待ち合わせ
シアタースターレスの昼は長い。
当たり前だが夜とは違って、賑やかなキャスト達も女の子達もいない。寝静まった歓楽街は閑散として、シャッターの店が通りの突き当たりまで続いている。
夏の昼下がりは暑くて、日の当たる壁が白くて眩しい。セミはジーワジーワと泣いていて、スターレスの店は夜の毒気が抜かれたかのようにこじんまりとして見えた。
ああ…早く来すぎたな。
サキはスターレスの店の前で壁に寄りかかって待っていた。いつもの癖で30分前に家を出たことを後悔さえし始めた…どこかで犬がワンと鳴くのさえ聞こえる。静かだ。平日の昼はこんなにも静かで、平和で、退屈だ。
退屈だ…あれ。人影が見える。
サキは少し驚いてしまった。
待ち合わせているもう一方も早く来たのだ。彼は猫背で、両手をぶらぶらさせながらゆっくりこちらへやって来る。
自分だけ早く来すぎたと思ったが、相手も一緒だったのだ。それはなんだか、安心する。この事がサキにとっては少し嬉しかった。
ヒースは、いつもと同じラフな雰囲気の服装で現れた。
時間なんて、彼にとってはどうでも良いことだったみたいだ。サキも彼自身も大分早く来てしまったことを気にも止めずに、無愛想にねぇ、と彼は口を開く。
“今日はどこにいく?”
どうしようか、サキはまだ決めていなかった。答えあぐねていると、彼は最初から決めていたようで、
“今日はいい場所があるんだよ、行こう”
行こう、そう言ってヒースはくるりと先に背中を向けて、スターレスを離れてスタスタと歩き出した。
1.5歩先にヒースの猫背を追いかけながらサキはふと思った。
スターレス以外でヒースと2人きりになった事なんて初めてだけれど、普段の彼と舞台の上の彼とは印象が随分違う。チームBでのヒースは魂の底から生きる事、死ぬ事を力いっぱい表現している。時間を惜しんで生き急いでいるようだった。
いったいこの、線の細い儚げな人のどこから力が湧いてくるのだろうか。姿勢の悪い背中が日差しの中でぶうらぶらと揺れる。
そういえば、いつも不安定で、無愛想なはずのヒースは、今日のこの暖かい昼下がりには、調子が良いみたいだ。咳込みも浅く、心に余裕もあるような素振りに見える。
でも、顔色がいいのも、日差しのせいかもしれない…蛍光灯の下じゃ、悪く見えるだけなのかも。そうかも。
彼はアパートの陰から走り出た猫を、なんともいえない奇妙な表情をして目で追いかけていた。
首を伸ばしたその動きで、サキと目があった。しばらく感情のない目でサキを見下ろした後、ふいとあちらを向いてしまった。
もう行くところは決めてあるらしく、隣で喋る私の話をろくに相槌も打たないでスタスタ歩いて行ってしまう。理不尽だ。
もういいや、今日は彼のペースに任せよう、サキは少しおかしくなって笑ってしまった。
“あの、本当にどこにいくんですか?”
“ん?知りたい?内緒”
内緒だと言われてしまった。
どこにいくのだか分からないけれど、楽しみにして後をついていく事にした。
あたりを見渡すと、日差しが眩しくて暖かい。
平日の昼ってこんなに穏やかなんだな。
誰かがコンクリに撒いた水が、真上の太陽に反射して光る。
サキには、スターレスから最寄り駅までずっと、日差しできらきらして見えていた。
当たり前だが夜とは違って、賑やかなキャスト達も女の子達もいない。寝静まった歓楽街は閑散として、シャッターの店が通りの突き当たりまで続いている。
夏の昼下がりは暑くて、日の当たる壁が白くて眩しい。セミはジーワジーワと泣いていて、スターレスの店は夜の毒気が抜かれたかのようにこじんまりとして見えた。
ああ…早く来すぎたな。
サキはスターレスの店の前で壁に寄りかかって待っていた。いつもの癖で30分前に家を出たことを後悔さえし始めた…どこかで犬がワンと鳴くのさえ聞こえる。静かだ。平日の昼はこんなにも静かで、平和で、退屈だ。
退屈だ…あれ。人影が見える。
サキは少し驚いてしまった。
待ち合わせているもう一方も早く来たのだ。彼は猫背で、両手をぶらぶらさせながらゆっくりこちらへやって来る。
自分だけ早く来すぎたと思ったが、相手も一緒だったのだ。それはなんだか、安心する。この事がサキにとっては少し嬉しかった。
ヒースは、いつもと同じラフな雰囲気の服装で現れた。
時間なんて、彼にとってはどうでも良いことだったみたいだ。サキも彼自身も大分早く来てしまったことを気にも止めずに、無愛想にねぇ、と彼は口を開く。
“今日はどこにいく?”
どうしようか、サキはまだ決めていなかった。答えあぐねていると、彼は最初から決めていたようで、
“今日はいい場所があるんだよ、行こう”
行こう、そう言ってヒースはくるりと先に背中を向けて、スターレスを離れてスタスタと歩き出した。
1.5歩先にヒースの猫背を追いかけながらサキはふと思った。
スターレス以外でヒースと2人きりになった事なんて初めてだけれど、普段の彼と舞台の上の彼とは印象が随分違う。チームBでのヒースは魂の底から生きる事、死ぬ事を力いっぱい表現している。時間を惜しんで生き急いでいるようだった。
いったいこの、線の細い儚げな人のどこから力が湧いてくるのだろうか。姿勢の悪い背中が日差しの中でぶうらぶらと揺れる。
そういえば、いつも不安定で、無愛想なはずのヒースは、今日のこの暖かい昼下がりには、調子が良いみたいだ。咳込みも浅く、心に余裕もあるような素振りに見える。
でも、顔色がいいのも、日差しのせいかもしれない…蛍光灯の下じゃ、悪く見えるだけなのかも。そうかも。
彼はアパートの陰から走り出た猫を、なんともいえない奇妙な表情をして目で追いかけていた。
首を伸ばしたその動きで、サキと目があった。しばらく感情のない目でサキを見下ろした後、ふいとあちらを向いてしまった。
もう行くところは決めてあるらしく、隣で喋る私の話をろくに相槌も打たないでスタスタ歩いて行ってしまう。理不尽だ。
もういいや、今日は彼のペースに任せよう、サキは少しおかしくなって笑ってしまった。
“あの、本当にどこにいくんですか?”
“ん?知りたい?内緒”
内緒だと言われてしまった。
どこにいくのだか分からないけれど、楽しみにして後をついていく事にした。
あたりを見渡すと、日差しが眩しくて暖かい。
平日の昼ってこんなに穏やかなんだな。
誰かがコンクリに撒いた水が、真上の太陽に反射して光る。
サキには、スターレスから最寄り駅までずっと、日差しできらきらして見えていた。
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