台風がきた~その後のふたり~

2020.4web再録本「殺すのはずっとずっと先でいい」の後日談として収録(R15)


【台風がきた~その後のふたり~】


予報によると、明日の朝から夜にかけてこのあたりに台風が直撃するようだ
公共交通機関の計画運休が決まり、その影響で商業施設や企業の多くが休業するとテレビのニュースで言っている

「ただいま」
「お帰りナワーブ」

仕事から帰ってきたナワーブが鞄から空の弁当箱を取り出してシンクに置き、ソファに座る僕を後ろから抱き締めた

「疲れた……」
「お疲れさま、夕飯の用意をするから先にお風呂に入ってきて」
「明日休みになったから晩酌付きで頼む」
「ナワーブの会社も休みになったんだ、最近働きづめで心配だったから良かったよ」

後輩の面倒見がよく、会社の中でもトップ営業マンのナワーブは顧客からの信頼が厚く、その分休日急に呼び出されることも多い
昨日も終電で帰ってきてろくに眠らないまま仕事に出て行ったから体が心配だったが、台風のおかげで明日一日休めるなら良かった

「……ちょっとコンビニにも行きたいからゆっくりお風呂に浸かっててね」
「結構雨降ってるから気をつけろよ」
「うん」

ナワーブが風呂場へ消えていくのを見送ってから、財布とケータイを持って家を出る
ザーザー打ち付ける雨の中足早に近所のコンビニへと歩き、酒とつまみをカゴいっぱいに買って帰った
冷蔵庫に買ってきた大量の酒缶とグラスを入れて冷やし、おつまみをテーブルに並べる
ふたりで暮らし始めてからは僕がお財布を握り、ちまちま節約をしていたけれど今日は特別
いつも頑張っているナワーブのためにちょっとだけ奮発した
夕飯に作っておいたカレーを温めていると、風呂から上がったナワーブがテーブルのつまみの山を見つけて嬉しそうな声を上げた

「えっなんかいつもより豪華じゃん、買ってきたのか?」
「フフッいつも頑張ってるご褒美だよ、冷蔵庫にお酒もいっぱい冷やしてあるからカレー食べた後に飲もっか」
「最高かよ……」

フンフン鼻歌を歌いながら上機嫌に洗面台へドライヤーしに行った
わかりやすいリアクションが可笑しくて、相棒のフクロウと顔を合わせて笑う
カレーを盛りランチョンマットに置くと、戻ってきたナワーブがいただきますと手を合わせてガツガツ食べ始めた
豪快な食べっぷりが気持ちいい

「ごちそうさん、うまかった」

一瞬で空になった皿をそそくさとシンクに持っていき、まだカレーを食べ終わらない僕をジッと見てくる
早くしろと無言の圧力をかけられ仕方なく急いで食べると、待ってましたとばかりに冷蔵庫からキンキンに冷えたグラスと酒を取りだしてつまみの袋を開けた
僕のグラスにはレモンチューハイを注ぎ、自分のにはビールを注ぐ

「今日もお仕事お疲れさま」
「イライもお疲れ」

グビッと一気に飲み干してクーっと唸る

「うまい!」
「身に滲みるな――」

つまみの枝豆を齧りながらナワーブがテレビを点けた

「前に録画した映画でも観るか、今日みたいにゆっくりできる日もそう無いし」
「あっ」

ナワーブの手からリモコンを奪い、点けたばかりのテレビを消す
悪戯だと思ったナワーブが笑いながらまた点けるが、同じようにすぐに消した

「おいっ、しつこいぞ」
「こうやってふたりでゆっくりできるのも久しぶりなんだから……映画は今度にしよう? たまにはイチャイチャしたい」

リモコンを持つ手に指を絡ませると、ナワーブが耳まで真っ赤にした

「それは、その……お誘いか?」
「それもいいけど、ほんとにちょっと甘えたいだけ」
「……ふーん」

ここ数ヶ月ふたりの時間をあまりつくれていないから正直ナワーブ不足だ
このお酒とおつまみも、ご褒美だと言いつつ実はイチャつく口実と照れ隠しを兼ねていたりする
ナワーブが酒缶を数本持ってテレビの前のソファに座り、隣をポンポンと叩いた

「隣座れよ、ソファの方が引っ付けるだろ」
「うん……!」

喜んで隣に座ると、頭と肩を支えながら身体を倒され、硬い膝の上に寝転がった
犬や猫にするみたいに首筋をカリカリと指先で喉が鳴る

「んっ」
「そういえばこんな風に触るのも久しぶりだな。ヤることヤってるはずなのに」

指を絡めて手を繋ぎ、もう片方の手が耳の輪郭を辿って頬を撫でた
慣れ親しんだカサつく温かい手が気持ちよくてうっとり目を閉じる

「気持ちいいか?」
「うん……落ち着く」

頬をフニフニ揉まれ、たまにムニュっと不細工な顔をさせられてふたりでケラケラ笑った
サイドテーブルに置いた酒をあおり、ほどよく酔いの回ったナワーブがトロンとした目で僕を愛しそうに見つめる
いつもの雄々しさは抜け、少し幼い顔が可愛らしい
キス……したいな……

「お酒、ちょうだい」
「……ん」

ナワーブが酒を口に含み、合わさった唇から生温いハイボールを流し込む
ナワーブが好きなアルコール度数の高いそれが喉を通って胃を焼く
まるでナワーブに腹の中までキスされているみたいだ

「エッロ……」

嚥下すると続けざまにお酒を流し込まれ、酒とキスで溺れそうになって思わず咳き込んだ

「……っく、かはっ、ちょっ、苦しいよっ」
「悪い、大丈夫か?」
「水責めされてる気分だった……」
「ハハハッ水責めってお前」

ニヤつきながらパーカーの隙間に手を滑り込ませ、熱い手でしっとり汗のかいた胸を撫でられた

「乳首責めならどう?」
「……弄られたらヤりたくなっちゃいそうだからダメ」
「いいじゃん、むしろ時間かけてゆっくり抱きたい気分なんだけど」
「でもっ、お酒呑みたいしっ、ナワーブ、疲れて……っ」

話している間も胸の尖りを指で弾かれ、胸全体がビリビリ甘く痺れた
唇に手を当てて声を抑えると、口に指を入れられて無理矢理開かされる
指でコリコリ潰されるたびに鼻にかかった甘い声が熱い息と一緒に漏れ出た

「んっ、んん……っ、ん」
「ここ好きだよな、ちょっと触っただけでこんな乱れて」

余裕ぶっているがナワーブだってズボンにピンとテントを張っている
勃ち上がったモノが頬にあたり、布越しにでもわかる熱に腹の奥が疼いた
口の中の指に舌を絡ませ甘噛みすると、指が引き抜かれて代わりにナワーブの薄い舌が入ってくる
首の後ろに腕をまわせば抱き上げられ、噛みつくみたいに深く激しく口内を暴かれた

「っん、ふぁ……っ、なわぁ……う、ん、んぅ」

ねっとり舌を絡めて唾液を引きながら顔を離すとナワーブが荒い息を繰り返した
アルコールと興奮で完全に目が据わっている

「イライ……」
「……うん」

スウェットのズボンをずらして硬くなったナワーブのモノを取り出すと、ナワーブも僕のモノを取り出した
手を重ねて先走りを溢れさせる二本を一緒に擦り上げると、ドクドク脈打ち腰がビクビク跳ねる

「ハァ……ッ、くっ」
「なわぁぶ……っ、ごめんっ、なんか、もうっイっちゃいそ……」
「オレもっ、ヴ……ッ!」
「ひぁ……っ」

ナワーブが強めに扱き、ふたり同時に絶頂を迎えた
背を丸めて劈くような快楽を受け止め長いオーガズムに浸っていると、ナワーブが唇をス――ッと撫でていく

「ぁ……っ」

イってどこもかしこも敏感になっているせいで僅かな刺激でさえ甘い痺れに変わる

「顔、汚した」
「へ?」

手で強めに頬と唇を拭われ、目の前でネチャっと白濁を見せつけられた
ゴクリと生唾を呑むと、白濁で濡れた指が唇を割って舌を掴む

「っふ、っ」
「オレの、食べて」

言われるがまま指に吸い付き、苦く濃厚な白濁を味わって飲み込んだ
ナワーブが満足そうに喉を鳴らす
イったばかりのはずなのに淫らな戯れに興奮してふたりとも中心がゆるゆると硬さをとり戻している

「中挿れてもいいか?」
「ゆっくり優しくしてね」
「ああ、いっぱい甘やかしてやる」

見つめ合ったままソファに押し倒され、キスしようとしたところでピタリと止まる
『バリバリバリッド――ン』
 窓の外がピカっと光り、地を割るような雷鳴が鳴り響いた

「ホ――ッ! ホウッ!」

止まり木で寝ていた相棒が雷に驚いて慌ててこちらへ飛んできた
安心させるように腕にとめ、逆立った毛並みを撫でつける

「よしよし、大丈夫だよ」
「結構近くに落ちたかもしれないな」
「そうだね、一応家電のコンセントだけ抜いておこ……っあ!」

点けっぱなしだった電気がチカチカした後パッと消えてしまった
恐らく近くの電柱に落雷したのだろう

「停電か……」
「あぁ……冷蔵庫のものダメになっちゃったらヤダなぁ……」
「仕方ない。とりあえずお前は顔洗ってこいよ、オレはここ片付けておくから」

重たい身体を起こして洗面台へと向かい、精液で汚れた手を洗ってから顔に付着したものもキレイに洗い流した
せっかくいいところだったのにな……
腹の奥でこだまする熱を誤魔化しリビングに戻ると、酒とつまみを片付けたナワーブが暗闇の中で夕飯の残りのカレーを食べていた

「っえ、さっき食べたとこなのにお腹空いた?」
「冷蔵庫使えないし、腐ったらもったいないだろ」
「それならさっき買ってきた生ハムの方を食べて欲しいな。結構高かったんだよ」
「コンビニのは腐らしてもいつでも買って食えるだろ?」
「カレーだっていつでも作れるよ」

そう言うとジトっとした目で無言のままカレーを平らげ、ハァと溜息を吐いた
「……オレ今ちょっと良いこと言ったはずなんだけど。キュンとしないのかよ」
「フフッそりゃ嬉しいけど、君が優しいのは通常運転だからね。慣れちゃったのかも」

照れくさそうに目を逸らすナワーブに「良いパートナーをもったよ」と微笑む

「もう夜遅いし寝ようか」
「そうだな、酒とセックスはお預けだ」
「なんだか響きがよろしくないね」

ふたり並んで歯を磨き、真っ暗な中手探りでベッドへと潜り込んだ
相棒もベッド脇で羽を休め、ふたりと一匹仲良く眠りの時を待つ
いつものようにナワーブが僕を後ろから抱き締めてうなじに顔を埋める

「寂しい思いさせてごめんな」
「どうしたの急に?」
「だって最近すれ違ってばっかりだろ」
「……僕は帰ってくるかもわからない君を待ち続けたんだ、時間がすれ違うくらいなんてことないさ。ナワーブだって今の仕事好きなんでしょ?」
「そうだな……純粋に仕事は楽しいし給料もいいし、お前との関係も受け入れてくれたし……取引先に巨乳の姉ちゃんもいるし」
「こらっ」
「ハハッ冗談だって」

茶化すように笑うナワーブの足を蹴ってやると、逆に脚が絡められた

「なぁ、また今日みたいに甘えてくれよ。正直すっげぇ燃えたわ」
「ナワーブも甘えてくれていいんだよ?」
「バカ、いい歳した男が甘えても気持ち悪ぃだけだろ」
「さっそく矛盾してるんだけど。ま、いっか」

ナワーブの温度を感じながらうっとり目を閉じる

「おやすみイライ」
「おやすみナワーブ」

ああ、とても幸せだな……
翌朝雷で壊れたテレビに絶望するのは、また別の話