パパラッチ



「えっと、僕、お金全然持ってなくて...」
「別に私たちは無理に売りつけてるんじゃないですよ?ね、無咎」
「必安の言う通りだ、俺たちはただ壺の良さを知ってもらいたいだけだ」
「そ、そう言われましても...」

偶然通り掛かった骨董品屋で、店主の男ふたりに半ば強引に奥の部屋へ引っ張ってこられたのだが...
目の前に置かれた壺と睨み合ってどれくらい経つだろうか
謝必安という一見優しそうな人は立ち上がることを許さず、范無咎という強面の人は扉を塞ぐようにして立っている
買うと言うまでとても解放してもらえそうにない

「これは魔除の壺なんです、とても綺麗な色をしているでしょう?」
「は、はぁ...」
「よければ触ってみてください、パワーを感じ取れるはずですから」
「じゃあ少しだけ...」

触っても何も感じなかったとか適当なことを言って逃げよう、そう思ったのだが

「うわっ!」

壺に触れた瞬間、うしろで黙って見ていた無咎が突然机の脚を蹴り、壺がぐらりと揺れる
慌てて支えようとしたが勢い余って手で弾いてしまい、まずいと思った時には既に遅く、壺はそのまままっすぐ床に叩きつけられてしまった
パリーンッ
壺が割れる音と一緒に僕の心臓も砕けた気がする

「ちょっと困りますよお客さん」
「ちちち違いますっ、この人が机を蹴ったから...っ」
「言いがかりか?お前が壺を叩き落としたのを俺も必安も見てるんだぞ」
「そ、そんな...」

ふたりの圧にまるで産まれたての雛鳥のように縮み上がる
壺を売りつける時点で怪しいとは思っていたが、こんなの詐欺じゃないか

「まあ壊れたものはどうしようもありません、こちらとしてはお金さえ払っていただければ構いませんので」
「...おいくらですか?」
「100万円です」
「ひゃっ100万円!?そんなの払えません!」

ただでさえ生活の苦しい貧乏学生なのに、100万円なんて大金あるわけない
身寄りがなく借りるあても無いしバイトで稼いだって何ヶ月もかかる
軽い気持ちで骨董品屋に入った数時間前の自分を恨み、僕を見下ろすふたりに深く頭を下げた

「すいません...今すぐには弁償できません、お金が貯まるまで待ってください」
「フフっでしょうね、見たところ金に余裕のない苦学生といったところでしょうか」
「...」
「まぁ事情がどうであれ借金してでもすぐに返すのが常識だと思いますが」
「おい必安、そのくらいにしとけ」

借金と聞いてサッと全身の血の気が引く
終わった、僕の人生終わった
饒舌に話す謝必安に無咎が割って入ると、僕の顎を掴んで上を向かせる

「お前にぴったりの仕事がある、それを受けるなら100万はチャラだ」
「本当ですか...?」
「ただし途中で放棄はできないし、絶対に人にバレてはいけない極秘の仕事だ」
「やります!」

食い気味に応えると、無咎と謝必安が呆気に取られたように顔を見合わせる
詐欺まがいのことをしている人の言う仕事なんて怪しすぎるが、お金がない以上やるしかない
それにもしも仕事が犯罪まがいのことなら、警察に相談して逮捕してもらえば壺の弁償も無かったことにできるかもしれないし

「では仕事を引き受けてくれるのですね?」
「はい、よろしくお願いします」

僕がこの骨董品屋に立ち寄った時のように、またふたりがニヤリと笑った
金持ちの道楽のためにデスゲームに参加したり臓器を売られない限りは大丈夫だ
そう自分に言い聞かせ、得体の知れない仕事にザワザワした

***

深夜一時
重たいカメラを持ってタワーマンションの物陰に潜み、その時を今か今かと待ちわびる。

「ノートン・キャンベル...今日こそスキャンダル写真を撮らせてもらうぞ」

謝必安と無咎に命令された仕事は、モデルのノートン・キャンベルのスキャンダルを激写することだった
ふたりの話によると、彼は毎晩のように女性を自宅へ連れ込んでいるらしい
早い話がパパラッチだ
でも芸能人なんて他にも山ほどいるのにどうしてわざわざノートン・キャンベルなのか
週刊誌に高く売るつもりだろうか
いや、あのふたりのことだから弱みを握って揺さぶりをかけるとか...
とにかく目的はどうであれ想像していたような危険な仕事じゃなくて良かった

「それにしても遅いな...今日も徹夜になりそうだ」

昨日も深夜まで張り込んだものの、結局ノートンはひとりで帰宅して無駄骨になってしまった
昼間は大学とバイトで夜は張り込みだからここのところ寝不足だ
眠い目を擦り、冷たい夜風にブルっと体を震わせる

「いつまで張り込んでるつもり?」
「うわっ!」

突然背後から肩を叩かれ、ビクッと体が跳ねた

「そんなに驚かなくても」
「の、ノートン・キャンベル!?」

振り返るとそこにはノートン・キャンベルが立っていた
色っぽい声に甘いルックス、服の上からでもわかる鍛えられた体
暗闇の中でも圧倒的なオーラを放つ彼は、僕とは住む世界の違う人だった
まさか向こうから話しかけてくるなんて...
ストーカーに間違われて警察を呼ばれたらどうしよう、こんなの想定外だ

「えっと...僕は決して怪しい者ではなくて...」
「こんな時間に隠れてカメラ構えて、充分怪しいんだけど」
「これには深いわけがありまして...」

目をキョロキョロ泳がせながらジリッと後退る
芸能人だからスキャンダル写真を撮っても構わないと思い込んでいたけど、よくよく考えたらこれってただの盗撮だ
こちらの事情を話せばわかってくれるだろうか
でも謝必安と無咎のことは口止めされているしな

「週刊誌?それともストーカー?どっちでもいいけどもっとちゃんと隠れて、他の住人から苦情が出るから」
「すいません...」
「...あれ?君、前にどこかで見たな」

そう言ってジッと見つめられる
流石は人気モデルだ、端正な顔立ちに男の僕でもドキッとしてしまう
でも今はそれどころじゃない、この場を上手く切り抜けないと

「あの...迷惑はお掛けしませんので...警察だけはご勘を...」
「僕としても大事にはしたくないから今回は見逃すよ、ただしそのカメラは一応預からせてもらおうかな」
「っえ!?こ、困ります!まだ何も撮ってないし、これは借り物なんですっ」
「データを確認するだけだから」
「あっ待ってください!」
「うわっ」

ガシャンッ!!!

カメラを奪い取られ、どうにか取り返そうと手を伸ばしたら掴み損ねて硬いコンクリートの地面に落としてしまった
慌てて拾い上げるもレンズは割れて壊れている
謝必安達から借りた物なのにどうしよう...!
今間違いなくレンズと一緒に僕の心も砕けた
顔を真っ青にしてカタカタ震えていると、流石に見かねたノートンが気まずそうに声を掛ける

「ああ...大丈夫...じゃなさそうだね」
「......」
「カメラは弁償するから、そんな死にそうな顔しないで」
「え...いいんですか?」
「君の自業自得だけど、あとで器物破損だって騒がれても面倒だからさ」

ノートンから後光が差して見える
なんて良心的な人なんだろう、あの詐欺師とは違って寛大な心で手を差し伸べてくれるなんて
正直モデルなんて興味もないし全く知らなかったけど、今日からファンだ
見えない涙を拭って頭を深く深く下げる

「ありがとうございます!」
「夜だから大きな声出さないで、迷惑になる」
「す、すいません」
「とりあえずこれは壊れたまま預からせてもらうよ、明日マネージャーに頼んで新しい物を手配させるから」
「本当に何とお礼を言ったらいいか...」

何度もペコペコ頭を下げお礼を言うと、明日もこの時間に来るよう言われた
スキャンダル写真こそ撮れなかったがこれ以上借りが増えなくて良かった
明日謝必安達に頼んで他の仕事に変えてもらおう
恩を仇で返すような真似したくないし、人のプライベートを売るなんてそもそも性に合わなかったんだ
...だが当然のこと、謝必安も無咎も仕事は完遂だと言って取り合ってくれなかった

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