蠱惑の糸




何処までも同じ景色を見ながら森をひたすら進み続ける
夕陽は沈んでしまい、代わりに夜空に浮かぶ月が枝の隙間から顔を覗かせていた


ブギー「いねぇな…」
サリー「怪しい物も特にないみたい…」


4人で必死に目をこらし見落としの無いよう警戒していたが、何の成果も得られない
諦めかけていたその時、一体のシャドーが急に駆け出した
それに気付きやっと何か見つけたのだろうかと考え見失わないよう追いかける

木々が並ぶ道を走り、駆け抜けたその先は大きな広場

周囲の木々は根元から倒れ、至る所に丸い物体が転がっている
それはとても大きな繭だった
真っ白な蜘蛛の糸で紡がれたその物体は小さく揺れ動いている
それぞれの繭の中にカサカサと蠢く黒い影
何匹もの蜘蛛の姿だった


いくつもの繭から出来るだけ距離を取りながら静かに足をすすめる
広場の最奥が見えたところで皆が立ち止まった

見えたのは一際太く大きな木の根元を覆う白い塊
周囲のどの物体とも違う、数倍はあろうかという巨大な繭だった

その塊の中央には人が通れる程度の穴がぽっかりと開いている
穴の中は真っ暗で何も見えず、その先に道が続いてるらしい事だけはわかった


ブギー「こりゃぁ当たりだな」
サリー「もしかして、あそこにジャックが…?」


あの穴の奥にジャックがいる
そう思うと無意識に体が動き出し、サリーはその穴へと走り出す

が、そこで肩を強く掴まれその足は止まってしまう
振り返るとそこには此方を睨みつけるブギーの姿


ブギー「なーに勝手に行こうとしてやがるんだぁ?」
サリー「だってあそこにジャックが…早く助けないと!」
ブギー「わかったから落ち着け。お前が先にいったところで中で襲われたらどうすんだ、なんとか出来るってのか?」


確かに1人でいるところを襲われたら無事でいられる保証はない
ブギーの言葉があまりにも正論すぎて反論など出来るはずがなかった

俺が先に行くから後ろからついてこい

サリーの身体を押しのけ穴の中に潜ろうと身を屈める



そこでブギーは動きを止めた
屈めていた体を起こし、周囲に視線を向ける
シャドー達も僅かに遅れて何かを察知したのか警戒するように身構えた

サリー「…どうしたの?」
ブギー「………何か音がしたな」


彼の言う音
サリーには聞こえなかったようでブギーと同じく周囲を見てみる
しかし見えるのはこの森に入ってから嫌という程見かけている木々

すると少し離れた木の根元から一匹の蜘蛛が顔を覗かせた
ギョロギョロといくつもの蜘蛛の目がブギー達を凝視している

サリー「あそこ、蜘蛛が…」

サリーの指差す方向を見ると顔を覗かせた蜘蛛がカサカサと歩み出てくる
それに続くように他の木の根元からも蜘蛛が顔を覗かせる


ブギー「おい、まさかとは思うが…」


ブギーの嫌な予感は的中してしまった

周囲の木から次々と蜘蛛が顔を出す
白い繭が大きく揺れパリパリと表面が音を立て引き裂かれた
内部で蠢いていた蜘蛛達が次々に這い出てきて地面を這いまわる
頭上から音が聞こえ見上げると枝に糸を絡ませブギー達を見下ろす多くの蜘蛛

どの方向を見ても蜘蛛の姿が視界に映る

ブギー達はいつの間にか大量の蜘蛛達に囲まれてしまっていた


サリー「か、囲まれてるわ…」


ブギー達はにじり寄る蜘蛛達から出来るだけ距離を取るように後退る
ブギーは迫りくる蜘蛛達を睨みつけどうするべきか悩む
このまま蜘蛛達と戦う事も考えた
しかし自分やシャドーは良くてもサリーが問題だ

シャドーに守らせてもいいとも思ったが相手の数は多すぎる
戦いの手数は出来るだけ減らしたくはない


それならばとサリーに小声で話しかける

大きな賭けかもしれないが仕方ない


ブギー「おい、今から俺達がこいつらの相手をしてやるからお前は穴に飛び込め」
サリー「で、でも…」
ブギー「穴の中が安全かなんてわからねぇがここにお前がいても意味がねぇ…俺達が攻撃し始めたら飛び込め」

話を聞いてサリーは背後の穴に視線を向ける
暗く中はどうなっているのかわからない

もしも中にも蜘蛛がいたら

そうなれば無事ではすまない
しかしこの場にいても自分には戦う事は出来ず、足手まといだ

サリーは暫し考え、決心したのかコクリと頷く


ブギー「中でもし蜘蛛と会ったら自分で何とかしろよ?そこまでへ面倒見切れねぇ」
サリー「…頑張ってみるわ」


サリーが穴に近づくとブギー達が彼女の前に立ち蜘蛛達と対峙する

すると一匹の蜘蛛が鋏角を大きく開く
それが合図かのように周囲の蜘蛛達が一斉に動きを見せた

地を這っていた蜘蛛達が素早くブギー達に迫り、枝からぶら下がっていた蜘蛛達は上空から飛び掛かる


ブギー「お前ら好きなだけ暴れて良いぞ!手加減なしでぶっ潰せ!」

ブギーの号令でシャドー達が蜘蛛目掛けて走り出す
飛び掛かる蜘蛛を腕で薙ぎ払い、上空から飛び掛かる蜘蛛を殴り落とす
跳ねのけられた蜘蛛達は再度体勢を立て直すが走るシャドー達に踏みつぶされ体液を散らした


ブギー「おい!さっさと行きやがれ!」

シャドーに続いて迫る蜘蛛に立ち向かう直前、サリーの背中を手加減なく突き飛ばした

突き飛ばされたその身体は穴の中に転がり込み、サリーの身体は先の見えない暗闇の中に消えた












サリー「きゃああああ!」

穴の中に転がり込む形となったサリーの身体は重力に逆らう事無く落下していった
どうやらこの穴は地下深くまで続いているらしく落ちる最中、どこかつかまる場所がないか必死に腕を伸ばす

深く伸びる竪穴は蜘蛛の糸が張り巡らされてるだけで、突起物などが一切ない
サリーの手は何もない空間を掴む事しか出来ず、下を見るとそこには地面が見えた

叩きつけられる

衝撃を受けるのを覚悟し目を強く閉じた




身体が叩きつけられる感触
しかし痛みなどは一切感じる事はなく、叩きつけられたはずの身体はまるでトランポリンのように数度跳ねただけ
恐る恐る目を開くと地面は白い繊維のようなものが見えた
どうやら蜘蛛の糸が張り巡らされているようで、そのおかげで衝撃が和らいだのだ

身体を起こしながら上空を見上げる
かなり深く落ちたようで入り口となった穴は見えない

ブギー達は大丈夫かしら

ブギーは確かに強い
しかしあの大量の蜘蛛達が相手なのだ
心配になるのも無理はなかった
しかしいくら心配しようとももう戻る事は出来ない


サリー「行くしかないのよね…」


彼らの事は心配だがここまで来たならば進まなければ
ジャックを見つけなければならない

サリーは周囲を警戒しながらなるべく音を立てないよう暗い穴の中を慎重に進みだした
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