蠱惑の糸
それから暫くして、ブギーは床に座り込んでいた
そのブギーの横に同じくサリーが座り込み、糸と針を持つ手を動かす
裂け目から這い出ようとする虫を指で押さえ、器用に針を通していく
サリー「二人が一緒に私の所に来るだなんて驚いたわ」
ジャック「裁縫といえばサリーだからね」
窓枠に両手をつき、街の様子を眺めながらジャックが笑う
サリー「でも、どうして腕が裂けたの?まさかまた蜘蛛が…」
ブギー「俺が自分でやったんだ」
腕を縫われながら終わるまで大人しくしているブギーが呟く
それを聞いて針を持つ手がピタリと止まる
サリー「自分で?なんでそんな事…」
ブギー「虫を偵察に向かわせた」
サリーはますますわからないといった表情を見せる
なぜ虫の偵察が必要なのか
事情を知らない彼女には勿論わからない事だった
ジャック「ちょっと事情があってね…」
それだけ言うとジャックはそれ以上口を開かなかった
語ろうとしない彼に問いかけようとしたが、開きかけた口をそっと閉じる
彼の事は自分なりに理解している
語ろうとしないのは自身に心配をかけまいとしているからだ
ブギーの腕に向き直り、針を指先に通すとしっかりと縫い留める
最後に糸を切りその腕から手を離す
サリー「はい、お終いよ」
それを聞いてブギーは腕を軽く上げ眺める
綺麗に繕われたその腕に、流石に裁縫が得意なだけはあると素直に感心した
ブギー「ありがとよ」
腕を軽く回し満足そうな笑みをみせる
それに気付き外を眺めていたジャックが向き直り
使用した裁縫道具を箱にしまい込むサリーに目を向けた
その箱を抱え、もとあった場所へと戻しに向かう
それを見届けブギーが口を開く
ブギー「事情知らせなくていいのか?」
ジャック「知らせる必要はないよ…あまり心配かけたくないし」
ブギー「それはお前…無理な話だろ」
それにはジャック本人も同意していた
結局のところどちらにしろ彼女には心配をかけてしまうだろう
ブギー「まぁ好きな女を心配させたくないってのはわかるがなぁ」
ジャック「へぇ…君でもそんな女性がいたの?」
ブギー「まぁな」
そんな女いるか!といった回答を待っていたジャックだったが予想外なその言葉に驚く
ブギーとはなんだかんだ長い付き合いだが、好きな女性がいたという話は初耳だった
ジャック「え…えっ!?」
ブギー「動揺しすぎだろ」
ジャック「いや、だって…初めて聞いたんだけど!」
ブギー「そりゃ話してないからな」
するとジャックは彼の両肩に手を置き
ジャック「詳しく聞きたいなぁ」
素晴らしい笑顔でブギーを見上げた
ブギー「無理」
ジャック「無理じゃないだろ?ここまで話しておいてお預けはないんじゃないか?」
ブギー「絶対無理」
ジャック「僕と君の仲じゃないか…ね?」
余計な事を言うんじゃなかった
後悔するも既に手遅れで、肩を掴む細い骨の指が食い込む
サリー「二人ともお待たせ、飲み物を持ってきたんだけど………どうしたの?」
3人分の飲み物を持ち戻ったサリーはその場に立ち尽くす
それに気付いたジャックが扉の方を見た瞬間、肩を掴む力が緩む
ジャック「聞いてくれサリー!ブギーにまさかのs「なんでもねぇ!気にするな!!」んむーっ!」
ジャックの口を慌てて塞ぐ
塞がれても尚、何か言っているようだが意味はよくわからない
当てられた手を押しのけようと腕を押し返すが力の差もありそれは叶わなかった
そんな二人を不思議そうに見ながら持っていた飲み物をテーブルの上へ並べる
サリー「ブギー、放してあげたら?」
サリーに言われ未だもがくジャックを見下ろす
逃れようと暴れる彼に言い聞かせるようゆっくりと声をかける
ブギー「離してやってもいいが…もう、何も、言うな!…いいか?」
それにコクコクと数度頷くのを確認してようやく手を離す
ジャック「いきなり何するんだよ…まったく」
解放されて軽くお返しとばかりに腕を叩く
それと同時に目の前に現れたのはサリーの腕
その手には温かい飲み物が注がれたカップ
サリー「二人ともこれでも飲んで落ち着いて?」
2人はそれを素直に受け取り、それぞれ別の場所へと腰をおろす
それを確認してサリーも自分の分のカップを取る
サリー「味はどうかしら」
ジャック「うん、とても美味しいよ!」
ブギー「まぁ悪くねぇな」
笑顔で答えるジャックとは裏腹にブギーはカップの中身を一気に流し込む
空になったカップを片手に立ち上がりテーブルに置くと扉の方へ向かう
サリー「あら、もう帰るの?」
ブギー「ウェアウルフのせいでぶっ壊れた部屋の修理しねぇといけねぇからな」
サリー「…ウェアウルフが何かしたの?」
サリーの質問にどう答えるかとジャックに視線を向けると、何も言うなというように睨み返される
ブギー「まぁ気にするな…世話になったな」
それだけ言うとブギーは部屋を後にした
ジャックとサリーだけが室内に残された
互いに暫く黙っていたがサリーが口を開く
サリー「ねぇ、ジャック」
ジャック「なんだい?」
サリー「貴方は教えてくれないけど…何かあったんでしょう?」
その質問に答えを渋ってしまう
ブギーが余計な事を言うから…と心の中で出て行った彼を恨む
どうしようと悩み手に持ったカップを見つめていると、自身の手にサリーの手が重ねられる
サリー「…言いたくないのなら無理に聞いたりはしないわ」
ジャック「サリー…」
明らかに何か問題があった事は明白なはずなのに彼女はそれ以上追及してこず
ただ優しい表情で見下ろすサリーにどうしようもない思いがこみ上げ、たまらず腰に腕を回し抱きしめる
サリー「確かに心配じゃないといえば嘘になるけど…ただこれだけは言わせて?私は貴方を信じてるわ」
ただ頷くジャックの頭を彼女は優しく撫でる
それはとても心地よいものだった
ジャック「ごめん…サリー」
結局君に心配をかけてしまっているんだな、僕は
目を閉じサリーの腹部に頭をすり寄らせる
そんな彼を愛おしく思い、撫でていた頭を優しく抱きしめた