蛭魔妖一が幼馴染になった
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みょうじなまえを初めて見たとき、神様とか人形の類いかと思った。職員用玄関の前で壁に寄りかかりながら何かを待ち俯く姿は浮世離れしていた。
太陽光をキラキラと反射して雪のように光る銀髪は今にも溶けそうで、骨の作りから彼を囲む皮膚の細胞一つひとつに至るまで、神様が丹精込めて拵えたのだと分かるほどに精密で静謐な空気を纏っていた。白磁の肌に長くて厚いまつ毛が音を立てて瞬いてほんの少しだけ前を見据えた。彫刻のような顔にはめ込まれたダイアモンドの瞳は光を反射しているだけで何も写していない虚ろな色をしていた。
色を知らないどこもかしこも真っ白なソイツは見慣れた職員玄関に佇むだけで音も空間も時間も止められるくらいに超人的で超俗としていた。完璧な容姿だった。
男か女かどころではなくて、人間なのか妖精の類なのか疑うくらいに非凡な男だった。それからというもの、蛭魔はなまえの姿を目で追い掛けていた。
隣のクラスに来た転校生、みょうじなまえ。かなり頭が良くてテストはほぼ満点。体育の授業でもチームプレーは派手な動きをしないが個人技では一位総ナメ。だけど体力はなくて時々ぐったりとベンチや木陰で倒れている。家は近くて人付き合いはどちらかといえば苦手。だけど無視をすることはなくて本当にただ苦手というだけのようだった。男好きの三森がガンガンとアタックしていくので、分かった情報だ。
隣のクラスで話すタイミングもなく勝手になまえを視線で追って、一方的になまえを知った。顔に不似合いなランドセルを背負って俯くこともなく見上げることもなく、ただ前だけを視界に写して歩く姿は自分だけでなく他の連中も視線で追っていた。それに見向きもしないから、恵まれた容姿ということもあり人嫌いの付き合いにくい我田引水を形容した上級国民なんだと割り切って鬼神を敬して之を遠ざけていた。
だからあの日、不細工なお面をつけた男がみょうじなまえだと知ったときは、彼奴がいなくなるまで脳みそはほぼ活動を停止していた。
「肩外しただけで騒がないで。骨折ったわけでもない。」
その声にあまりにも温度と感情がないから、色のない佳人を思い出しただけだった。糞共を涼しい顔をして追っ払ってから、俺の前にしゃがみこんで何の予告もないままウエットティッシュで俺の頬を拭いて絆創膏を貼り付けた。一切の会話なし。一切の説明なし。一切のリアクションなし。無表情。無愛想。無頓着の三拍子。もはや天晴れである。
だけど蛭魔は確かに見たのだ。触れ合うくらい近くに寄ったときの間抜けなお面の下にある瞳を。あのとき見えた反射するだけのダイアモンドの瞳はよく見ると少しだけ薄青を帯びていて、台風のあとの空みたいな眩しいほど澄んだサファイアだった。
*
「お前だろ。昨日のクソお面。」
それからというもの、蛭魔はなまえを追いかけた。この男、こんなに淡泊だというのに俺が顔に痣を作っていれば必ず声を掛けてくる。意外と面倒見がいいらしい。俺はそこにつけ込んで転んだときにわざと手をつかなかったり、怪我をする言い訳をしていた。
らしくないとわかっていた。だけどどうしょうもなく知りたくなる。この白い悪魔みたいな男が何を考えて何を思っているのか。なまえの目を見るたびに今何を考えているのか知りたくなる。知ったところでどうこうするつもりはないけれど、ただ知りたかった。
*
「蛭魔、くん!!」
数ヶ月に一度、なまえは身体のメンテナンスで4日間くらい休むので、こういう日はさっさと帰るか金網を潜りポーカーでもやろうと足をすすめていたら三森が目の前に立ちはだかった。
廊下のど真ん中で胸を張って仁王立ちしている。確実に面倒臭い案件にため息を押し殺しながら三森を睨んだ。だけど三森は引くことなく、ツインテールを揺らしながら俺の前に立った。
「ねぇ、蛭魔くんってなまえくんのこと好きなの?」
「………はぁ???」
何を言い出すのかと思えば、まるで意味のないくだらない内容だった。こいつ頭大丈夫かと聞いてやりたがったがそれに対しての回答は一つだ。YES一択。三森は頭がおかしい。答えが決まっている質問なんて聞いたって仕方ない。
こんなバカを相手することに疲れてため息をつく。
「んな事聞いてテメーはどうすんだよ。」
「どうにもしないよ。好きならライバルだけど、仲間でしょ。」
蛭魔は三森が何が言いたいのか分からなかった。仲間ってなんだ。ライバルは分かるけれど仲間って意味がわからない。馬鹿を相手するほど蛭魔は暇じゃないし、気も長くない。だけどあまりにも三森が真っ直ぐ蛭魔を見つめていて怒鳴る気分にもならない。
それはなまえがなんだかんだしがみつく三森を振りほどかないし、下心増し増しで話しかけるのを止めずに静かに話しを聞いているからだ。つまり三森が悲しんだとき、なまえは間違いなく報復をするだろう。なまえは怒らせてはいけないタイプの人間だ。初めて声を聴いた日によく知っている。
「……なまえくんって。多分私達のこと見てないよ。」
「テメーの言いたいことが何一つ分からねぇ。」
「私達のこと。子供扱いしてる。」
きっぱりと三森が言うから、聞かざるを得なかった。そしてなんで三森が泣きそうな顔をしているのか分からなかったし、結局何を言いたいのかも分からなかった。三森はしばらくその場に立ち竦んでいて、数回呼吸したあと「サイアクの気分。」と言って踵を返して廊下をペタペタと上履きを鳴らして歩いていった。
結局何がしたかったのか分からなかった。会話というにはあまりにも一方的で一瞬だった。
*
なまえが電気を消して、暗くなった部屋で大人しく布団に包まれていた。いつもよりも濃いなまえの臭いに少しの居心地の悪さを感じながらも目を閉じる。何時だっただろうか。こうやって最後に誰かと眠るのは。物心ついた時から誰かと眠ることはなかったけれど、何故か懐かしいような気がしていた。
頭の中にモヤがかかる感覚に、自分は人がいても大人しく眠れることを知った。うつらうつら。意識が遠のきそうになるから瞼を閉じるけれど、ふと口うるさい女の声が聞こえた気がして瞼を押し上げる。あぁ、そういえば変な妄言叫んでるヒステリックがいた。
あんな言葉を真に受けてはいないし、結局意味が分からなかったけど、喉に刺さった小骨みたいにチクチクと痛む。
もしなまえが俺達を子供扱いしてるなら、甘えているのは得策じゃない。
「なんも聞かねーのかよ。」
静かな部屋で呟いてみて、何も応答がないのが余計に苛立った。なまえは寝てない。起きている。確信があった。こんな身勝手な質問に答えあぐねているのだろう。
なまえが聞かないことをいいことに飯を食い風呂に入り布団の中にいるというのに、今さらこんな質問を投げ掛けるのは面倒意外の何物でもない。この話をするならもっと早いほうが良かった。聞かなければ良かった。黙って寝ればよかった。
「…もし話そうか迷ったなら、話して。」
静かな声が降ってきて、俺の心情なんてまるで知る由もなくなまえは冷静だった。みょうじなまえは蛭魔が出会ってきた誰よりも淡白だった。それは家で置物みたいに居座っている父親の無気力とは違う。根本的に無関心だ。来るもの拒まず、去るものは追わない。物にも人にも執着しない。それがみょうじなまえだ。
適当にあしらわれたことに落胆しながら寝返りをうとうとした。
「言いたくないことは話さなくていい。たぶん、なに聞いても俺は今日…こうやって蛭魔と寝てた。」
……なんだそれ。なんだそれは。なんだその回答は。
求めていた答えとはまるで違う言葉が投げかけられて肩透かしを食らったような思いになったけれど、寸前まで押し上げていた憤りはびっくりするくらい静かに引いていった。
つまるところ、そういうことなのだろうか? 蛭魔が思うよりもなまえは愛情深い人間で、俺がどんなに好き勝手したって見捨てないと。こうやって、過ごすと…言いたいのだろうか?
あーもう本当にやってらんねぇ。なんだコイツは。俺の周りで唯一1ミリたりとも理解出来ず、思い通りにならず、そして離れることが出来ない。
「気持ちわりぃ奴だな。お前。」
子供扱いとかどうでもいい。なまえが俺から離れないで居てくれるならそれでいい。数時間前まで心を掻き乱していた両親のことなんてどうでもよかった。
なまえが「はぁ?いい話だろ。」なんて言って身体を起こして俺を見た。暗い部屋に白いなまえが浮かんでいるのが何故か気分がいい。「そーだな。良い話だな。」と短く言葉を返した。
それから思う。多分俺は死ぬまでなまえを手放さない。手放すわけなんてなくて、死ぬ瞬間に今日と同じ光景を見る。暗い景色の中に白いなまえがぼんやりと浮かんでいる。そして今日の日のことを思い出すのだろう。
角のない静かで丸い夜だから、いつもよりもほんの少しだけ素直に話すことができた。