蠱惑の糸
ジャック「…あれ…ブギー?」
耳に届いたその小さな声に寸でのところで拳が止まった
ブギー「…おい、今なんて言った?」
ジャックの言葉を再度確認するために問いかけてみる
するとジャックの表情は先ほどまでとは一変しいつもの感情のこもったもので、不思議そうにブギーを見つめ返した
ジャック「なんで君がここにいるんだ?というか、あれ?…僕、何でここにいるんだろう」
おかしいなぁ、と首を傾げる
それを見てブギーの戦意は一気にそがれてしまい、静かに拳を下ろした
そして流れるような仕草で未だに気の抜けた表情で首を傾げるジャックの丸い頭を強めに叩いた
ベチンとなかなかにいい音がした
ジャック「いた!何するんだ!」
ブギー「うるせぇ!お前のせいで面倒な事になってんだ!一発叩かれただけで済んでよかったとでも思いやがれ!」
ジャック「意味がわからないんだけど!?」
2人のやり取りを見つめていたサリーはそのいつもの光景に安堵し、それと同時に力が抜けてしまいその場に座り込んでしまう
ジャックが頭を擦りながら座りこんだサリーに気付き慌てて駆け寄る
片膝をついて心配そうにサリーの様子を伺うよう覗き込んできた
ジャック「サリー、どうしたんだい?どこか怪我でもしてるんじゃ」
いつものように表情豊かなジャックを見てサリーはようやく笑顔を浮かべる
差し伸べられた骨の手に自らの手を重ね、体を引き上げられる
サリー「いえ、怪我はしてないわ……貴方が無事だった事がわかって、気が抜けちゃったみたい」
恥ずかしそうに呟くサリーを見て不思議そうに首を傾げる
ジャック「僕が無事ってどういう事だい?」
サリー「だって…貴方の行方がわからないって聞いたから、何か悪い事が起きたんじゃないかと」
ジャックは彼女の手を優しく握り
僕は大丈夫だよと言いながらいつものように柔らかい表情を見せた
ブギー「おーい…お前ら俺の事忘れてねぇかー?」
その声に2人はようやくブギーがその場にいる事を思い出す
すっかり二人の世界に入り込んでしまっていた事に互いを見て照れ臭そうに笑い合った
ジャック「えーっと、そうだ!何で僕はこんな所にいたのか聞きたいんだけど」
ブギー「それはこっちが聞きてぇんだがな」
ジャック「………あー…駄目だ、思い出せない」
腕を組みどうにか思い出そうと悩むものの、何も覚えておらず
悩み続けるジャックの身体をブギーがまじまじと眺める
服を身にまとっている為、隆起しているのかどうかはいまいちわからない
ブギー「よし、念のため調べるからじっとしてやがれ」
ジャック「調べるってなんで」
ブギー「さっきのお前を見れば疑いたくもなる…俺を襲ったウェアウルフとよーく似てたぜ?」
調べるから動くなよ
そう言ってジャックの腕を掴む
すると即座にその腕は乱暴に振り払われた
細身の身体ではあるがジャックもそれなりに力はある
ブギーの手を振り解く事も決して難しいわけではない
ブギー「おい…動くなって言っただろうが」
ジャック「僕は取り憑かれてなんかいない。だから調べる必要なんてない」
後ろに数歩下がりブギーを睨みつける
そんなジャックに苛立ち、さらに詰め寄る
ブギー「なんで取り憑かれてないと思うんだ?」
ジャック「今こうやって君に対して受け答えできているし意識だってはっきりしている。僕は大丈夫だ」
互いに睨み合いその場の空気が重くなる
どうするべきかとブギーが考えを巡らせていると、ジャックの手をサリーがそっと掴んだ
サリー「ジャック、今回はブギーの言う通りにして。お願い」
ジャック「サリー…君まで何を言い出すんだい?僕は僕、君の知っているジャック・スケリントンだよ」
サリーの手は振り払われる事はなかったが、彼女を見るジャックの顔はどこか悲し気だった
愛する女性にも信じてもらえないだなんて
なんで僕のいう事を信じてくれないんだ
僕は僕だ
それ以外の何者でもない
ハロウィンタウンの支配者
カボチャの王
あんな蜘蛛に操られてなんかいない
サリー「貴方を信じたいわ…でも、今回はブギーのいう事が最もだと思うの。もしも何かあったら大変なの、お願い…すぐに終わるわ」
サリーの必死の懇願にジャックは何かを言いたげではあったがそれ以上反論はしなかった
悩んだ挙句、ようやく結論を出す
ジャック「………わかったよ」
ジャックの結論にサリーは安心した様子でありがとうとお礼を口にするとブギーを見る
それと同時にブギーが歩み寄り、ジャックの細身の身体に腕を伸ばした
服の上から胸元、肩、背中、腕や足と慎重に探る
隆起は見つけられなかった
ブギー「…とりあえず問題なさそうだな」
サリー「よかった…」
その答えにジャック本人もほっと胸を撫でおろす
蜘蛛は取り憑いていない
その結果に2人は安堵し喜びの言葉を交わしていた
しかしブギーは更に頭を悩ませる
それならばジャックの異変は何が原因なのだろうか
あの時のジャックの様子は明らかに異様だった
ブギーは腕を組み、ジャックに問いかける
ブギー「ところでジャック。お前…バレルに何したか覚えてるか?」
ジャック「バレル……あ」
バレルの名を聞いて表情が強張る
自分がしでかした事を思い出して緊張が走る
彼はどうなったのだろうか
ブギー「それは覚えてるんだな…何であんな事したのか訳を聞かせてもらうぜ?」
ジャック「………よく、わからないんだ」
それは正に言葉の通りだった
ジャック本人も気付けばバレルに酷い事をしていたのは理解してはいるものの、何故そんな事をしたのかまでは全くわからなかった
無意識に体が動いていたのだ
その答えにブギーが満足するわけもなく、更に詰め寄る
ブギー「よくわからねぇだと?」
ジャックは無言でただ頷くのみだった
なんて事をしたのだろうと悲観の表情を浮かべる
ジャック「本当にわからないんだ…気付いたら体が勝手に動いていて」
僕はどうしてしまったんだろうか
蜘蛛には取り憑かれていない
ならば何故?
考えれば考えるほど謎が深まるばかり
もうわけがわからないと両手で顔を覆ってしまう
サリー「ブギーやめて!ジャックが混乱してるわ…まずは一度ハロウィンタウンへ戻りましょう」
そんなジャックを庇うようにサリーが2人の間に割って入った
ブギーは目の前に立ちはだかる彼女を睨みつけた
ブギー「邪魔するんじゃねぇ!話はまだ終わってねぇだろうが!」
サリー「話は戻ってからでも遅くはないわ!」
目の前にいるはずの2人の言い合う声が酷く遠くに聞こえる
声が段々と遠ざかっていき、ジャックは静寂に包まれた
顔を覆う手を放すと目の前に見えるのはサリーやブギーの姿ではなくどこか見覚えのある空間
上は夜空、下は張り巡らされた蜘蛛の巣
それは以前見た夢の中の世界だった
そして聞こえてくる声
こっちへおいで
ジャックは何もいう事はなく
ただその声に答えるかのように頷いた