ケツ穴確定人狼



二日目の朝、食堂には全員の姿があった。昨日は誰も犠牲者が出なかったようだ。それもそのはず、昨夜狼は僕を襲いに来たのだから。

「まさか本当に上手くいくとはな」

最後に入ってきたガンジが誰も脱落していないことに驚く。僕も同じだ、何故人狼は僕を襲撃したのか。せっかく村人を減らすチャンスだったのに。

「イライのところに狼が来たのか」
「そ、そうみたい」

襲撃されたことを黙っておくべきか悩んだが、ここで嘘をついても騎士に怪しまれるだけだと思い正直に頷いた。まぁ誰が見ても僕の護衛に成功したことは明白だから隠す必要もないだろう。

「深夜二時頃、急にドアノブをガチャガチャ回されたんだ。あれはきっと狼が僕の部屋へ襲いに来たんだと思う。鍵が閉まっていて狼は入ってこれなかったけど」
「なるほど、騎士は護衛対象の部屋の鍵を閉めることができるのか」
「多分そうみたい」

ガンジは僕の話を目新しそうに聞いていた。この反応からしてガンジは騎士ではないだろう。騎士なら護衛先も護衛方法も知っているからわざわざ聞く必要がない。

「それじゃ早速だが議論を始めよう。占い師はカミングアウトして占い先を教えてくれ」

昨日に引き続きナワーブが議論の進行役をしてくれるようだ。占い師にはノートンが手を挙げた。

「僕が占い師だよ、昨日はウィリアムを占って白だった」
「オレを疑ってたのかよ」
「筋肉ダルマの君が狼だったら流石に僕も怖かったからね」
「まぁ村人だって証明できて良かったけどよ」
「他に占い師を名乗る人がいないから僕が占い師確定で、ウィリアムも村人確定だね。イライさんも狂人で合ってたみたいだ」

本来なら狂人の僕がここで偽の占い師としてカミングアウトすべきだが、既に信用のない僕がそんなことできなかった。せめて狼を手助けできるよう頑張りたいのだけど...そのためにも早く狼の目星をつけなければ。

「じゃあ今夜は残ったナワーブとガンジの内どちらかを占えば狼を見つけられるな」
「いやいや、カヴィンさんもまだ村人って確定したわけじゃないよ」
「ああすまない、僕は自分が狼じゃないことをわかっているからつい結論を急いでしまった」
「ふうん...村人っぽい発言だけどなんだか怪しいな。今日はカヴィンさんを占うよ」
「そうか、占いの無駄だが身の潔白を証明できるのはありがたい」

ノートンが占い先を宣言し、少しだけ緊張が走る。もしカヴィンが狼だったらどうしよう、黒と出れば明日でゲーム終了だ。今日はきっと騎士は占い師のノートンを護って襲撃できないだろうひ。

「それと騎士は今夜もイライさんを護ってね、僕の護衛はいらないよ」
「...え?」

まさかの指示に目を見開く。今夜も僕の護衛だって?どう考えたってノートンが一番危ないのに何故だ?

「どうして僕なの?」
「言っただろう、これはただの人狼ゲームじゃないんだ。昨夜狼がわざわざ護られているはずのイライさんを襲撃したのが何よりの答えさ」
「えっと...つまりどういうこと?」
「狼はルール関係無しにどうしてもイライさんを犯したかったってこと」
「!?」

ノートンの言っていることの意味がわからない。頭の中はハテナだらけだ。どうしてわざわざ男の僕なんかを襲いたいのか。

「もちろん男のケツを掘りたくなくて自分から失敗しにいった可能性もあるよ?でもここにいる全員はもう気付いてるはずだ」

ノートンはチラッと隣のウィリアムを横目に見ると、ニヤリと笑った。

「イライさんのこと好きなんでしょ、ウィリアム」
「っは!いっ、いきなりなんだ!」
「ウィリアムだけじゃない、カヴィンさんもナワーブもガンジも皆イライさんをそういう目で見てるって知ってるよ。そういう僕もイライさんを性的な目で見てるんだけど」

ノートンの突然の暴露に全員が殺気立つ。ナワーブにいたっては殺気で目の前のコーヒーカップを割ってしまった。冗談でも男の僕が好きなんて疑いをかけられたらそりゃ怒るに決まってる。そう思っていたのに、全員が開き直って暴露大会を始めた。

「...やっぱりそうだったか」
「あー正直言うとオレも好きだ!イライは可愛い!」
「わかるぞ、僕もイライの可愛いさと儚さと純粋な美しさに惚れ込んでしまってだな」
「たしかにイライは二度見するほど可愛いが、オレは仲間だと思ってる」
「素直になりなよナワーブ、この勢いで誰かに奪われちゃうかもしれないよ?」
「...まぁ仲間より深い関係になれたらいいなとは思っているが」

可愛い可愛いと止まらない声に耳を塞ぎたくなる。どうしてこんなことになってるのか。夢なら今すぐ覚めて欲しい。

「ということだからイライさん、今夜もケツ穴を狙われるのはきっとイライさんだよ」
「待って待って待って、ちょっと頭が整理できないんだけど」
「今日の投票も昨日同様に吊り無しでいこう、僕からは以上だよ」
「他に意見のあるやつはいるか?...よし、無いなら投票の九時まで解散だ」

議論が終わるやいなやナワーブはさっさと話を切り上げてしまった。皆席を立ち、朝食をとったり部屋に戻ったり自由だ。本当に僕のことが好きならもう少し気をつかって欲しい。

「僕はどうしたらいいんだろう...」
「ハハッ急にこれじゃあ流石に困惑するよな」
「カヴィン...」

ひとり丸テーブルに残って頭を抱えていると、朝食をとりに行ったはずのカヴィンが戻ってきた。項垂れる僕の肩を叩き、温かいミルクを渡してくれる。

「とりあえずこれでも飲んでリラックスしよう」
「ありがとう」

ホットミルクの甘い香りにホッと心が安らぐ。年長のカヴィンらしいフォローだ。僕がこうなっている原因にカヴィンの好意も含まれているのだけど。

「さっきの反応からして僕達の気持ちには全く気付いてなかったみたいだな」
「まさか男の僕がそんな目で見られてるなんて思わないよ、それにひとりならまだしも五人もだよ?」
「イライはそれほど魅力的なんだ、狼も護られてるとわかっててわざわざお前を噛みにいくほどだからな」
「ハァ...」

でも見方を変えれば今夜も騎士が僕を護るなら、狼は占い師を襲撃可能ということだ。狼がバレる前に早く襲撃しておきたい。じゃなきゃ負けてどんな目に遭うことか...。
狼はカヴィン、ガンジ、ナワーブの三人の誰かなのは確実だ。僕が狂人だとバレている今、ここはひとつ正直に聞いてみるのもありかもしれない。

「この際だから聞くけどカヴィンは狼じゃないよね?」
「残念ながら僕は村人だ、役職もない」
「そうだよね...」

カヴィンが狼なら腹を括って占師のノートンを襲撃してくれそうなのに。そうなると狼はガンジだろうか、元傭兵のナワーブなら私的な事情より陣営の勝利を目指しそうだし。
んーと難しい顔をしていると、カヴィンが僕の顎を掴んでチュッと頬に口付けた。突然のことに驚きすぎてポカンと固まる。

「そんな顔して、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」
「...へ?」
「フッもう隠す必要もなくなったんだ、これから僕は毎日熱烈にアプローチしていくことにしたんだ」
「ええええ」
「おい!抜けがけはルール違反だぞ!」

カヴィンとふたりで話していたら、近くでこちらをチラチラ伺っていたウィリアムが慌てて寄ってきた。カヴィンを押し退けて僕達の間に割って入ろうとする。

「イライはまだ状況が飲み込めてないんだからそっとしておいてやれよ」
「そんな時こそ手を差し伸べるのが紳士だろ」
「お前のはただの下心だ」
「お前だって下心があるだろ」
「や、やめてよふたりとも...」

目の前でカヴィンとウィリアムが喧嘩をはじめた。ゲームでは血気盛んなふたりだが、仲間と言い争ったりしないのに。まさか自分が「僕のために喧嘩はやめて〜」という日が来るとは...。どうしたものかとあわあわしていたら、いつの間にか背後にいたノートンが僕の肩を叩いた。

「イライさん、ちょっとこっちに来て」
「う、うん」

とうとう掴み合いの喧嘩にまで発展したふたりを置いてノートンに手を引かれて行くと、キッチンへ連れてこられた。

「な、なに...?」
「あのふたりの喧嘩に巻き込まれるのは危ないから避難してきたんだよ」
「ああ...」
「元気ないね、そんなに好意を寄せられるのが嫌だった?」
「皆大事な仲間だし、多分嫌ではないと思うんだけど...」

できればお尻を狙うゲームをしている時に聞きたくなかったな。心のどこかで、狼はケツ穴確定を回避するためにわざと僕を襲って失敗しているのではと期待していた。でも狼が確実な下心を持って僕を襲いにきているのも明確になってしまったわけだし。

「ノートン、相談があるんだけど」
「なに?」
「もし占いで狼がわかっても黙っててくれない?狼が投票して吊られれば僕も負けになってどんな目に遭うかわからない、好きな人が苦しむのは見たくないでしょ?」

こうなったら媚び売りだ。精一杯目を輝かせてノートンを見ると、暗い色の目を楽しそうに細められた。

「ああ...イライさんは可愛いね」
「なら僕の言う通りにっ」
「ダメだよ、狼がわかればすぐに吊る」
「そんな...っ、負ければ本当に公開ケツ穴確定かもしれないんだよ?どこの誰かもわからない人にあんなことやこんなことをされたら僕死んじゃうよ」
「処女を奪われるのは残念だけど、イライさんが泣いて嫌がるところは興奮するなぁ。それに人狼のプライドをぐちゃぐちゃにもできて一石二鳥だよ」

き、鬼畜だ。ノートンは本当に僕のことが好きなのか?好きな人が犯されて興奮するとか普通じゃない。

「それに狼は早めに吊っておかないと、下手したら占い師の僕が襲撃されちゃうかもしれないしね」

ゲームが始まった時からやけに合理的な考えをするは思っていたが、ノートンはサイコパスだ。きっと自分が楽しめたらいいと思ってるに違いない。

「でもそうだな、イライさんの処女をくれるならお願いを聞いてあげてもいいよ」
「...っ、もういい!どいて!」

ノートンから逃げるようにキッチンを出た。皆僕への好意を暴露をしたこと大胆になり言動攻撃的になっている。今は部屋にひとりでいる方が気持ちが楽だ。割り当てられた部屋の扉を開き、せっかちに中へはいる。すると突然部屋の中から手が伸びてきて僕をベッドに押し倒した。

「動くな」
「...っ!」

おそるおそる見上げると、ガンジが僕を見下ろしていた。相変わらず何を考えているかわからない無表情な目にヒッと息を飲む。

「鍵をかけないなんて不用心だったな」
「な、何の用?なんでこんなことをするの?」
「怯える必要はない、オレは話をしに来た」
「話をしに来たようには思えないけど...」

話がしたいなら人の部屋で待ち伏せてベッドに押し倒すわけがない。ガンジも僕を好いているようだし、この状況はかなりヤバい気がする。

「単刀直入に言う、オレは騎士だ。今夜も護って欲しかったらオレに抱かれろ」
「な...っ!そんなの頷けるわけがないだろう!」
「じゃあ狼にケツを掘られてもいいのか?オレはイライのことが好きだから丁寧に扱うが、狼はそうじゃないかもしれないぞ」

とても正気ではない提案に絶句する。何を言うかと思ったら、こんなの暴挙だ。そもそもガンジが騎士という証拠もないのに、体を差し出すなんてできるわけがない。

「君が騎士だという証拠は?」
「無い、夜にならなきゃ護衛の鍵を持ち出せない仕組みだからな」
「...これは僕の推測だけど、ガンジは狼なんじゃないの?君は今朝狼に襲撃された僕の話を目新しそうに聞いていたように見えた。本当の騎士なら知っているはずなのに、君は知らなかったんだろう。まだ占われていないカヴィンとナワーブは狼にも見えない」
「無駄な推理ごっこならやめろ、あんたのその目は人よりよく見えるようだが勘は鈍い」

肩を掴むガンジの手にグッと力が入る。痛みに顔を顰めると、無意識だったのかハッと手を弛めてくれた。

「...悪い」
「ガンジ、君が狼ならこんなことせずに他の誰かを襲撃してくれ。できれば占い師のノートンがいいよ、明日カヴィンを占って白が出たら君とナワーブの二択になる」
「だから騎士だって言ってるだろ」
「嘘はいいって言ってるんだよ」
「嘘じゃない、今朝知らないフリをして聞いたのは皆の反応を見て狼を炙り出すためだ」
「じゃあ狼は見つかったの?」
「いや...でもカヴィンは嘘をつくのが上手くないからナワーブか...」

ガンジはブツブツ言いながら考え事をはじめてしまった。いつも無口なのにここへ来てからよくしゃべる。もしかして彼も動揺しているのか。まぁ今はそんなことを考えている場合ではない、僕を無理矢理抱く気でいるガンジから逃げなくては。
バレないように握りこぶしをつくり、ドンッとガンジの横腹を殴った。鍛えているだけあって痛みはあまり感じていなさそうだったが、意表を突かれたのか体がよろめきバランスを崩す。その隙にすぐさま立ち上がって部屋から逃げる。

「おい待て!」
「やめてっ、離してっ」
「狼にヤられるにしろ、このままゲームに負けて公開ケツ穴確定になるにしろ地獄だぞ!その前にオレに抱かれておけよ、オレなら優しく怖くないように体を慣らしてやれるからっ」
「...おい、イライから手を離せ」

ドアを開けて揉み合っていると、騒ぎに気付いたナワーブが僕を助けに来てくれた。ガンジの手を捻り、あっという間に壁に押さえつけてしまう。

「ぐ...ぅっ」
「イライに何をしようとした?抱くとか聞こえたがオレの空耳か?」
「うるさい離せ、お前が狼の癖に」
「...さっさと自分の部屋に戻るんだな」

ナワーブが手を離すと、ガンジは一瞬僕に何か言いたげな顔をしてどこかへ行ってしまった。ひとまず危機を回避できてホッと胸を撫で下ろす。

「ありがとうナワーブ、助かったよ」

安堵から壁にぐったり凭れる。ナワーブはあえて距離をとって廊下の反対側の壁に凭れて腕を組んだ。

「ノートンのやつが暴露させたせいで秩序が荒れてるな」
「うん、皆がまるで別人になったみたいで怖いよ」
「...すまない」
「ナワーブは何も悪いことしてないじゃないか」
「お前を好きなのはオレもあいつらと変わらないからな」
「そ、そうだけど...」

そうだ、ナワーブも僕のことが好きなんだった...。意識するとちょっと気まずいな。一体僕なんかのどこがいいのやら。

「でも勘違いしないでくれ、オレはあいつらと違って無理矢理迫ったりしないから」
「...うん」
「とにかくお前は投票の時間まで部屋にいろ、下手に出歩くと危険だ」
「わかった」
「オレは外で見張っておくから何か必要な物があれば呼んでくれ」

ナワーブはそう言うと廊下に椅子を置いてドスンっと座った。まるで生徒を見張る先生のようだ。
お言葉に甘えて部屋に籠ると、ドッと疲れた体をベッドに横たえた。

「どうしてこんなことになっちゃったんだろう...」

急にケツ穴人狼なんておげれつなゲームに参加させられて、早々に狂人だとバレてしまって、挙句の果てには全員に好意を寄せられているだなんて。こんなこと普通ある?こんなのゲームどころじゃないよ。ゲームといえば人狼もだ。わざわざ護られている狂人の僕を襲撃して勝とうという気がない。そりゃ襲撃の内容は大変かもしれないけど、負ければ大変な目に遭うかもしれないのに。
そのまま夜まで食事とトイレ以外は部屋で過ごし、投票の時間と共にリビングへ集まった。投票は昨日と同様に吊り無しで終わる。

「皆もうわかっていると思うけど僕は狂人だ。そして人狼にお願いがある、今日は絶対に僕以外を襲撃してくれ。僕のことが本当に好きなら勝つことを優先して欲しい」

それぞれ部屋に戻ろうとするのを引き留めるようにそう言うと、ウィリアムが僕の背を優しく摩った。

「イライ、気が滅入るのはわかるけど早く寝よう」

ウィリアムは白確で襲われにくいムキムキだからそんな余裕があるんだ。今夜は絶対にノートンを脱落させなければ僕は早くて明日には敗北ケツ穴確定かもしれないのに...。
最後の希望を込めて人狼にお願いをしたが、その晩も襲撃されたのは僕だった。ガチャガチャと鍵の開かないドアノブを回す人狼に怒りが頂点に達したのは言うまでもない。負ければ自分もケツ穴確定だというのに、それでも僕を襲いたいだなんてとんだ性欲の塊だ。もう狼には何も期待しない、僕は僕でこのゲームを戦うんだ...!
そう心に強く誓い夜明けを待った。

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