蠱惑の糸
ゆっくりと目を開いたジャックはその場に立ち尽くしていた
そこは不思議な空間だった
頭上には見慣れた夜空が広がり小さな星が輝いているが
足元には細い糸がいくつも張り巡らされている
よく見るとそれは蜘蛛の巣だった
そして左右にはどこまでも闇が続いている
ジャック「ここは、何処だろう…」
その不思議な空間の中をゆっくりと歩き始める
一歩踏み出す度に足元の蜘蛛の巣が微かに揺れる
落ちやしないかと考えたが見た目とは裏腹にその細い糸は切れる事はなかった
どこまでも続く変わらない光景
暫く進むと前方に何かの塊が見える
白く大きな塊
確認する為に近づくと、それは蜘蛛の糸で出来た大きな繭だった
僅かな糸の隙間から中に何かがあるのが見える
何が入ってるんだろう
腕を出しその繭に指先を添える
すると触れた部分に亀裂が入り
上半分がゆっくりと裂けていく
ジャック「…女性?」
そこにあった何かは
人間の女性
その女性は上半身しか見えなかったが衣服を纏っていなかった
黒く長い髪と美しく整った顔
まるで死んでいるようだと思ったが、眠りについているようだった
何故こんなところに女性がいるんだろう
この空間といい
夢でも見ているのだろうか
そう思っていると女性の目がゆっくりと開き視線が合う
その目は血を思わせるような真っ赤な色
なんて美しい瞳だろう
ジャックはその目に心を奪われた
『貴方はジャック?』
女性の唇が言葉の通りに形を変える
その声は脳内に直接語り掛けてくるように響いた
ジャック「そうだけど…君は誰なんだい?なんでこんな所に」
『私…とても貴方に会いたかったの』
ジャックの問いに対し、答えにならない言葉
ジャック「君は僕を知っているのかい?」
そう問いかけると女性が手を伸ばす
なんだろうと少し距離を詰めると細くしなやかな指がジャックの腕を掴んだ
その手はとても冷たく
触れた部分が凍り付くかのようだった
『もっと傍に来て』
これ以上近づくのは危険だと無意識に感じる
離れた方がいい
そう思っていたはずなのに足が勝手に動き出す
ジャックの意志とは逆に更に女性へ近付き
それと同時に女性に抱き着かれた
人間とはいえ相手は裸体の女性
その事にジャックは思わず動揺してしまう
ジャック「あ、あの…ちょっと…っ」
すると女性は一瞬妖艶な笑みを浮かべた
離してほしい
そう告げようとして、ふと女性を見下ろす
繭に隠れた下半身が視界に入る
女性の肩から胸元
腰へと続き
そしてその先に見えたのは女性の足
のはずだったが
見えたのは 黒い蜘蛛の身体
それを視認した瞬間
繭の中に隠れていた蜘蛛の足が素早く飛び出し
ジャックの身体を包み込む
その足から逃れようともがくが足は更に力を増しジャックの身体を締め付ける
その締め付けに骨が軋み
息が出来ない
苦し気な声を漏らすと女性がジャックに顔を近づけ何かを囁く
『これでもう…貴方は私のものよ』