矮小猫のおまじない





博士「ふぅむ…もうこんな時間か」


顕微鏡を覗き込んでいた博士はふと顔をあげ、壁掛け時計に目をやる
時刻を確認すると同時に不愉快だと言わんばかりに表情を歪めた


博士「サリーめ…あれだけ早く戻るよう言い聞かせたというのに」


自身の世話を強制し彼女から自由を奪っていた博士だったのだが、彼女は悉く博士に歯向かいイヌホオズキまで盛って脱走を図る等困った行動に走っていた
しかしそれもあのクリスマスの事件までの話
ジャックと恋仲となったサリーは何を思ったのか博士に頭を下げある頼み事をしてきたのだ

それはジャックと共にもっと多くの時間を過ごしたいといったものだった

勿論博士はその頼みをすっぱりと断った

しかしサリーはめげず、何度もしつこく博士に頼み込んだのだ
その必死な姿に博士は大いに悩んだ

博士は足が不自由だ
サリーがいなければ生活するにあたって色々と不便な事が多い


そこで二人の間である『約束』が交わされた


それは博士の言いつけを守る代わりに、サリーに相応の自由を与えるというものだった

これならば博士自身も生活をするにあたって困らずに済み、またサリーも今までのように博士に反抗することなく自由な時を味わえる


サリーが求める完全な自由とまではいかないものだったが、彼女はその内容に大いに喜びすぐさま提案を受け入れた


それからというもの、サリーは今までの反抗的な態度を改め博士の言いつけをしっかりと守った
そして博士もそんな彼女を見ているうちに今までの態度を改め、素直ではないものの優しさをもって接するようになった

それはまるで自分の娘に対するもののようだった


博士「…まぁ何か理由があるのかもしれんな」


未だに戻らないサリーに、何かあったのだろうかと内心考える
これ以上戻らないようならば此方から探しにいってやろう

世話のかかる奴だ


そう考え車椅子を扉の方へと向ける
すると突然その扉が開いた

来客かと目を凝らすとそこにはサリーの姿があった


サリー「博士、遅くなってしまってごめんなさい」
博士「サリー!一体どこにいっておったんじゃ!」
サリー「ご、ごめんなさい…実は訳があって」
博士「早く戻るよう言っておいたじゃろ!全く心配かけさせおって………ん?」


サリーに詰め寄ろうと車椅子を進ませた博士はある事に気付く
彼女の横に見慣れない子供がいる
いや、見慣れないというよりも


博士「………なんじゃ…その子供は」
サリー「えっと、それを説明しようと」
博士「まさか…………………ジャックの子か!!!」



博士のその言葉にサリーは一瞬固まってしまった
確かに外見はジャックに瓜二つ、そして子供なのだから本人という考えに至る事はないだろう
しかしまさか彼の子供という、その発想はサリー、そしてジャックも予想外だった


サリー「あの、博士?何か勘違いを」
博士「いいや間違いない…この顔、どうみてもジャックに瓜二つじゃ!」
サリー「だからそれはですね…」
博士「待て!…ジャックの子という事は…………まさか、サリー…っ」


ジャックとサリーが恋仲な事は誰もが知っている事だ
あの事件以降、2人は変わらず愛し合っている
そんなジャックに子供が出来た
ならば子供の母親は
博士のみならず誰もが同じ結論に至るだろう

母親はサリーだと



1人頭を抱え見当違いな事で叫ぶ博士とそれを何とか落ち着かせようとするサリー

そんな二人をぼんやりと眺めていたジャックは何か思いついたらしく博士の元へ歩み寄る


ジャック「あの、すみません」
博士「な、なんじゃ…っ」


ジャックは博士の前に立つと満面の笑みを浮かべ博士に言い放った


ジャック「初めまして、おじいちゃん!」


その言葉にサリーは驚きのあまり口をぽかんと開ける
そして博士はジャックを見たままの体勢ですっかり固まってしまっていた


ジャックは1人満足そうに笑顔を浮かべたまま
どうやら博士の取り乱す姿を見ているうちに、もしも自分が2人の子供だと告げたら彼はどれほど驚くだろうかと考えたのだ

しかしそれだけが理由ではない

もしも
今後二人の子供が出来たのなら彼は本当におじいちゃんという立場となるのだ

その時の為の予行練習みたいなもの

ジャックはそう考え実行に移したのだ



ジャック「おじいちゃん大丈夫?なんだか驚いてるみたいだけど」


とても子供らしい素晴らしい演技でジャックは語り掛ける
すると博士はジャックに腕を伸ばし、ジャックの身体を抱え上げた


博士「……そうか…そうじゃったか……二人の子供か…ワシがおじいちゃんか」
サリー「博士違うの…彼は」


博士は孫と信じきっている様子でジャックの顔を覗き込み、今まで聞いたことのないような優しい声色で語り掛けた


博士「本当にジャックによく似ておる…将来は立派にキングを継ぐのかもしれんな」
サリー「博士!!」


それは祖父に抱かれ喜ぶ孫というなんとも微笑ましい光景であったが、サリーの一際大きな呼び声により終わりを迎える事となった


サリー「博士誤解なんです!彼はジャックなの!」


何を言っているんだと不思議そうな表情を浮かべ自身が抱えている子供に視線を向ける
ジャックは博士と目が合うと子供らしい表情を収めジャックとしての顔に戻る


ジャック「どうも、博士!びっくりしました?」


それはまさにジャックの口調や仕草だった
博士は無言でジャックを床に下ろし、わなわなと肩を震わせる

そんな彼を見て、どうしたんだろうと思い顔を覗き込む
すると博士は弾かれたように顔をあげ、ジャックを睨みつけ



博士「この…っ馬鹿もんがぁぁぁっ!!!!」



研究所内に博士の凄まじい怒声が響いた

研究所の外にいたイゴールの耳にもその声は届き、驚いた彼は頬張ろうとしていた骨ビスケットを思わず落としてしまった
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