パパラッチ



「やっぱり恥ずかしいよ、信じてもらえないかもしれないし」
「だから僕もついて行くって言ってるじゃないか」

後日、ノートンとのキス写真を改めて取り直すと謝必安と無咎の元に持って行くことにした
だが家を出る寸前で写真に写る自分が恥ずかしくてどうも足踏みしてしまう

「でも仕事のことは誰にも話すなって言われてるし」
「約束は破るためにあるって知らないの?」
「本当に君の事務所の人達が不憫だよ」

大きくため息を吐き、ダメだとはわかっていながらもノートンについてきてもらうことにした
正直ひとりじゃ心細かったし、ノートンがいれば即日臓器売買された挙句コンクリート詰めにされることもなさそうだ
世の中がクリスマスイヴで賑わう中、苦い思い出しかない骨董品屋を尋ねた

「こんにちは...連絡したイライ・クラークです」
「ああ、やっと来ましたか」

店の奥から謝必安が顔を出すとノートンが首を傾げる

「何やってるの社長」
「おや、ノートンも一緒に来たんですね」
「えっ?????」

顔見知りのような会話にピタリと固まる
えっ?今謝必安のこと社長って言った?
どういうこと?というよりこのふたり知り合いなの?
困惑気味にふたりの顔を交互に見ていると、遅れて奥から顔を出した無咎が僕の肩を叩く

「謝必安、そろそろこいつに説明してやった方がいいんじゃないか」
「そうですね、ノートンもいることですしちょうど良かった」

一体何がちょうどいいのか
促されるまま奥の部屋に連れていかれて座らされると、茶を出されあの時とは大違いに丁寧にもてなされた

「まず軽く自己紹介をすと、私はノートンが所属する事務所の社長で無咎は副社長です。ここは私達が趣味で営んでいて普段は戚十一に任せているのですが、おっと話が逸れましたね」
「は、はぁ.....」
「それであなたに言いがかりをつけた理由ですが」
「あ、言いがかりは認めてくれるんですね」

信じられない、事務所の社長さんがわざわざノートンのスキャンダルを持ってこいだなんて
いやつっこむところはもっと他にもあるんだけど
ノートンは謝必安と無咎をジトッと見て不貞腐れている

「ノートンはこの通り昔からお遊びが過ぎて週刊誌にスキャンダルばかり撮られていまして」
「揉み消せるんだからいいじゃないか」
「お前ひとりにいくらかかってると思ってるんだ!」

無咎が怒って割って入り、ノートンもムッと黙った
あー...これは流石に無咎に同情する

「来年からアイドル要素を含む歌手活動もしていく予定だったので、それまでになんとか落ち着いてもらおうと思っていた矢先あなたが現れたんです」
「僕ですか?」
「ノートンが街中ですれ違ったあなたのことを可愛いと言ったものですから、私達は死にもの狂いであなたを捜して調べ尽くしたんですよ」
「可愛いって僕が?」
「はい」

ノートンを見ると身に覚えのない顔をされる
そりゃそうだ、わざわざ男の僕に可愛いだなんて言うわけがない

「あーでも確かに初めてイライさんを見た時に既視感があったような」
「可愛いって思った?」
「いや」

多分人違いだろうけど、ノートンも面と向かって否定するかな
ちょっと傷付くんだけど
謝必安と無咎は構わずに僕が持ってきた写真を見てホッと胸を撫で下ろす

「ああでも安心しました、もうノートンのスキャンダルにヒヤヒヤすることも無駄に金銭を消費することもないと思うと気分が良いです。ね、無咎」
「全くだ」

いやいやいや、巻き込まれた僕のことも少しは考えて欲しい
ずっと金銭的にも身の安全にも不安を抱え、善と悪の板挟みになっていた僕は明らかに被害者だろう

「あなた達の事情はわかりましたけど、もっと他にやり方があったんじゃないですか?紹介とかでも良かったのに」
「ただ宛てがうだけじゃあなたに逃げられる可能性もありますし、天邪鬼なノートンが受け入れない可能性もありますので、これは一種のギャンブルですね。計画通り進んで良かったです」
「ギャンブルって.....」
「謝必安はそういう奴だ、諦めろ」
「鬼畜だ」

事務所には同情していたけど、こうなるとどっちもどっちだ

「でもあなたには迷惑をかけてしまいましたね、お詫びと言っては何ですが大学卒業後うちで雇うのはどうでしょう?」
「え、本当ですか?」
「忙しくて就活もろくに出来ていなかったでしょう?うちは福利厚生も充実していますよ」
「ありがとうございます、ぜひ働かせてください!」

僕の返事に謝必安と無咎が顔を合わせてニヤリと笑う
やった、散々な目に遭わされたけどちゃっかり内定をもらえた
芸能事務所がどんなお仕事をするかは知らないけど頑張るぞ
だがこの採用が口封じの人質採用だということをこの時の僕はまだ知らない.....

「あの、少し電話してきてもいいですか?内定が決まったらすぐに報告するって約束してる人がいて」
「は?イライさんもう浮気するの?」
「そんなんじゃないよ」

謝必安と無咎に許可をもらい、ノートンを無視してナワーブに電話をかけた
仕事中だから出ないかもしれないけど、いち早く伝えたい
ノートンは指でテーブルをトントン叩いてかなりご立腹の様子だ

『もしもし』
「ナワーブ、今大丈夫?」
『どうした?』
「あのね、就職先が決まったんだ」
『えっまじか!良かったな、おめでとう!』
「ありがとう」

ナワーブがまるで自分のことのように声を上げて喜んでくれた
僕も嬉しくて笑うと、ノートンが僕からスマホを奪おうとする
だがそんなことは想定済みでサッと避けて話を続けた

『今どこにいるんだ?ちょうど外に出てるけど会う時間あるか?』
「今〇〇通りの××っていうお店にいるよ、仕事中に大丈夫なの?」
『こんな時くらい少々サボっても問題ない、すぐに行くから待っててくれ』
「あっでも今僕ひとりじゃっ、」

とうとう耐えられなかったノートンがスマホを叩き落とすと通話を切ってしまった
衝撃でヒビの入ったスマホの画面にサッと血の気が引く

「ノートン!何してるの!」
「浮気は許さないから」
「だからナワーブはそんなんじゃないって」
「イライさんにその気がなくても向こうはイライさんに気があるんだよ、話してて気付かない?」
「考えすぎだよ」

ああ...まだ分割払い中なのに...保険入ってないのに...
ヒビ割れた画面を撫でて涙目になっていると無咎がポンポンと肩を叩いて励ましてくれた

「そう落ち込むな、オレ達はカメラ粉砕されてるんだ」

そういえば借りたカメラも地面に叩きつけてたっけ
あの時はあのまま置いて帰ってしまって後日拾いに行ったが、跡形もなく消えていたのは無咎が回収していたからか
ノートンは破壊癖があるみたいだから気を付けないと
ヒビ割れたスマホに今度はナワーブから着信が入ると、ノートンから逃げるようにして電話に出た

「もしもしっ」
『ああイライ、さっきは途中で切れたけど大丈夫か?』
「うん、電波が悪かったみたい」
『近くまで来たけどどこにいる?』
「外に出るからちょっと待って」

スマホをポケットに突っ込んでリュックを背負う

「ノートンはここにいてね」
「いやいやおかしいでしょ、やっぱり後ろめたいことでもあるんじゃないの?浮気?」
「ノートンがいたらナワーブがびっくりしちゃうでしょ?自分の立場を考えてよね」
「私が浮気しないように見ておきますから、無咎はノートンを頼みますよ」

見兼ねた謝必安が僕を連れて店の外に出る
これには流石にノートンも静かになった

「大変ですね」
「私達がノートンを甘やかしすぎたんです、まぁその分たんまり稼いでくるので不満はありませんが」

高々に笑う謝必安に苦笑する
内定もらったはいいけど上手くやっていけるかな

「イライ!」
「あ、ナワーブ!」

ナワーブの声がして振り返ると、花束を持ったナワーブが駆け寄った
キラキラ輝く満面の笑みにブワッと体温が上がる
忙しいのにわざわざ花束まで買ってきてくれたんだ、本当にナワーブは優しいな

「イライ、内定おめでとう」
「ありがとう!わぁ綺麗な花束だね、僕花束をもらうの生まれてはじ」
「素晴らしい逸材です!あなたは一般人の中でいるにはもったいない」

離れたところで見ていたはずの謝必安がナワーブを見るやいなやすぐさま割って入ってきた
何も知らないナワーブは当然謝必安を警戒する

「誰だお前」
「申し遅れました、私は彼に内定を出した芸能事務所の社長をしている謝必安と申します」
「そ、それは失礼しました...イライはとても頑張り屋で真面目な人間なので良くしてやってください」
「ところで芸能界に興味はありませんか?あなたのようなダイヤの原石を見つけたのはノートンの時以来です。そうだ、ノートンと一緒にアイドルで売り出すのはいかがでしょう」
「いやアイドルって歳でもないですよ」

ナワーブは冗談だと思って愛想笑いをするが、多分謝必安は冗談じゃない
ノートンが聞いたら怒り狂うだろうな
そんなことを考えていたら店の中で待っていたノートンが無咎と揉み合いになりながら外に出てきた

「ノートン!中で待っててって言ったじゃないか」
「は...?ノートンってまさかあのノートン・キャンベルか?」

ナワーブがノートンに目を見開く
そりゃそうだ、まさかこんなところにノートンがいるなんて思ってもなかっただろう
その反応を見てノートンはフンっと優越感に鼻で笑い、謝必安はノートンとナワーブを見て満足気に頷く
まずい、収集がつかなくなりそうだ

「ノートン、来年からの歌手活動ですが彼とふたりで売り出しますよ」
「何それ、冗談でも笑えないんだけど」
「あの...オレ会社戻るんでこれでおいとましていいですか?」

いきなり輪の中に立たされたナワーブが僕に視線で助けを求める
もちろん助けたいが、僕も無咎に無言の圧をかけられているところだ

「ごめんねナワーブ、せっかくお祝いに来てくれたのにごちゃごちゃしてて」
「大丈夫だ、めでたい日にお前が気を遣わなくていい」
「実は家政婦のバイト先がノートンのところで、その縁で今こうなってて」
「そうだったのか...てっきり家主は下心のある中年オヤジを想像してたからちょっと安心した」
「それでね、ノートンと付き合うことになったからナワーブとの浮気を疑われてて」

バタンっ
僕の話を聞いてナワーブがビジネスバッグを地面に落とした
慌てて自分で拾い上げるが、この寒い日に滝のように汗をかいている

「付き合ってるって、イライとノートン・キャンベルがか?」

放心状態のナワーブに謝必安がニヤリと笑うと僕のスマホをポケットから取り出して見せつけた

「おやおや、ノートンに割られたスマホが痛々しいですねぇ〜誰かが近くで見張っておかないとそのうち暴力まで振るわれそうです」
「恋人に手をあげられてるのか...?」
「ナワーブ、誤解だよ」

まずい、謝必安がナワーブの優しさに漬け込んでまた詐欺まがいの営業を掛けている
スマホにヒビを入れられたのは事実だけど
だが暴力と言われて流石にノートンも黙ってなかった

「イライさんには手をあげないよ」
「聞きましたか?イライさんにはってことは今までは人に暴力を振るってきたのかもしれませんね」
「...確かに女殴りそうな顔してるな」
「辛辣すぎない?」

そしてサーっと顔を顔を青ざめさせたナワーブに謝必安が更に追い打ちをかける

「うちに来たら毎日イライ・クラークと会えますよ」
「いきます、アイドル会のトップとります、これからお世話になります」
「ナワーブ......!!!」

こうして流されるままナワーブも加わった
苦難がひとつ去ったと思えばまた慌ただしい日々の始まりだ
僕の人生が落ち着く日は来るのだろうか...と言いつつ、ノートンと恋人になって就職先も決まって大好きなナワーブとこれからも一緒にいられて実のところ幸せなんだけどね

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