パパラッチ
おまけ話(約1年後)
芸能界って本当に枕営業とかあるの?
興味本位でノートンにそう聞いた時は、まさか自分がこんな状況になるなんて思っていなかった
「今度のドラマがさ、主演だけが決まってないんだよね〜こちらとしてはノートン・キャンベルも有りだと思ってるんだけど」
「ありがとうございます...」
「もう一度聞くけど、イライ君さえ良ければこの後ホテルで詳しく話さない?」
数時間前、いつもお世話になっているプロデューサーにふたりきりのディナーに誘われた
もちろん僕みたいな新人マネージャーが断れるはずもなく、仕方なく食事に付き合うことになったのだが...
食事が終わりそろそろ帰ろうとした時急にプロデューサーの態度がガラリと変わった
優しくて面倒見のいい皮を剥ぎ、仕事をチラつかせてホテルへも同伴するよう圧をかけてきたのだ
はじめはわざわざホテルに行って話すほど重要な話なのかと聞いていたが、いくら馬鹿な僕でもわかる
これはつまり体の関係になれということだ
どうしてタレントでもなければ顔もスタイルも良くない僕を誘うのかはわからないがとにかく困った
事務所には言わずにひとりで来るように言われた時に怪しむべきだったのかもしれない
「イライ君もこの世界のことよく知らないだろう?私が手取り足取り教えてあげるよ」
「そんなお手間をとらせるわけには...」
「そう言わずに、ね?イライ君も事務所のために頑張りたいでしょ?」
「っひ...」
やんわり手を握られ、反射的に振り払いそうになる
どうしよう...ホテルに行くまで引いてくれなさそうだ
相手は顔が利く業界の有力者だし、我慢して行くしかないのか?
暫く愛想笑いで誤魔化していると、痺れを切らしたプロデューサーが僕の手を引いて立とうとする
「時間がもったいないし行こうか」
「ま、待ってください...申し訳ないですがホテルはちょっと...」
「おいおい、私の誘いを断るのがどういうことかわかってるのかい?」
「すいません」
軽く頭を下げて謝るが、プロデューサーはみるみる顔を赤くして目を釣りあげた
「呆れた、君を気に入っていたのに残念だ」
「本当に申し訳ありません」
レストランのウェイターを呼びつけ支払いを済ませると、怒ったままタクシーで帰って行った
外で見送る時にも深く頭を下げたが、きっと僕の気持ちを汲む気はないだろう
「はぁ...最悪だ」
事務所に苦情を入れられないといいけど...
でもやっぱり枕営業は良くない
僕が体を許してしまったら調子に乗って他にも被害者を生んでしまう可能性だってある
それに僕にはノートンっていう恋人がいるのに、他の人と寝るなんて絶対ダメだ
テカテカ黒光りさせた肌やきつい香水も正直生理的に受け付けないし
「ついてないな...」
入社して正式にノートンのマネージャーになったばかりだというのに、こんなに早く面倒事を起こしてクビにされないだろうか
どんより肩を落として家に帰ろうとすると、突然背後から誰かに抱きつかれた
「うわっ」
「お疲れさま、イライさん」
「ノートン?」
振り返りるとノートンがクスりと笑う
食事のことは口止めされていたが、恋人のノートンにだけはこっそり伝えていたから迎えに来てくれたのだろうか
「外だから離れてよ」
「マネージャーと仲良くしてるだけじゃない」
ギュッと強く抱きしめたノートンが僕の髪に鼻を埋める
人目もあるし引き剥がそうとしたけど、動揺で強ばっていた体は黙って受け入れてしまう
それどころか重厚な甘い香水の匂いに自分から擦り寄った
「どうしたの?元気ないね」
「そう...?」
「プロデューサーに何か言われた?あの人悪い噂が多いから心配してたんだ」
ノートンには枕営業のことは言わない方がいいかな
これからも仕事でお世話になるし、僕のせいで関係が悪化したら申し訳ない
「大丈夫だよ、慣れないことで疲れただけ」
「本当に?」
「うん、だから早く帰ろう」
腕を解いて微笑むと、ノートンもサングラスを外して微笑み返してくれた
これには流石に通行人もノートンに気付いてザワつき、騒ぎになる前にその場から離れる
ノートンのおかげで少し気持ちが落ち着いた
有力者の誘いを断って不安になっていたけど、明日になれば僕のことなんか忘れてるよね
洗礼だったと思って切り替えよう
だがそんな考えも虚しく、あれから度々嫌がらせにあうようになった
「すいません、僕が現場の入時間を把握していなくて」
撮影のため事前に伝えられていた時間にノートンと現場入りすると、既に全員が揃い遅刻だと叱られた
どうやら事前に時間変更があったらしい
だが僕には時間変更の連絡も、遅れている確認の連絡も無かった
現場にはあのプロデューサーもいて、皆の前で僕を揶揄する
「ノートン・キャンベルのマネージャーだからって調子にのっているのか?まったく大迷惑だ」
「すいません...」
「事務所も君みたいなのにマネージャーの仕事を任せるなんてどうかしてるね」
「迷惑を掛けたことは僕も謝りますので、どうか大目に見てください」
見兼ねたノートンが謝ったことでその場はなんとかおさまった
だがそれで嫌がらせが終わったわけではない
それからも無茶なスケジュールを要求されたり、事務所に苦情を入れられたり、撮影中僕だけスタジオに入れてもらえなかったり...
しかも最近はノートンにまで嫌がらせをされるようになった
「え...キャスティング変更ですか?」
夜にノートンとふたりで寛いでいると、今度出演する映画のスタッフから突然連絡がきた
電話で申し訳なさそうにノートンの出演が取り消しになったことを伝えられ、とうとう頭が真っ白になる
どうしよう...これも僕が枕を断ったせいだ
顔面蒼白で電話を切ると、話を聞いていたノートンが僕の顔を伺う
「何かトラブルでもあった?」
「ごめん...今度の映画の話、無くなったって...」
「どうしてイライさんが謝るの?良かったよ、僕演技苦手だし」
「でも.....」
ノートンは気にした様子もなく、僕を抱き寄せて額にキスをしてくれた
ここのところ僕のせいでノートンも散々な目にあっているのに嫌味のひとつも言われない
それどころか落ち込んでいる僕を気遣って必要以上に優しくしてくれる
「家では仕事のこと考えないようにしよう、僕も疲れちゃうからさ」
「...うん」
枕営業のことはノートンにも誰にも言っていない
言ったところで断ったものを今更どうすることもできないし、心配を掛けるだけだと思ったからだ
だがこうして実害が出てくると話は変わってくる
事務所やノートンにこれ以上迷惑を掛けないために早く正直に話さなければ
...でも、話したら僕はどうなるんだろう
疫病神になってしまった以上今まで通りマネージャーを続けるのは難しいだろうし、ノートンだって僕に愛想を尽かすかもしれない
最悪の場合クビなんてことも.....
唇まで真っ青にしてカタカタ震えだすと、ノートンが僕の手を握ってくれた
「大丈夫?」
「も、もう寝るよ...明日は謝必安達と新曲の打ち合わせもあるし、やらかしたら叱られちゃう」
「誰もイライさんを叱ったりしないからもっとリラックスしていいんだよ」
「...うん」
ノートンの気遣いにも上手く応えられず、落ち着かないまま自室のベッドに潜った
付き合ってからも家政夫の時の名残で部屋は別々にしている
体を重ねる時は前もって決めて一緒に寝ているが、粘着質なノートンの性格からは意外にも普段は別々だ
僕としては人がいると緊張して眠れないからひとりの方がありがたいけど、今日ばかりはひとりじゃ眠れそうにない
ノートンに嫌われるんじゃないかとか、謝必安に怒られるんじゃないかとか、嫌な想像ばかりしてしまう
さっき電話で外された映画だって、ノートンの努力が認められて抜擢された仕事だったのに...
「苦しい...」
胃がキリキリして吐き気がする
ストレスには弱いけど、体調を壊すことはなかったのにな
枕と毛布を持って立ち上がり、のそのそ歩いてリビングのソファに横たわった
微かにノートンの匂いがするここの方がまだ眠れそうだ
明日は4人の新曲の打ち合わせがあるからちゃんと寝ておかないと
映画がなくなったことを報告したら謝必安達はどんな顔をするだろう...また僕の苦情が入ってないといいけど...
ダメだダメだ、早く寝なきゃいけないのに
「イライさん、眠れないの?」
毛布に包まるとノートンがリビングに入ってきた
ゴソゴソしてうるさかったかな
「ソファで寝たら体が痛くなっちゃうよ」
「気分転換したくて」
「フフっ変わった気分転換だね」
可笑しそうに笑ったノートンは毛布ごと僕を抱えるとひょいっと持ち上げてしまった
ビックリして声を上げるとまたクスクス笑われる
「気分転換なら僕のベッドにおいで、アロマも焚こうか」
「いいの?」
「いいよ、イライさんと寝るの好きだから」
そう言ってベッドに優しく下ろされ、ラベンダーの香りのアロマキャンドルに火をつけてサイドテーブルに置いてくれた
「いい匂い」
「火のゆらぎを見るとリラックスできるらしいから、何も考えずに見るといいよ。イライさんが寝たら消しておくね」
「...うん」
本当はマネージャーの僕がノートンの睡眠ケアをしなきゃいけないけど、今は恋人のノートンに甘えてもいいかな
不安な気持ちを押し殺してギュッと抱きつく
「可愛いねイライさん」
トントンと背中を優しく叩かれ、冷えきっていた体がだんだんポカポカしてくる
ノートンがいれば大丈夫
ノートンは僕を嫌ったりしない
ノートンの傍を離れたくない
しばらくうとうとしていると、ノートンがふっと火を吹き消して僕を抱き枕にして眠りについた
***
「新曲のPVは海外で撮影したいですね、名所をまわったり免税店で買い物もしたいことですし」
「それ完全に観光目的ですよね」
翌日新曲の打ち合わせで謝必安と無咎と集まると、久々に和やかな空気で仕事ができた
最近散々な目にあってばかりだったからアットホームな雰囲気に癒される
ノートンも楽しそうに海外の行き先を決めていた
...この人達観光する気満々だな
ナワーブはまだ朝の生放送が長引いていて来ていないが、そろそろ終わる頃だろう
ここ数日会っていなかったから早く顔が見たい
「僕ナワーブを迎えに行ってきますね」
「は?イライさんは僕のマネージャーなのに行く必要ないよ」
「でもスタジオから結構距離あるし、出待ちのファンに囲まれたら大変でしょ?」
「そうですね、あなたの運転は少々危なっかしいですが頼みました」
謝必安に了解をとるとノートンまでついてこようとするから無理矢理引き剥がして事務所を出た
人目に触れないように僕が迎えに行くのに、ノートンがいては元も子もない
っていうか僕の運転ってそんなに危なっかしいの?
とりあえず深く考えずに撮影しているスタジオに向かった
ナワーブは社会人の経験を生かして、アイドル歌手だけではなく今はマルチに活躍している
ニュース番組のコメンテーターまでこなし、すっかり朝の顔にまでなった
芸能界に入った時はどうなるかと思ったけど流石はナワーブだ
顔馴染みの警備やスタッフさんと挨拶を交わすと、邪魔にならないよう楽屋で待つ
楽屋に戻って僕がいたらびっくりするだろうな
フフっと笑っていると、楽屋の簡素なドアノブがまわりガチャっと開いた
「ナワー、」
「やっぱりイライ君だったんだね、入っていくのが見えたからさ」
「あ.....」
入ってきたのはナワーブではなくて枕を強要してきたあのプロデューサーだった
今1番会いたくなかったのに最悪だ
ニヤニヤと下品な笑みにピシリと固まる
「お、おはようございます...」
「あれから大変みたいだね、可哀想に」
「...それはあなたが、」
「反省してるならもう一度だけチャンスを上げてもいいよ?私は慈悲深いから」
ドアを閉めると楽屋の中にまで入ってきた
慌てて壁際に逃げるがすぐに詰め寄られる
「ひっ...」
「今夜ホテルで君を待ってるよ」
「ぼ、僕は.....」
「来なかったらそうだな、今度の新曲のお披露目を台無しにしてやろうか」
「そんなっ、」
「ノートン・キャンベルを干してもいいんだぞ」
これは脅しだ
僕が応じなければ、僕だけでなくノートンや事務所まで潰す気でいる
「それじゃあ夜に会おうね」
耳にキスをされギュッと目を瞑った
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
プロデューサーが出て行ってようやく息を吐くと、胃の中のものまで床に吐いてしまいそうだった
どうしよう、僕なんかに興味をなくすどころか自体は悪化するばかりだ
楽屋に置いてあった除菌ペーパーを何枚も取って汚れた耳を拭くと、じわっと涙が滲んでくる
「イライ、来てたのか」
「あっ...ナワーブ、お疲れさま」
「...顔色悪いけど大丈夫か?」
「そ、そう?」
収録終わりのナワーブが険しい顔をする
咄嗟に取り繕うがピクピク引き攣って上手く笑えない
「えっと...社長に言われて迎えに来たんだ、ナワーブも早く打ち合わせに...」
言いかけてチラッとスマホに目がいく
通知欄にショーメールで待ち合わせのホテルと“イライ君の処女いただきます”と気色悪いメッセージが送られてきていて、みるみる顔から表情が消え失せた
あ...やばい、限界かも
「イライ?」
今日も誘いを断ったらどうなってしまうんだろう
ナワーブもこの世界でやっていくと決めたからには生活が掛かっているし...
ノートンだって、他の事務所の人達だって...
僕が我慢すれば丸く収まるし、誰にも迷惑を掛けることもないんじゃ
「イライ!」
「........っ!」
グルグル考えているとナワーブが僕の肩を掴んだ
ハッとして顔を上げれば奪うようにスマホを取られる
ナワーブは画面に映ったショートメールを見ると血相を変えて詰め寄った
「これっ、どういうことだ?セクハラか?」
「それは...」
「いいかイライ、何か問題を抱えてるなら早急に解決した方がいい。オレも力になるから言ってくれ」
力強くそう言われ、我慢していた涙がポロポロ溢れ出る
...ナワーブがいてくれて良かった
面倒事に巻き込まないか怖いけど、確かにひとりで抱えるにはもう無理がある
「実は前からプロデューサーに...」
僕が今まであったことを話すと、ナワーブはこめかみに青筋を立てながらも優しく聞いてくれた
***
僕から話を聞いたナワーブはすぐに事務所に行き、僕に代わって謝必安達に全てを説明してくれた
話を聞いたノートンは黙り込み、謝必安と無咎は顔を合わせて高笑いする
「ハハハッうちも舐められたものだな」
「フフっこんなイタイケな子に枕営業を強要するなんて性根が腐ってるようだ」
「どうする必安?」
「そうですね、彼には見せしめになっていただきましょうか」
叱られる覚悟をしていたが、ふたりとも怒った様子はない
それどころか何か企んでワクワクしているようだった
「流されやすい奴だと思っていたが、見直したぞ」
「ちゃんと断って偉いですね、あとは私達に任せてください」
叱られると思ったのに褒められた...?
謝必安達は打ち合わせを中断してどこかへ出掛けると、事務所の会議室には僕とナワーブとノートンが取り残された
ノートンは相変わらず黙ったままだ
いつもなら3人でいるとノートンがナワーブを挑発するのに
相当怒っているのか、僕に失望したのか
キョロキョロ目を泳がせていると、気を利かせたナワーブがノートンに声を掛けてくれた
「お前は何もしなくていいのか?」
「...僕も報復しに行けって?」
「違う、イライのケアがまだだって言ってるんだ」
ノートンはナワーブの言葉にピクリと反応し顔を上げる
そして立ち尽くす僕にやっと目を向けてくれた
「オレがイライの心の傷まで癒してもいいのか?何もしないなら連れて帰るぞ」
「思い上がるな、お前より僕といた方がいいに決まってる」
「じゃあ先に帰るよ」
ナワーブは僕の頭を撫で、それ以上何も言わずに部屋から出て行った
ふたりきりになるとちょっと気まずいな
ノートンは今回のことをどう思っただろう
相談しなかったことを怒っているだろうか
椅子に座るノートンに恐る恐る歩み寄り、軽く頭を下げた
「迷惑かけてごめん」
シーンと静かな部屋に僕の声が響く
ノートンは僕を見上げてゆっくり手を伸ばした
「ここのところイライさんがおかしいのはわかってたのに...何も出来なかった自分が悔しい」
「僕も正直に言うべきだったって反省してる」
座ったまま僕の体を抱き締め、僕もノートンの髪をよしよしと撫でた
良かった、嫌われてはないみたいだ
「でも良かった...イライさんが他の男に抱かれてたら正気でいられなかったよ。今回ばかりはあのチビにも感謝しなきゃね」
「チビじゃなくてナワーブね」
「ねぇ、もし誰にも相談できなかったら今日ホテルに行ってた?」
「えっ...どうかな...」
「前に騙された時みたいに逃げて消えるつもりだった?」
「あー...それはないよ」
ホテルに行っていたかどうかはわからないが、行方を晦まして逃げるなんて有り得ない
ノートンの頬を両手で包み、見上げてくる顔にチュッとキスをする
「ノートンと離れる気はないから」
「...うわぁゾクッとする」
「フフっ重い?」
「いや、いい感じに僕に染ってきたなって」
ゆっくり立ち上がったノートンが僕の腰に腕を回してお尻をやわやわと揉んでくる
くすぐったくて身を捩ると、見つめ合ったままどちらともなく笑った
「最近ご無沙汰じゃない?」
「仕事中に不埒なこと考えちゃダメだよ」
「誰もいないからいいでしょ」
「ダメ」
「イライさんだって期待してるくせに」
ノートンに背中を抱えられ、少し乱暴に打ち合わせ用の広いテーブルに寝かされる
覆いかぶさってキスをするノートンの腰に足を絡めると、イケナイことをしている背徳感で興奮した
気持ちのない人とこんなことをするなんて想像するだけで吐き気がするのに、やっぱり愛し合うのは好きな人とじゃなきゃいやだ
「っん...ノートン、好き」
「うん」
夢中で舌を絡め、唇が唾液でベタベタになるのも気にせず深く口付ける
ノートンも珍しく積極的な僕の痴態に興奮しているようだ
時折擦れる下半身はお互いに堅くなっていた
「このまま抱いてもいい?」
「謝必安にバレたら怒られるよ」
「そんなの無視すればいいって」
「もう、知らないからね」
拒みはしたが、正直久しぶりに燃えた
不安が吹っ切れた反動だろうか
自分が性に従順だったなんてノートンに会うまで知らなかったな
ノートンの手が僕のシャツをたくし上げ、露わになった肌に舌を這わされる
みんなの憧れのノートンが会議室で盛ってるなんて誰が知ってるだろう
綺麗な目鼻立ちを眺めながら優越感に息を震わせた
「んっ...」
「今日はやけに感度いいね」
「言わないで、恥ずかしい」
「可愛い」
ガシャンッ
お互いに夢中になっていると、突然廊下で物音がしてふたりで振り返る
誰かに聞き耳を立てられてないよね...?
使用中の札は掛けているが、今開けられたらたまったもんじゃない
「の、ノートン、誰か来たのかも」
「入ってはこないよ」
「早く退けてっ」
「もうちょっとだけ」
それでも気にせずキスしてくるノートンを押し退けていると、あろうことかガチャっと扉が開いた
これにはビックリしすぎてふたりで固まる
「おや、あなた達まだいたんですか」
「社長?えっ、そっちこそクソオヤジ絞めに行ったんじゃなかったの?」
「こいつのことか?」
ノートン越しに扉の方を見ると、謝必安と無咎が立っていた
見られたのがこのふたりでまだ良かったけど恥ずかしすぎる...
無咎は肩に担いでいた何かを床に下ろすと、ドアを閉めて鍵をかける
人に見られるなんて最悪だ...
だがドスンっと落とされたのがあのプロデューサーだと気付くと急に恥じらいも消え失せた
「お楽しみなら別室でどうぞ、私達はこれからこの愚か者の処遇について考えなければいけないので」
「ン゛ーーーッ!」
「煩い、命が惜しいなら黙ってろ」
「んぐっ!」
口と手足に縄をかけられた状態で惨めに這いつくばい、目で必死に僕に助けを求めてくる
えっ、やりすぎじゃない?
まさか拷問の末に内蔵を抉りとって海に沈める気じゃ...
それをさも慣れたように見るノートンにも悪寒がする
「あの...ほどほどにしてあげてくだ」
「何甘いこと言ってるのイライさん、この外道は社長達に任せて僕達は帰ろう」
「え、でも」
ノートンは僕を横抱きにすると、プロデューサーに見せつけるようにキスをしてから会議室を出た
コツコツと廊下に響くノートンの革靴の音を聞きながら手がプルプル震える
「あの人殺されるの...?」
「さあ?ちょっと脅すだけじゃないかな」
「脅すって...ノートンはこういうの慣れてるの?」
「言ったでしょ、何かあれば事務所が全部揉み消してくれるって」
「物理的にだとは思わなかった...」
もしかして壺を割った時に仕事を放棄して逃げてたら、僕も物理的に消されてたのかな
考えただけで寒気がする
「イライさんには刺激が強かったね」
「うん、かなり」
「フフっ」
「僕も不祥事起こしたらああやって絞められるのかな...流石にクビで済むか...」
「何言ってるの?イライさんは僕の大事な恋人なんだから傷ひとつ付けられないし絶対クビにもならないよ」
ノートンは上機嫌に笑って抱えていた僕に顔を近付けた
「よく考えて、稼ぎ頭の僕の恋人をマネージャーって立場で隠して会社で縛っておけるんだよ?社員にして飼っておいた方が好都合じゃない?」
「...まさかそこまで計画的に動いてたの?」
「気付くのが遅いよイライさん、あの人達は怖いから気を付けようね」
その後あのプロデューサーは業界から消え、姿を見た者はいないのだとか.....
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