蠱惑の糸



夕刻を迎え、街が赤に染まる頃

研究所の入り口から出てくるジャックとサリーの姿があった

ジャック「もうこんな時間か」
サリー「夕食は本当によかったの?」
ジャック「うん、今日は家で済ませるよ」

あの後、夕方という事もありサリーが夕食の招待をしたのだがジャックはそれを断っていた

この二日間、様々な問題もあり仕事をため込んでしまっていたからだ
こんな事態の最中ではあるが今はブギーの放った虫の偵察を待つしかない為、少しでも済ませておこうという考えだった

サリー「そう…」

少し残念そうな表情を浮かべる彼女に少し申し訳なく思い、その額にそっと口付ける

ジャック「今度一緒に食事しに行こうか。とても素敵な店を知ってるんだけど…どうかな?」

そう告げるジャックを見上げ、サリーは笑顔を咲かせ頷いた




その後サリーと別れを告げたジャックはゆっくりとした足取りで家へと向かっていた

通りかかった広場でふと足を止める
夕日に染まったその広場には自分以外の姿は無い

1人きりの空間に寂しさを覚え、早く帰ろうと足を動かした










帰宅しゆっくりと階段を上がる
するとワン、と犬の鳴き声がした
それと同時にふわりと飛んできたのは愛犬のゼロ
主人の帰宅に嬉しそうに周囲をぐるぐると舞う

ジャック「やぁゼロ、ただいま」

出迎えてくれたゼロに答えると、そのまま机へと向かう

そこには二日間手付かずだった書類の数々

これを今から片付けるのかと思うと自然とため息が出てしまう


それを見て心配なのかゼロがジャックの足に擦り寄る

ジャック「ありがとうゼロ、早く片付けて一緒に遊ぼうか」

遊ぼうの言葉に即座に反応しその場で一回転しワン!と一鳴き
その愛犬の可愛らしさに何とかやる気を出し、ジャックは椅子に腰かける
いくつも重ねられた大量の書類の一枚を取り、目を通し始める

仕事を始めた主人の姿を見て、終わるのを待つためにゼロは自分のベッドの中におりて身を丸めた






どれくらい時間が過ぎただろうが
窓から見える景色は闇に包まれていた

ジャックの部屋の中からは紙やペン、そして時折印を押す音のみが聞こえる

ゼロはすっかり熟睡してしまっているようで可愛らしい寝息をたてている
ジャックが向かっている机の上に積まれていた書類も残り僅かとなっていた



最後の一枚を手に取り目を通す
内容をしっかりと読みながら、手に持ったペンを無意識にクルクルと回す

内容を把握し書類の下部に印を押し

仕事が終わりを迎えた事に安堵し、背もたれに深く寄り掛かる

ジャック「やっと終わった…」

そう言いながらふと外を眺める
窓から見える真っ暗な空に、ようやくかなりの時間が経過していた事に気付く

ジャック「もうこんな時間!?…あ、ゼロ」

遊ぶ約束をしていた事を思い出しゼロのベッドを見るが、そこには熟睡した愛犬の姿

わざわざ起こすのは悪いかな…

そう考えながら両腕を上にあげ伸びをする
ずっと同じ体勢だった為か骨が音をたてた

ジャック「疲れた…お腹もすいたし」

そう言いながら机に突っ伏してしまう

空腹から腹の音が鳴ったのに気付き、食事を作らないといけないと考える

突っ伏した状態のまま、さてどうしようかと悩む


ジャック「やっぱりサリーの誘いを受けておけばよかったかな…」

サリーは裁縫だけではなく料理の腕も素晴らしい
どんなに食欲がない時でも彼女の作ってくれた料理なら簡単に腹に収まってしまう

更に自分の好みを理解してくれているので好物ばかりが出てくるのだ


ああ、駄目だ
想像したらますますお腹が空いてきた
だが同時に疲れもありどうにも動くことが面倒だ


そのまま目を閉じどうしようかと考え込む






が、暫くして寝息が聞こえ始める



どうやら空腹より疲れの方が勝ってしまったらしい












静まり返った室内には完全に寝入ってしまったジャックとゼロ



そこに何か小さな影が一つ


天井から一本の糸を垂らし
ぶら下がる影は8本の足をカサカサと揺らし

丸いいくつもの目で眠るジャックを見下ろした

































ジャックの身体がびくりと跳ね、それと同時に飛び起きる

椅子に座ったまま暫しの静寂の後、辺りを見渡す
そこは見慣れた自分の部屋
特に変わった様子はなく、犬用のベッドには変わらず気持ちよさそうに寝息を立てるゼロ


あのまま寝てしまっていたのか


背もたれに凭れ掛かり、深く呼吸すると同時に顔を手で覆う


ジャック「…嫌な夢をみた気がする」


自分を見つめる蜘蛛の夢
ふと天井を眺めるがそこに蜘蛛の姿は無い


ジャック「…お腹空いたし…何か食べて今日はもう寝ようかな」

眠気からくる欠伸を漏らし、食事をとるために立ち上がる

ジャック「もう適当にあるものでいいよね…」

自分の料理下手はちゃんと理解している
作った所でまたとんでもないものが出来るだろう

今度サリーに料理を教わってみようかな

そう考えながら買い込んである食糧を眺める




屈んでいると首に違和感を感じた

変な体勢で寝ていたから痛めたのだろうか
首筋に手を伸ばしそっと撫でる





その指先で細い首を軽く引っ掻いた
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