蠱惑の糸
爆発の中心にいたシャドーは瞬時に消滅した
その周囲は炎で焦げ、飛び散った蜘蛛の破片が凍り付き転がっていた
衝撃に吹き飛ばされたブギーは暫くして顔を上げる
あれだけいた蜘蛛達が全て吹き飛んだのを確認する
あのまま爆発に巻き込まれてしまえば自分も生きてはいなかっただろう
視線を巡らすと少し離れた所にジャックの背が見えた
自身と共に先程の爆発で吹き飛んだ彼はその場に転がったまま動かない
気を失ったままのようだった
いつまで寝てやがる、早く起きやがれ
そう心の中でジャックに文句を言うも、それは勿論彼に届くわけもない
今まともに動けるのはブギーのみ
元凶である蜘蛛女がまだ生きている以上、自分が何とかするしかない
ブギーは彼女と対峙する為に重い身を起こした
すると視界に何か白く細いものが映る
気が付くと起き上がったはずの身体は仰向けに倒れる形となっていた
何事かと自身の身体に目を向けると見えたのは蜘蛛の糸
その糸はきつく絡みつき、ブギーの身体を床に縫い付けてしまっていた
ブギーの身体に大きな影がかかる
そこには自身を見下ろすバアルの姿があった
バアル「捕まえた…もう逃げられないわよ」
大きな蜘蛛の身体がブギーに覆いかぶさる
バアルは身を屈め、ブギーの顔面を素早く平手打ちした
細い腕からは想像できぬほどの衝撃に、ブギーの視界が一瞬ぶれる
バアル「アンタ達全員、楽には殺さないわよ?…たっぷり時間をかけて痛め付けてあげるわ」
そう告げたバアルは再度ブギーの顔面を攻撃しようと手をあげる
しかしそこでふと笑い声が聞こえる
それはブギーのものだった
バアル「何がおかしいのよ…」
今から死ぬよりも辛い苦痛をたっぷりと与えてやろうというのに
何故コイツは笑っている?
一頻り笑った後、ブギーは彼女の目を見た
ブギー「生憎てめぇにいたぶられる趣味はねぇんだよなぁ…」
ブギーの上半身が僅かに床から浮く
そのまま起き上がろうとしていたのだ
絡まった糸がプツリと切れ始める
そこでバアルの胸部に鋭い痛みが走った
ゆっくりと目線を下ろすとそこには見覚えのある細い腕
それはバアルの身体を綺麗に貫いていた
その事を自覚したバアルの唇から血を思わせる液体が伝う
身体を貫いた腕がゆっくりと引き抜かれ、背後に顔を向けるとそこにはジャックの姿があった
両膝をついてその場に蹲る彼にバアルが何か告げようと唇を開くが、そこから出るのは彼女の声ではなく大量の液体
ブギーの上からよろめき離れ、すっぽりと穴の開いた胸元を両手で押さえる
私の身体
なんで穴があいているの?
痛い
痛い痛い痛い痛い痛い
押さえる両手の隙間からとめどなく流れる液体が彼女の足元に零れ落ちる
このまま私は死ぬの?
お願い助けて
死にたくないの
助けを求めるようにジャック達に腕を伸ばし
そのままバアルの身体は倒れた
ブギー「…おーい」
バアルが倒れたのを確認してジャックへ声をかける
しかしその声に彼は答えはせず蹲ったまま
身体を縫い付けた蜘蛛の糸を何とか引き剥がそうともがく
それは簡単にはいかず、どうしたものかと天を仰いだ
サリー「………ブギー…?」
そこでかろうじて聞こえた小さな声
声のする方へと顔を向けると、サリーが身を起こして此方を見つめていた
ブギー「やっとお目覚めか~?」
サリー「いったい何があったの…貴方が助けてくれたの?」
傍に付き添っていたシャドーの手を借りてふらつく身体を立ち上がらせる
そこでサリーの視界に蹲るジャックの姿が映った
サリー「ジャック…っ」
驚き慌てて駆け寄ろうとする
しかしそこでサリーの脳裏に最後に見た光景がよぎった
此方を殺そうとしたジャックの姿
彼はまだ操られているのだろうか
再び攻撃をしかけてくる?
不安がよぎり足が進まない
ブギー「そいつはもう大丈夫だぞ…蜘蛛は取っ払っちまったしな」
サリー「大丈夫、なの…?」
ブギーの言葉を聞いて未だに不安な気持ちが残る中
ゆっくりとジャックに近付き、蹲り丸まった背にそっと触れる
するとジャックの身体が微かに跳ね、丸い頭が時間をかけてあげられた
ジャック「……サリー」
弱々しくもしっかりと名を呼ぶ彼の声
それを聞いてサリーの視界が次第に滲む
涙を流しそうになりながら、たまらず彼の身体を抱きしめた
サリー「ジャック、貴方なのね…本当に貴方なのね…っ」
きつく抱きしめてくる彼女の身体に重く気怠い腕を伸ばす
触れた彼女の身体は小刻みに震えていた
ブギー「おーーーーーい……」
そこで二人はブギーの声に気付き振り返った
糸に絡まり身動きの取れない状態のブギーが必死にもがいていた
ブギー「感動の再会は後でもいいだろ…それより」
さっさとこの糸をどうにかしやがれ!!
結局ブギーの身体に纏わりついた糸はシャドーが引き剥がす事となった
自由を得たブギーは起き上がるとジャックに裂かれた肩を押さえる
サリー「その肩、縫わないといけないわね」
ブギー「だなぁ…まぁそれはここを出てからにしてくれ」
そう言いながらバアルの方に視線を向ける
倒れ込んだバアルは一切動かない
穴の開いた胸元からは大量の液体が流れ地面を濡らしていた
ブギー「蜘蛛女は死んだがあの蜘蛛共がもういないかどうかはわからねぇ、さっさと離れた方がいいだろ」
行くぞと先を急ごうとするが、そこでサリーに呼び止められる
見るとサリーがジャックに寄り添い、上手く立てない細身の体を支えていた
滅多に見れない弱り切ったその姿にブギーは大きく溜息を吐いた
しっかり歩けと言ってやりたかったが、つい先ほどまで蜘蛛に操られていた身だ
それに自身の与えたダメージも残っているはずの身体はきっと思うように動かせないのだろう
仕方ねぇな
ブギーは2人に近付き、サリーの腕からジャックの身体を半ば強引に引き離した
そしてそのまま彼を軽々と担ぎ上げる
ブギーが怪力な事もあるが相手は骨の身体
その軽い身体を抱えるのは然程難しくはなかった
担がれたジャックはブギーの背を軽く叩く
どうやら何か言いたげな様子
文句でもあるのかと掻き消えそうな声に耳を傾ける
ジャック「…僕はいいから、サリーを運べ」
その声にブギーは呆れて言葉も出なかった
脱出しようとしているこの状況の中
一番まともに動けない奴が何を言い出すのか
好きな女を心配しての発言なのはわかるのだが、時と場合を考えてものを言えとジャックの頭を軽く引っ叩いた
叩かれても反撃をしてこないという事は余程弱っているという事だ
これならば暴れるなどの余計な手間はかからないだろうが、抱えている間ずっと小言を聞かされてはたまらない
ブギー「おい、お前は歩けるよな?」
ごく自然に語り掛けながらサリーにこいつを何とかしろと目配せする
サリーはその意図を理解したのかコクリと頷いた
サリー「歩けるわ……ジャック、私は平気だから……それに私より貴方の方が弱ってるのよ?ここは彼の言う通りにして…お願い」
サリーが力なく垂れ下がったジャックの手をそっと包む
彼女に諭されジャックは渋々だが頷いた