蠱惑の糸
爆発により煙が立ち込め視界が遮られた
バアルは壁に張り付いたまま様子を眺める
2人の激しい戦いを観戦していた彼女は不安に駆られていた
ブギーの戦闘能力が彼女の予想を上回っていたからだ
最初はジャックが勝利すると確信していた
しかしブギーの強さを目の当たりにしてその確信が揺らぎ焦り始めたのだ
バアル「どうなったの……勝ったの?勝ったのよね?」
煙が次第に薄れていく
そこでバアルの目に映ったのは二つの影
「あちち…流石に全部は防ぎきれなかったな」
その声はブギーのものだった
ブギーの身体、袋は破れてはいないものの所々が焦げていた
そしてその向かいにいるのはジャック
ジャックは無言でその場に立っていた
そう、立ってはいたのだが
何やら様子がおかしい
バアルが目をこらすと彼の全身に何かが巻き付いている
それはジャック自身の影から伸びる幾つもの触手だった
動きを封じられたジャックはその拘束から逃れようともがく
しかしもがけばもがく程、絡みつく触手がその身体をきつく締め上げていく
焦げた箇所を丁寧に叩きブギーが歩み寄った
目の前に立つ彼にジャックは恐ろしい表情を浮かべ唸り声をあげた
ブギー「おーこわいこわい……まぁそう威嚇するなって」
笑いながらジャックの首に片手を回す
ブギー「本当はもっと楽しみたかったが…今のお前じゃぁそうもいかねぇな」
最初はジャックと本気で殺り合えることに悦びはした
しかしすぐにその考えを改める事となる
確かにいつも通り素早い身のこなしだったがその動きは単調なものだった
所詮操られた身
それも仕方のない事
そしてもう一つ
彼は自分の安い挑発に簡単にのったのだ
あの程度の挑発にジャックがのるなど普通はあり得ない
たとえのったとしてもあくまで『ふり』で此方の意表を突くくらいするだろう
操られたジャックは怒りの感情のみで動いていた
冷静な判断など出来るはずがない
そう
つまり今の彼はブギーの求めるジャックではない
それでは楽しめる戦いとは言えない
どうせ殺るなら互いに正気でないとつまらない
首の後ろに伸ばした手が隆起した箇所を掴む
するとジャックが激しく抵抗し始めた
強い力で触手を引きちぎり、片腕がその拘束から逃れた
それに気付いたブギーがその腕を即座に掴む
単純な力では明らかにブギーが有利だ
掴まれた腕はもう動かせなかった
すると次の瞬間
ジャックが大きく裂けた口を開く
勢いよく目の前にあるブギーの肩に食らい付いた
遠慮なしに歯を立て、その肩を食いちぎろうとする
まさか噛み付かれるとは思っていなかったブギーは流石に驚き、隆起した箇所を素早く引いた
取りついていた蜘蛛が必死に抵抗するが、その身体は首から徐々に引き剥がされていく
蜘蛛と癒着した箇所に激痛が走り、唸り声をあげたジャックの噛む力がますます強まる
歯をたてられた箇所が僅かに裂けた
ブギー「この…暴れるんじゃねぇ!!」
その怒声と共にブギーが全力で腕をふりあげた
そこでジャックの動きがピタリとやむ
ブギーの手には首に張り付いていた蜘蛛
その蜘蛛のもがく力が次第に弱まっていき、ついには微動だにしなくなった
暴れていたジャックの全身から力が抜け、ブギーに凭れ掛かる形で崩れた
ジャックを支える形のままブギーは噛まれた箇所に目を向ける
そこからは小さな虫が顔を覗かせていた
また縫ってもらわないといけない
そう思いながら顔を見せる虫をぎゅっと中へ押し込んだ
ジャックが負けた
その事にバアルは一人愕然としていた
切り札だった彼が敗れ去り、そこで自身が再び危険な状況に陥った事を知る
今あのズタ袋は傷付いている
やるなら今のうちだ
バアルは即座に自身が従えるありったけの数の蜘蛛を呼び寄せた
大量の蜘蛛の足音にブギーが気付き顔を向ける
バアルを守るかのように数多くの蜘蛛が並び、小さな体で必死に此方を威嚇していた
ブギー「まーだこんなにいやがったのかよ」
その数を確認してブギーは自然と顔を顰めた
あとは元凶である蜘蛛女をしとめるだけ
そう思っていた矢先にこの蜘蛛達だ
この蜘蛛の群れも相手にしなければならない
バアル「私はこんなところで殺られるわけにはいかないのよ…行け!食い尽くしてしまいなさい!!」
その号令に合わせ一斉に蜘蛛達が走り出した
赤、青と色鮮やかな光を纏った蜘蛛の波が押し寄せる
それと同時にシャドーがブギーの前に出た
押し寄せる蜘蛛達に真っ向から立ち向かう
飛び掛かる蜘蛛を掴み投げ、時には殴り落とし
足元から這い上がってきたものを蹴り飛ばし体重をかけて踏みつぶす
しかしシャドー1体に対し、蜘蛛の数はあまりにも多かった
シャドーの攻撃をすり抜けた蜘蛛が次々とその身体に這い上がる
徐々に体が重くなりシャドーの動きが鈍くなっていく
ついにはシャドーの姿が蜘蛛で埋め尽くされ、赤と青の光が一斉に輝く
それに気付いたブギーは支えていたジャックの身体を小脇に抱え、距離を取る為に慌てて走り出した
それと同時に凄まじい爆発音
シャドーを包み込んだ蜘蛛達が爆発したのだ
炎と氷が周囲を舞い、爆発による衝撃波が逃げるブギーの身体を吹き飛ばした