蠱惑の糸




突風が地を深く抉り、壁を大きく切り裂いた
地や壁に絡みつく蜘蛛の糸が舞い散る


ジャックの目の前にサリーは倒れ込んだ













バアル「…ちょっと、なにやってるのよ」

その声には怒りが混じっていた
声を向けられていたのはその場に立ち尽くすジャック

微動だにしない彼の近くに歩み寄り、力なく垂れ下がったその腕を掴み上げる


バアル「私は殺すように言ったのよ…?」


さぁ、さっさと殺しなさい

しかしその言葉にジャックは否定するようにゆっくりと首を振った





サリーは生きていた

ジャックの放った突風はサリーの身体には当たらず、彼女を挟むように左右を通過したのみだった
その際に周囲に巻き起こった風の勢いに耐えられず、体を叩きつけられ気を失っていた





バアル「私のいう事が聞けないのかしら?ほら、早くしなさいよ!」


命令に従わないジャックに苛立ち、彼の腕を引きサリーに近付こうとする


するとそこでバアルの腕に痛みが走る
視線を向けると自身の腕が逆に掴まれる形となっている

掴んだ相手はジャックだった


バアル「…何のつもりかしら?」


その問いかけにジャックは何も答えない
しかし彼女の腕を掴む力は次第に強くなっていく
骨の指が腕に深く食い込んでいく


バアル「っ…痛いじゃないの!!」


バアルはジャックの手を引き離そうと抵抗を見せた
しかしジャックはそれを決して離すことはなく



次の瞬間


彼女の腕を掴むジャックの手が炎に包まれ燃え上がった




バアル「きゃああああ!!!」



バアルは叫び声をあげ、自身の太く大きな蜘蛛の足でジャックの身体を加減なしに蹴り飛ばした
その衝撃にジャックの手は離れ、彼の身体は地に転がる


バアルは燃える自身の手を必死に振るい何とか火をかき消す

その綺麗な細い腕は醜く焼け爛れ、突き刺すような激しい痛みが彼女を襲う



バアル「私の腕…腕が…っ」


痛みと見るに堪えないその変わり果てた腕に声を震わせた
そして肉の焦げたにおいに彼女の美しかった顔が突如醜く変貌する
起き上がろうとしていたジャックへ素早く駆け、蜘蛛の足で容赦なく腹部を蹴りあげた

その衝撃にその身体は壁へと激しく叩きつけられる
更に倒れ込んだジャックへ駆け寄り、丸い顔を掴んで強引に上向かせる



バアル「よくも……よくもやってくれたわね!」



甲高い声で叫び、細い腕にそぐわない力でジャックの体を持ち上げる
長い足が地から離れ宙吊り状態となるが彼は一切の抵抗を見せなかった


バアル「無駄に歯向かうんじゃないわよ!素直に私に従え!!」


掴む手に力がこもりジャックの頭が軋む
ミシミシと嫌な音が聞こえる


このまま破壊してしまおうか


すると今まで抵抗を見せなかったジャックが突如激しく暴れだした




バアルがその身体を乱暴に地に投げつける
激しく叩きつけられたジャックはその場でのたうち回った

自分の首を引っ切り無しに掻き毟る
見ると取りついていた蜘蛛がジャックの首に鋭い鋏角を突き立てていた

声にならない叫びをあげ激しく暴れていたジャックの動きは暫くしてピタリと止んだ


身を丸めたまま動かなくなったジャックの身体を足で押す
その身体は力なく転がるだけだった


再び自身の支配下へとおちたジャックにバアルは舌打ちした



バアル「こんな事初めてよ…まさか私に歯向かうだなんて」


今まで多くの男を虜にし食らってきたがこんなことは初めてだった
しかし何故ジャックにだけこのような事が起きたのだろうか


そこでバアルはある存在に気付く





そうだ
これも全てあの女のせいだ


気絶したままのサリーに視線を向ける

あの女が来なければこんな面倒な事にはならなかった


女はまだ死んでいない

これ以上何か起きてしまっては困る




バアル「最初からさっさと始末しておけばよかったわ…」


可愛らしいつぎはぎだらけのお人形
こんな女が何か出来るなど考えられなかった

ガサガサと足音をたてながらサリーへと近付く

さっさと殺してしまおう

蜘蛛の足を高々と上げる




死んでしまえ




狂気の表情を浮かべサリー目掛けて足を振り下ろす

鋭い足が振り下ろした先に深々と突き刺さった
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