蠱惑の糸
千切れた手足を縫い付けたサリーはゆっくりと立ち上がり再度周囲を見渡した
蜘蛛の出現を心配していたが結局何も現れる事はなく安堵する
サリー「…急がなくちゃ」
奥へと続く通路を見据え、近付いていく
通路の奥を覗いてみるが特に何かがいるといった様子はなく、蜘蛛の足音も聞こえない
大丈夫
ここまで来れたのだから
もう少し頑張ろう
そう自分に言い聞かせ、勇気を振り絞って奥へと歩き出す
今まで来た迷路のようなものとは違い、進むべき道は一本のみ
一定の距離でその道を照らす灯火
それは道しるべのように並び、サリーを最奥へと誘う
照らされた道を進むにつれサリーの脳裏にジャックの姿が浮かぶ
きっともう少しで会える
彼との再会を思うだけでまるで疲れなどないかのように足が動いた
暫く進むと背後から何か微かな音が聞こえ振り返る
また蜘蛛なのだろうか
だがそこには何もいない
何の音だったのだろうかと不思議に思ったがそこである事に気付く
進んできた道の灯りが揺らめき、遠くから徐々に消えていく
闇が迫ってきていた
それに気付いた瞬間
自身のすぐ傍に浮いていた灯火が何も触れていないにも関わらず音をたてかき消された
灯火が消え全身が再び闇に包まれていく
この闇の中にいてはいけない気がする
サリーは嫌な予感を覚え、逃げるかのように最奥へと駆け出した
その彼女を追うかのように並ぶ灯火が次々と消えていく
駆ける最中、通路の奥に何か部屋があるのが見えた
精一杯の力を振り絞りサリーは通路を走り抜ける
走り続けていた足が絡みあい、部屋へ入ると同時に派手に地面に転んでしまった
呼吸を荒げ、ゆっくりと顔をあげるとそこは一際大きな部屋
とても広く壁や高い天井がまるで闇のように黒く染まり、乱雑に灯火が浮かんで室内を照らしている
他に続きそうな道もなくここが最奥なのだろうかと倒れ込んだままの身体をゆっくりと起こし
そこで中央に何かが倒れ込んでいるのが見えた
見覚えのある燕尾服に白い骸骨の姿
それは間違いなくジャックだった
サリー「ジャック!」
その姿を見るや否やサリーは慌てて中央部へと走りだした
倒れたジャックの傍に座り込むと必死に彼に呼びかける
サリー「ジャック!ジャックしっかりして!」
しかしその呼びかけに彼は答える事はない
サリーはその細い骨の身体を精一杯抱きしめる
サリー「ああ…やっと会えた」
ようやく出会えた愛しい人
彼に触れる事が出来てサリーは安堵する
だがそこでふと我に返った
今は再会を喜んでいる場合ではない
一刻も早くここから逃げ出さなければならない
そう考えサリーは意識のないジャックの身体を支える
骨の身体はそこまで重くはないが疲労の溜まっているサリーには少々辛かった
僅かによろけるが何とか踏みとどまり、ジャックの身体を支えながら来た道を戻ろうと歩き出した
サリー「ジャック、早くここを抜け出しましょう…」
私が貴方を守るから
そう意識のない彼に語り掛け、部屋を出ようとした
バアル「何処へいくつもり?」
何処からか女性の声が聞こえ、サリーは驚き振り返る
そこには誰の姿もない
誰の声?
そこで鋭い視線を感じて息をのみ、ゆっくりと見上げる
そこには天井に張り付く大きな黒い蜘蛛
いや、蜘蛛の身体を持つ女性の姿があった
その姿を見て悲鳴をあげジャックを連れ急いで部屋を抜け出そうとするが
通路の入り口に蜘蛛の糸が無数に放たれ塞がれてしまった
駆け寄りその糸を引き剥がそうとするが、どれだけ引っ張ってもただ伸びるだけ
サリーの力だけでは千切る事は不可能だった
バアル「貴女は誰かしら…あぁ、もしかして貴女がサリー?」
バアルが語りかけながら天井から飛び降りてくる
目の前に降りて来たバアルに思わず息をのむ
上半身は見目麗しい女性、しかし下半身は蜘蛛の身体がついていてそれぞれの足は鋭い突起があり大きい
何か攻撃を仕掛けてくるわけではなくただサリーを眺め笑みをこぼす
サリー「あなたは…」
バアル「私はバアル。ふぅん……貴女がねぇ」
名を告げるとサリーをまじまじと眺める
バアル「確かに可愛らしいお人形ねぇ」
一歩ずつゆっくりと歩み寄ってくるバアルにサリーはジャックの身体を守るよう抱きしめる
サリー「近付かないで!」
バアル「あら、そんなに怖がらなくてもいいじゃない…別に貴女を食べちゃおうだなんて思ってないわよ」
失礼しちゃうわ、と笑う彼女の背後から数匹の蜘蛛がカサカサと歩み出てきた
その蜘蛛の姿を見てサリーの身体が思わず強張る
バアル「私が欲しいのは彼だけだもの…だから、返してくれないかしら」
バアルの指差すのは抱きしめていたジャック
サリーは勿論その提案を飲むわけもなく、彼女を睨みつけた
サリー「嫌よ!彼は渡さないわ…彼は私と一緒にハロウィンタウンへ帰るの!」
バアル「あらそう……でも、本人は果たしてあの街へ帰りたがるかしらね?」
その言葉と共に抱きしめていたジャックが動いたのを感じた
視線を向けると彼が目を開いてサリーを見つめていた
サリー「ジャック!気が付いたのね…っ」
しかしそこで彼の様子がおかしい事に気付く
それはまるでスパイラルヒルで見たあの時と同じ
無表情で大きな眼窩がただ此方に向けられただけ
バアル「ジャック、こっちへいらっしゃい」
バアルの言葉に反応しジャックはサリーを突き飛ばした
突然の行動にサリーはそのまま倒れ込み、ジャックはそれに構うことなくバアルの傍に歩み寄る
バアル「いい子…貴方は私と共にいたいのよね?」
その問いかけに答えるようジャックは彼女の身体を優しく抱きしめた
サリー「ジャック…やめて!彼に何をしたの!」
バアル「いやねぇ…彼が貴女やあの街より私を選んだだけよ?私は何もしていないわ」
勿論その言葉を信じる事はなかった
嘘だ
ジャックがハロウィンタウンや街の皆を捨てるなど絶対にあり得ない
それに
彼は私を愛していると言ってくれた
この女
バアルの言葉なんて信じられるわけない
サリー「そんな事ありえないわ…彼を返して!」
尚も食い下がるサリーにバアルは徐々に苛立ち始めていた
ちょっと怖がらせれば逃げ帰るかと思ったが、なかなかに諦めが悪い
もういっその事この場で蜘蛛の餌にでもしてしまおうか
いや
もっと面白い事を思いついた
バアルは自身を抱きしめるジャックの身体を離し、彼の耳元で何かを囁く
それに彼はコクリと頷き、サリーへと向き直った
バアル「そうねぇ……そんなに彼を返してほしいのなら貴女が何とかしてみたら?まぁ…」
その前に殺されなければいいけれど
その言葉と共にジャックがサリーへと歩み寄る
サリー「ジャック…いや…お願いだから、目を覚まして」
無表情で歩み寄ってくるジャック
サリーはそんな彼から逃げるようにじりじりと後退していく
次第に追い詰められ背が何かにぶつかる
振り返るとそこは壁だった
追い込まれた
自身に影が落ち、目の前にジャックが立っている
サリー「…お願い」
涙交じりに声を震わせる彼女に骨の拳が振るわれた