パパラッチ
一緒にいるとついついノートンが芸能人だということを忘れてしまうが、彼は人気モデルでみんなの憧れの存在なのだ
「ねぇノートンのドラマ見た?」
「見た!超かっこいいよね〜」
ナワーブと駅前で待ち合わせていたら通りすがりの女の子達の黄色い声が聞こえてきた
駅構内の壁にはノートンの顔がアップで写った広告もでかでかと貼られている
ドラマで演じたホスト役でノートンは瞬く間に人気に火がつき、主演やヒロインを差し置いてトレンド入りするようになった
ハマり役だとは思ったが予想以上の反響だ
「ノートンってすごいんだな...」
今朝一緒に他愛もない話をしていたのに、こうして一歩外に出たらどこか遠い人のように感じる
「イライ、待たせて悪いな」
「ナワーブ」
改札を出てきたナワーブが小さく手を上げ明るく微笑む
スマホをポケットにしまって僕も駆け寄ると、久しぶりに顔を見て嬉しくなった
「久しぶりだね、1ヶ月ぶり?」
「それくらいだな」
「いつもスーツばかり見てたから私服だと新鮮だよ」
「ダサくないか?」
「かっこいいよ」
パーカーにスリムなデニムを合わせたラフな私服はナワーブによく似合っている
スーツとのギャップが良い
「せっかくのお休みの日なのにプレゼント選びに付き合わせてごめんね」
「何言ってるんだ、お前からの誘いなら何でも歓迎だよ」
今日は再来週のクリスマスにノートンに渡すプレゼントを買いに来ていた
大したものは買えないけど、いつもお世話になっているからせめてもの感謝の気持ちだ
それでセンスが無い僕の助っ人としてナワーブにも同行してもらうことになったわけだが
「で、お前のとこの家主は何が好きなんだ?」
「うーん、ノート...家主さんはアクセサリーが好きだよ」
「アクセサリーは好みがわかれるからなぁ、消耗品でよく使うものとかはないのか?」
「えっと...歯ブラシとか、シャンプーとか...」
「おいおい...」
特に何も決めていなかったからいざ考えると結構難しい
こだわりが強いから下手に残るものは邪魔になるだろうし、ノートンのことだから面と向かっていらないって言うことも有り得る
「酒は飲むのか?」
「たまに飲んでるよ、ワインとかシャンパンとか」
「じゃあクリスマスプレゼント用に出てるワインを探してみるか、ハーフボトルなら予算内でも買えるだろ」
ナワーブについてワインを見て回ると、仕事の付き合いで贈答用のワインを買っているお店でちょうどいいものがあった
箱に入れて豪華にラッピングまでしてもらい、サービスでメッセージカードまでつけてもらえた
生まれて初めて買ったプレゼントらしいプレゼントを興奮気味に受け取る
「ありがとう、ナワーブのおかげでいい買い物ができたよ」
「喜んでもらえるといいな」
「うん!」
思ったよりも早く決まり、ふたりともまだ時間があるから休憩がてらカフェに入ることにした
プレゼントを選ぶのもそうだが、こうして休日に誰かとゆっくりするのも初めてで楽しいな
コーヒーを飲みながら買ったばかりのプレゼントを見てニヤけていると、ナワーブがそんな僕を見て笑った
「家主と上手くいってて良かった」
「何から何まで良くしてもらってるよ」
「本当は住込みの家政夫をするって聞いた時は止めようと思ってたけど、こうしてお前と休みの日に会えるのもその人のおかげだと思うと複雑だ」
「え?」
住み込みバイトを止めようとしていたなんて初耳だ
確かにノートンの家に住込みで働きはじめてから頻繁に電話やメッセージで心配してくれていたけど
「仕事とはいえやっぱり知らない奴と一緒に住むのは心配だよ」
「ナワーブ...」
「なぁ贅沢はさせてやれないけど、学生の間だけでもオレに面倒見させてくれないか?お前のプライドを考えて言えなかっただけで、前から考えてたんだ」
まさかそんなことを考えていたなんて
身寄りのない境遇に同情して優しくしてくれる人は今まで何人かいたけど、赤の他人の僕をここまで気にかけてくれる人はいなかった
ナワーブは本当にいい人だ
「ありがとう、でもノー...家主さんも親切だし大丈夫だよ」
「そ、そうか」
「ナワーブの気持ちはすごく嬉しい、ありがとう」
素直に喜び感謝を伝える
ナワーブはどこか寂しそうな顔をしたが、僕の意志を尊重してかそれ以上は何も言わかなかった
「そうだ、実はナワーブにもプレゼントがあるんだ」
「オレにも?気を遣わなくていいのに」
「大したものじゃなくて恥ずかしいんだけど...」
そう言ってリュックから可愛く包んだ小さい袋を出して渡す
「生チョコを作ったんだ」
「手作りか」
「下手だしプレゼントってほどのものでもないんだけど」
「まじか、めちゃくちゃ嬉しい」
ナワーブは受け取るとキラキラ目を輝かせ温かく微笑んだ
男の手作りお菓子なんて引かれないか心配だったけど安心した
「ありがとな」
幸せそうな顔にドキッと胸が大きく脈打った
ナワーブが宝石のようにキラキラ輝いて見える
近くに座っていた人もそのオーラに気付いたのか「あの人かっこいいね」と小声で話すのが聞こえてきた
「大切に食べる」
「う、うん」
ナワーブってこんなにかっこよかったっけ?
顔立ちは整ってる方だけど、ノートンに初めて会ったときのようなオーラを感じた
その後コーヒーを飲んでから夕飯にラーメンを食べて別れると、帰りの電車でノートンから不在着信が入っているのに気付いた
マンションに帰ってからでもいい気はしたが、とりあえず電車を降りてすぐにかけ直す
「もしもし」
『ああイライさん、イライさんってお酒飲めるよね?』
「飲めるけどどうして?」
『今事務所の社長の家に来てるんだけど、ワインセラーのワインを何本か盗んで帰ろうと思って』
社長さんのワインを勝手に持って帰っていいの?
いや、でも気にするのはそこじゃない
クリスマスプレゼントにせっかくワインを買ったのに、社長さんの高級ワインと並べられたら台無しだ!
『白と赤どっちが好き?』
「いらないよっ、どっちもいらない」
『遠慮しなくていいのに、まぁ適当に何本か持って帰るか』
「ダメ!1本も持って帰ってきちゃダメ!」
『フフっ盗むって言ったのが悪かった?社長も黙認してるから大丈夫だよ』
「そういうことじゃなくてっ」
『じゃあそろそろ帰るから暖房と加湿器入れて僕が風邪引かないようにしておいて』
「う、うん...」
ツーツー...
通話が切られてから盛大なため息を吐く
普段から美味しいワインを飲んでるんだから、こうなることを想定しておくべきだった
綺麗にラッピングされたワインを見てもう一度ため息が出る
クリスマスに渡したら笑われちゃうかな...
マンションに帰って暖房と加湿器をつけると、暫くしてノートンが帰ってきた
社長さんの家でも飲んできたのか顔が赤い
「おかえり」
「はい、さっき言ったワインと貰い物のお菓子」
手渡された高そうなワインを部屋のワインセラーに入れる
お酒のことはわからないけどどれも僕が買ったやつよりうんと高そうだ
ナワーブには悪いけど失敗だったかな...
プレゼントのことなど知らないノートンは上機嫌にセラーのワインを1本開けると、グラスいっぱいに入れてごくごく飲み干した
「そんなに飲んで大丈夫なの?」
「ドラマの撮影が今朝でクランクアップだったんだ、今まで我慢して分飲みたいんだよ」
「そ、そっか...お疲れ様...」
「イライさんも飲む?」
「僕はいいよ、クランクアップって知ってたらご馳走買ってきたのにごめんね」
とりあえず冷蔵庫を開けておつまみになりそうな生ハムとチーズを出す
今朝家を出る時にクランクアップって教えてくれたらよかったのに
...そうだ、今日買ったワインをお祝いだと言って今渡してしまおうかな
クリスマスプレゼントにするには荷が重くなってしまったし、クランクアップ祝いなら少々貶されても傷が浅く済む
「どうしたの?元気ないね」
「そんなことないよ、それよりノートンにプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?へぇ何かな」
「これなんだけど...」
恐る恐るワインを手渡すと、ノートンが眉を顰める
ラッピングを開けていなくてもやっぱり安物はわかるのだろうか
「クランクアップしたら渡そうと思ってて」
「...これ本当に今日渡すつもりだった?」
「うん、撮影お疲れさま」
「クリスマス用のメッセージカードがついてるけど」
「あっ!」
そうだ、サービスでカードもつけてくれたんだった
どうしよう...お店の人の親切も台無しにしちゃったな...
ノートンは怪訝な顔で包装紙を剥き箱からワインを取り出すと、僕を見て優しく笑った
「イライさんにしてはいい趣味してるじゃん」
「ほんと...?」
「うん、これ値段の割に美味しいんだよね」
さっそくコルクを抜き、僕に新しいグラスをふたつ持ってこさせて注ぐ
「イライさんも一緒に飲もう」
「僕はいいよ、明日朝から講義あるし」
「ふうん」
グラスのワインを丁寧に口に含むとゴクリと飲み込む
高いワインの後じゃ美味しくないかな...大丈夫かな...
立ったまま緊張して見守っていると、ノートンがもうひと口に含みこっちを向いて腕を掴んだ
そしてそのまま強引にソファに引き摺り倒され、体重をかけて覆いかぶさった
「あっ...」
抵抗する間もなく唇が重なる
至近距離で見つめ合ったノートンの瞳はアルコールで熱っぽく潤い、うっとりゆっくり瞬いた
...押し退けたいのにうまく体が動かない
ドキドキして、まるでキスの練習をした時みたいに体を預けてしまう
「んん...ぅ」
されるがままになっていると、薄く開いた唇の間に舌が差し込まれ生温いワインが咥内に流し込まれた
目を見開けばノートンが目を細める
なんとか噎せずに飲み干せば喉を焼く熱に頭がクラクラした
なにこれ...やらしい
「どう?」
「...変な気分になりそう」
そう言うとノートンはクスリと笑って耳を甘噛みした
「んっ」
「キスじゃなくて、ワインの感想を聞いたんだよ」
「.....っ!」
「可愛いねイライさん、僕も変な気分になりそうだよ」
今度は噛み付くようなキスをされ、無遠慮に舌が咥内を暴れ回る
器用に舌を絡め、歯列をなぞり、息つく間もない
足でソファを蹴って逃れようとするが適わず、ハァハァ息を切らしてノートンの背に縋りついた
苦しいのに気持ちいい、こんなの知らない
クチュクチュ唾液の交わる音に鼓動が早くなってく
「ふぁ...ぁ...んっ、ぅ.....」
「いい顔だね」
やっと唇を離れる頃には口も頭の中もドロドロで、ソファにくったり寝てふうふう息を切らした
ノートンは喉で低く唸ると晒された首にチュッと吸い付く
「もっと先もする?」
「先......?」
「うん」
先ってつまりアレだよね...それはまずいんじゃないか...
お互いの気持ちがないなら流されるのはよくない
ボーッとする頭で考え、小さく首を振った
「そっか、残念」
「ノートンは誰とでもこういうことするの?」
「何て答えて欲しい?」
「正直に教えて」
「...するよ、遊ぶのも気持ちいいことも好きだから」
そうだよね、僕だけが特別なわけがない
でもどうしてだろう、別に期待なんてしていなかったのに胸のあたりがヒリヒリする
「ワイン、飲んじゃおうかな」
起き上がったノートンはキスの余韻も無くグラスに手をかけた
取り残された僕は手をついて起き上がるとソファから立ち上がる
「僕もう寝るね...テーブルは朝片付けるから置いておいて」
「一緒に飲まなくていいの?美味しいよ?」
「遠慮しとく」
失礼のないくらいに笑って返し、重い足で部屋に逃げ込んだ
なんでこんなに傷付いてるんだろう
キスされたのが嫌だとか怖かったわけじゃないのに
翌朝、早くに起きてリビングのテーブルを片付けようとしたが既に綺麗に片付いていた