家(うち)へ帰ろう



体を低くして息を潜め、勢いよく獲物に食らいつく
食らいついたら地面に押さえつけて息の根を止めるんだ

「あーっ!逃げられた!」
「あーあ下手くそだな」

今日はイライに狩りの練習をせがまれ森の奥へ連れてきた
だがどんくさくていくら教えても上手くできず、今も狙ったはずの兎にピョーンと逃げられてしまう

「あともうちょっとなのに」
「初めはだいたいこんなもんだ、気にするな」

小さい手についた泥を払い、擦りむいた顔の傷をベッと舐めてやる
これでは100年かかっても兎1匹狩れないだろう
だが狩りが向いていなくても、オレがいる限りイライが飢えることは無いから大丈夫だ

「うーん、魚捕りなら僕でもできるかな?」
「あれも結構難しいぞ」
「じゃあ果物を採るのは?」
「高いところは危ないからダメだ」

最近のイライは自分にできることをよく聞いてくる
お手伝いしたい年頃なのか、親離れの準備のため本能的にそうしているのか
理由はわからないが、頑張る姿はとても健気だ
少し前までひとりで食べることも立つことも出来なかったくせに大きくなったな

「暗くなってきたし、そろそろ帰るか」
「...うん」
「そう落ち込むな、明日は上手くいくかもしれない」
「そうかな?」
「ほら、疲れただろ?おんぶしてやるから乗れ」

しょぼくれるイライの前で屈むと、背中に体を預けてきた
久しぶりに背負った体は以前より重く感じる
一緒にいると変化に気付きにくいが、人間の成長は凄まじく早い

「しっかり掴まってろよ」
「うわっ!」

ビュンッと全速力で森を駆け抜けると、イライがキャーっと絶叫した
振り落とされないように短い手足でギュッとしがみついてくる
昔からイライはこの遊びが好きだった
オレにはわからなが、スリルがあって楽しいらしい
今日みたいに落ち込んだ日にはこれがうってつけだろう
家に到着してイライを下ろすと、膝に手をついてゼェゼェ息を切らした
...少し調子に乗って走りすぎたかもしれない
だがイライは嬉しそうにニコニコしているから走った甲斐があった

「どうだ?元気出たか?」
「もう1回やって!」
「疲れたからダメだ」
「ケチ」
「ケチとはなんだ」

ゴツンとフード越しに頭を殴ってやる
もう1回と強請るのは昔から直らない悪い癖だ

「オレは夕飯の支度をするから近くで遊んでろ」
「僕も手伝うよ」
「火を使うからお前がいると危ない」
「ちゃんと気をつけるから」
「ほらさっさと遊んでこい」

ローブの首根っこを掴んでポイッと投げると、ムッとむくれてから渋々花を摘みに行った
離れたのを確認して火を起こし、夕飯の魚を焼く
オレは肉も魚も生でいいが、人間に与える時は必ず火を通すようジョゼフに言われている
少々面倒だがこれもイライのためだ
暫く焼いているとパチパチ音を立て美味しそうな匂いがしてきた
水をくみがてらイライも呼んでこよう

「おーいイライー!飯ができたぞー!」

辺りを見渡すが目の届くところにはおらず、大声でイライを呼ぶ
花を摘むのに夢中になって森の奥へ入っていったんだろうか
少し待ってみても返事が返ってこない
おかしいな、いつもならすぐに走ってくるのに
まさか肉食動物に襲われたんじゃ.....

「おーい!」

心配になって森の中を探す
クンクン鼻を利かせてイライの跡を辿ると、近くから匂いがした
だが同時に微かな血の臭いもしてサッと青ざめる

「イライっどこだ...っ!」
「...ナワーブ、」
「イライ!」

キョロキョロ見回すと、イライが木の下で蹲っていた
獣に襲われた形跡はないが、辺りには木の実が散乱し、額から血を流している

「大丈夫かっ?何があったんだ」
「木の実をとってたら...滑って木から落ちちゃって...」
「.....っ!危ないから木に登るなと言っただろ!」
「ごめんなさい...」

姿が見えないと思ったら木に登っていたなんて
だが今は叱っている場合じゃない
早く怪我を手当して具合を見てやらないと

「立てるか?」
「うん.....」

肩を支えて起こそうとしてみたが、力が入らないのかぐったり倒れてしまう
オレを見る目もどこか虚ろだ
もしかしたら頭から落ちてしまったのかもしれない

「ジョゼフのところに行くから、それまで気をしっかり持てよ!」

イライの体を揺らさないように抱え、無我夢中でジョゼフの住む森の外れまで走る
途中足に枝が刺さろうが岩で擦りむこうが気にしない
とにかくイライのために必死だった

「ジョゼフ!オレだ!早く出てきてくれ!」
「んー?どうしたんだい?」

ジョゼフの家をバンバンと叩くと、呑気に欠伸をしながらジョゼフが出てきた
起き抜けで目を擦っていたが、ぐったりするイライと汗だくのオレを見て状況を察し、すぐに家の中へ通される

「何があったんだい?とにかく早くイライをベッドへ寝かせて」
「木から落ちたんだっ、傷は浅いが意識が朦朧としてるっ、それに体に力が入らないみたいだ」

ジョゼフはイライの傷の具合を見ると、目の前で指を1本立てて振った

「イライ、これは何本に見える?」
「...1本」
「手と足を触った感覚はある?」
「うん」
「どこか痛いところはあるかな?」
「...おでこがヒリヒリする」

それからもいくつか質問を繰り返すと、ふぅと息を吐いてオレを見る

「おいっ、イライは大丈夫なのか!?」
「落ち着いて、多分大丈夫だよ」
「本当か?」
「うん、ただ頭を打ってるから一度医者に診せた方がいいかもしれないね」

ジョゼフはイライの額の傷にツンとする臭いの薬を塗り、ペタッと四角い布を貼った
お礼を言うイライはさっきよりも顔色がいい
ベッドの横で膝をついて屈むと、小さな手を握って大きく息を吐いた

「ハァ.....良かった」
「ごめんなさい」
「どうして木に登ったりしたんだ、危ないことはしない約束だろ」
「だって...僕も食べ物を採れるようになりたくて.....」

昼間に狩りを失敗したから意地になったんだろうか
言いつけを破るような奴じゃなかったのに
こんなことなら狩りを教えるんじゃなかった

「ナワーブが苦しんでる時、僕何も出来なかったでしょ?だからせめてご飯だけでもとってこれるようになれたらいいなって思って.....」
「お前.....」

もしかして前に発情で苦しんでいた時のことを言っているのか
あの時は確かにイライには心配をかけてしまった
翌朝には回復して飢えさせることもなかったが、子供なりに危機感を覚えたのかもしれない

「何かあったのかい?」
「前に発情期の雌に当てられて...ちょっとな」
「へぇ」

ジョゼフはイライを気遣って深くは聞いてこなかった
オレも今は落ち込んで話したくない気分だ
その晩はそのまま泊まらせてもらい、翌朝町に出て人間の医者に診てもらうことになった
ジョゼフの知り合いに教会で働いている人間がいて、イライを町医者に診せるよう頼んでくれるそうだ
ひとまずホッと安心したが、イライが町へ行くことにどこか嫌な予感もしていた

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