蠱惑の糸




何か聞こえる

何だろう…聞き覚えのあるような





ゆっくりと目を開くと目の前には此方を覗き込み吠えるゼロの姿だった



ジャック「ゼロ?」

数度瞬きしゼロの姿をしっかり確認し
続いて見慣れた家の天井が目に映る


上体を起こすとそこは間違いなく自分の部屋
そしてベッドの上

どうやら着替えすらしていなかったようで燕尾服を纏ったままだった


ジャック「…僕、いつの間にか寝ちゃってたんだ」

そう言いながら同時に違和感を感じる

昨夜の事を思い出してみるが
何故だろうか

記憶が飛んでいる気がする



覚えているのは書類をまとめた後に机に突っ伏して寝てしまっていた事
それから食事をとろうとしていた事


そこから先の事を何も思い出せない



それに




ジャック「……何か、嫌な夢を見た気がするんだけど」


頭を押さえ必死に思い出そうとするも、その記憶が呼び起こされることはなかった




そんなジャックに心配そうに鳴きながらゼロが擦り寄る

ジャック「ああ、ごめんよゼロ…僕は大丈夫だから」

とにかく服を着替えてしまおう
ベッドから降り身に着けている服を徐に脱ぎ始めた






クローゼットから新しい服を取り出し袖を通す

姿鏡を見ながら丁寧に服装を整え、そこでふと自身の姿を見つめた


疲れているのだろうか
少しやつれたような印象を受けた


骸骨なんだしやつれるなんてあり得ないだろう

自分にそう言い聞かせる





そんな事を考えていると呼び鈴の音が耳に届いた




町長「ジャック!起きてますかーっ?」

出迎えるとそこにはメイヤーが立っていた


ジャック「おはようございます」

挨拶を交わしたがメイヤーから返事はない
どうしたのかと不思議に思っていると町長の顔が悲観的な物へとクルリと変わった

町長「ジャック…昨日はちゃんと寝ましたか?」
ジャック「?ええ、寝ましたけど」
町長「ううむ…もしかして具合でも悪いんですか?」

鏡を見て自分でも思ってはいたが、他人の目にもそう映るのか
やはりここ最近色々な事があったから疲れているんだ
昨日の事を覚えていないのもそのせいだろう




ジャック「少し疲れがたまっているみたいで…」
町長「そうですか?…なら今日ははやく休んだ方がいいですね!」
ジャック「ところで町長、何か用があったんじゃないんですか?」

ジャックに言われ本来の目的を思い出したのか、再度顔をクルリと入れ替える

町長「あ、そうなんです!実はブギーの…」

町長の話を聞きながらジャックは瞬きを一つ










そして目を開くと

そこはブギーの家だった



ジャック「………え」


驚きのあまりそれしか声が出せなかった


何故

自分はここにいるのか




自分は今、メイヤーと話をしていたはず

そう
確かに彼と会話をしていたのだ








服を着替え
鏡を見て
呼び鈴が鳴り
メイヤーを迎え





そのあと自分は何をしていた?
彼と何を話した?



ジャック「何も思い出せない…」


何故思い出せない?


今までこんな事はなかった

これはもう疲れなどのせいではない





自分はおかしくなってしまったのか



考えれば考えるほど混乱してしまう







ロック「あれ?ジャックだ」

その声に振り返るとそこには小鬼達が立っている
ここはブギーの家なのだから彼らがいるのは当たり前の事だった

ジャック「やぁ…」
バレル「こんな時間にどうしたの?」

バレルの言葉にそういえばと考える

今、何時なんだろう


ジャック「…えっと、今何時だっけ」
ショック「もうお昼よ?あたし達ご飯に使う材料の買い出しにいってたのよ」


昼…?

それを聞いてジャックは言葉を失う

メイヤーと会ったのは朝だった
それから数時間の間の自分の行動が何一つわからない


ジャック「…本当にもう昼なんだね?」
ロック「間違いなく昼だよ!それがどうかした?」

すぐに嘘をつくこの小鬼達

今の言葉も嘘で

僕を騙そうとしている?




ジャックは震える腕を素早く伸ばすとバレルを乱暴に抱え上げた


力がこもっていたのか、痛い!という声が聞こえるがそれに構う余裕は残っていなかった


ジャック「昼?また嘘をついているんじゃないのか?…どうなんだバレル」
バレル「う、嘘じゃない…ジャック痛い!」

痛みから逃れようともがく
そのバレルを助けようと二人が慌ててジャックの足に駆け寄る

ショック「ち、ちょっと…何やってるのよ!」
ロック「バレルが痛がってるじゃないか!」



ジャック「もう一度聞く…本当なのか?………バレル、答えろ!!」




その表情は言葉に出来ないほど恐ろしく
滅多に聞く事のない怒りを露にした声に3人は恐怖のあまり震えあがる

それと同時に更に手に力がこもり、バレルが苦し気な声を漏らした


ロック「本当だって!確かに昼なんだよ!!」


震えながら必死に答えるロックを見下ろす

彼らは真実を言っているようだが…


ショック「バレルが死んじゃうじゃない!はなしてよっ!」

ショックの言葉に視線をあげ抱え上げたバレルを見る

痛みからもがいていた体は全く動かずぐったりとしていた

そこでジャックはようやく自分の行動を理解した
それに動揺しバレルの身体から慌てて手を離す
その身体は乱暴に地面に落とされた


解放されたバレルは何度も咳き込み、ロック達が駆け寄り心配そうにその背を撫で声をかける


大人顔負けな行動をとる小鬼とはいえ子供だ


そんな子供に酷い思いをさせた

そんな事するつもりはなかったのに

無意識に体が動いていた



その事実にジャックは居た堪れなくなり、その場から逃げるように走り出した

後ろからジャックを呼ぶ声が聞こえたが、振り返る事はなかった



無我夢中で走る最中
すれ違った人物にすら気付かないほどジャックは何も考えられなかった


ブギー「あいつ、何慌ててんだ…?」

それはブギーだった
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