蠱惑の糸



博士「ふぅむ…」

ハロウィンタウンのマッドサイエンティストであるフィンケルスタイン博士
その日も研究所にこもって怪しげな研究に明け暮れ、時折自らの頭を開き脳みそをいじっていた

怪しげな薬品を作業台に並べ、それらをまじまじと眺める
並べられたフラスコの中身はそれぞれ不思議な色の液体が満たされていた




ジャック「博士!」

自分を呼ぶ声に少し遅れて振り返る
そこにはジャックと珍しくブギーの姿があった

博士「おお、ジャックか……それに、ブギー?なんとも珍しい」

博士の言葉にブギーは腕を組み睨みつける
ブギーは博士の事があまり好きではない
人の事は言えないがこの偏屈な博士が何故か気に食わないのだという


博士「お前たち二人がそろって来るとは…何かあったのか?」
ジャック「はい…博士、例の蜘蛛の話はご存知でしょう?」

例の蜘蛛
それを聞いて集会で言っていた事かと理解し頷く

博士「そういえば昨夜お前たちが退治したと聞いたが、それがどうかしたかね?」
ジャック「実はこれを見てもらいたくて」

そういってジャックは子蜘蛛の死骸を差し出す
博士は車椅子を動かして近づき、ジャックの手の中をまじまじと見つめ

博士「普通の蜘蛛に見えるが…これが何かしでかしたか?」
ブギー「そいつがウェアウルフに取りついて操ってやがったんだよ」
博士「操ったじゃと?ふむ…操る蜘蛛…」

そう呟くと博士は頭を開き脳みそをいじって考え込む

博士「そういった蜘蛛の話を聞いたことがある気がするんじゃが…どうだったか…」

その言葉に2人は一瞬固まり、一斉に博士に詰め寄る
2人の勢いに博士は驚き、危うく車椅子ごとひっくり返りそうになった

ジャック「本当ですか!?お願いです!思い出してください!」
ブギー「おいさっさと思い出しやがれ!!」
博士「やかましい!お前たちがそう騒いでは思い出せるものも思い出せんわ!!」

博士の一喝で二人は互いに顔を見合わせ渋々距離と取る

博士「蜘蛛…蜘蛛か………」


考えに考え抜き、博士はふと何かを思い出したらしく2人に向き直る


博士「お前たちが出会った蜘蛛はどんな奴じゃった?」
ジャック「墓場で会ったのは青い蜘蛛と赤い蜘蛛でした。爆発してそれぞれ氷と炎を発生させて」
ブギー「で、その蜘蛛は爆発するでもなくウェアウルフを操ってたな」

2人の話を聞き何か確信した様子でやはりと一人頷く

博士「また随分と厄介なものが現れたようじゃな」
ジャック「博士、この蜘蛛は一体…」
博士「ジャック。ワシが今のように足が不自由になる前、ダンタリアンと関わりがあった事は聞いたことがあるか?」

博士の言葉にジャックは驚き目を丸くした

ダンタリアン
この世界を束ねる、秩序を管理する機関の一員

ジャックはハロウィンタウンの王となって以来、その機関に訪れる事もあり勿論彼とも面識はあった

ジャック「知りませんでした…彼との関りとはどんな」
博士「ふむ…まぁその話はまたいずれしてやろう。今はこちらの問題が最優先じゃ」
ブギー「アンタがアイツと知り合いだったとはな…意外だ」

ブギーも機関の者とは何度か関りがあり、ダンタリアンの事を思い出し
それが何か嫌な事だったのだろう
苛立ちを露にする

博士「そのダンタリアンが持っている本の事は勿論知っているじゃろう?」

ダンタリアンの持つ本
外見は分厚い辞典のようだがその中にはありとあらゆる知識が詰まっており、ジャックも何度かその知識からの助言を受けた事があった

博士「ワシが奴と関わっていた時、その本から様々な種族の生態を学んだ事があって…まぁ勿論研究の為ではあったがな」

彼の本は他人の目では何も見る事は出来ない
持ち主のみがその中身を覗く事ができ、それを直接相手の思考に送り込む事により他者に情報提供が出来るというものだった

博士「その中に確か同じ特徴の蜘蛛の情報があったな」
ブギー「あのなぁ…勿体ぶらずにさっさと教えろよ!」

博士の長い話に苛立ちブギーは声を荒げせかしはじめる

博士「まったく煩いやつじゃ…いいか?お前たちが会った蜘蛛は単なる兵士にすぎん。親玉は別におる」
ジャック「親玉、ですか」

博士「そいつの名は確か…バアルだったか。数多くの蜘蛛を支配下に置く厄介な女蜘蛛じゃよ」
ジャック「バアル…聞いたことがないですね」
博士「そのはずじゃ…最後に目撃されたのはもうかなり昔の話じゃからな」

博士はジャックに近づきその手から子蜘蛛の死骸を取り上げると同時に、その死骸を握りつぶしてしまう

博士「女郎蜘蛛はとにかく厄介じゃぞ?配下の蜘蛛の数もあるが…相手の心の隙間に巧みに入り込み男を狂わせる。奴もまさしくそんな奴じゃ」

そういって手を軽く振るうと握りつぶされた子蜘蛛の身体が床へバラバラと零れ落ちた


博士の話にジャックの表情が険しくなる
彼が考えていたよりも厄介な事になってしまっていたからだ

青い蜘蛛や赤い蜘蛛でさえあの数に爆発と面倒だというのに、人を操る蜘蛛に加え更にそれを支配する者もいる

しかもそれらがいよいよこの街にまで現れたのだ


ジャック「博士、そのバアルという蜘蛛がどこにいるか見当はつきませんか?」
博士「ふむ…流石にそこまではわからんな」

流石の博士といえどその生態知識を有しているとはいえ、今現在どこに潜んでいるのかまでは予測出来てはいなかった

ブギー「おい、もしかしてこの街に既に潜んでる…とかねぇよな?」
博士「もしそうなら…被害は甚大じゃな」

その解答にその場を沈黙が包み込む


そしてその沈黙をようやく破ったのはジャックだった

ジャック「バアルを始末しないと何も解決にはなりませんね…」
ブギー「まぁ確かにな。下っ端の蜘蛛をいくら相手にしても次から次に沸いて出てこられるんじゃぁきりがねぇ」

外へと向かい歩き出す2人を博士が引き留めるように声をかける

博士「一体どうするつもりなんじゃ?」

ジャック「何処にいるのかわからないのなら此方から探すまでですよ。ただひたすら待っていてはこちらの被害が増すばかりです」
ブギー「そういう事だ。アンタもうっかりやられちまわないよう気を付けるんだな」



2人が研究所を去り、一人残された博士は脳みそを一掻き


博士「あいつら…いつの間にかすっかり意気が合うようになりおって」
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