能性が高いじゃろ…たぶん呪いじゃろうな」
サリー「呪い…もしそれが本当ならどうすれば」
博士「その猫の主である魔女なら解呪の方法を心得ておるじゃろう」


博士の立てた仮説を聞きジャックは猫に噛まれた指を見つめる
確かにあの猫に噛まれた翌日にこの変化が起きた
そして魔女の事を思い出す
あの時魔女はジャックに何か異変はないか尋ねてきたのだ
あの猫が原因かもしれないと今なら素直に思えた


博士「しかしその魔女は街を出てしまったんじゃろう?まだ遠くへ行っていなければ見つけ次第連れ戻す事も容易いじゃろうが…」
サリー「探そうにも見当もつかないし…どうすればいいのかしら」


3人は考え込むがなかなかいい案が思い浮かばない
そして博士が仕方ないとある提案をジャックに持ちかける


博士「仕方ない…ジャック、この事を街の皆に知らせた方がいいじゃろう」
ジャック「そ、そんな…こんな子供になってしまっただなんて言えませんよ!」
博士「しかしこのままでは肝心の魔女を探そうにも人手が足りん、そして見つけられなければ解呪もままならんぞ?」


博士の言葉にジャックはそれ以上何も言えなかった
この身体をもとに戻すには確かに魔女の存在が重要だ
そしてその魔女を探すには人手がいる
今この状況を知っている人数だけではどうにもならない状況だった
ジャックには博士の案を受け入れるしかなかった


ジャック「そうするしかないですよね…」


ジャックは他にいい案もなく、渋々ではあるが同意した
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