パパラッチ
「おはようイライさん、起きるの早いね」
「つい癖で朝刊配らなきゃいけない気がしてさ」
「もっとゆっくり寝てもいいんだよ」
「十分寝たよ、こんなにぐっすり眠ったのは初めてかもしれない」
全てのバイトを辞め、昨夜から住込みの家政夫をスタートさせた
人と暮らすのがストレスにならないか心配だったけど、使ってなかった部屋を僕用に貸してくれたからプライバシーも守られて快適だ
それに時間に焦る必要がなくなり心の余裕ができた
「朝ごはん作るね」
「待って、僕も一応こういう仕事だから食事には気を使ってるんだ。今朝は僕が作るからこれから覚えて」
「う、うん...」
仲良くなって忘れていたけど、ノートンは芸能人なんだよね
やっぱり見えない努力があってこその商売なんだろうな
僕も家政夫として支えていけるように頑張らないと
「朝はプロテインを入れたスムージーを作るんだ」
「へぇ」
「飲んでみて」
「うん、美味しい」
「よかった」
ノートンも大きめのグラスいっぱいのスムージーを飲み干すと身支度を始めようとする
「朝ごはんってこれだけ?」
「イライさんは適当にパンとか食べて、僕は撮影中は食事制限してるから」
「へぇ...」
僕も空腹は慣れてるけど、それはお金がやばいからであって、食べ物があるのにお腹を空かせるのはキツそうだな
これだけじゃ昼まで絶対持たない
僕がパンを食べている間にノートンはシャワーを済ませ、髪にドライヤーをあてながら綺麗にブローする
髪を整えると整った顔立ちが際立ってよりかっこいい
まるで少女漫画から出てきたイケメン男子みたいだ
色っぽいのにキラキラしてる
「ノートン・キャンベルのモーニングルーティーンはどう?」
「すごい」
「フフっ何その感想」
「モデルみたいだなぁって」
「モデルなんだよ」
僕の目も気にせず服を着替えると引き締まった体に更に釘付けになった
見た目は完璧だ...
「そんなに見てると惚れちゃうよ?」
「バレてたんだ」
少しオレ様気質なところはどうかと思うけど、女の子は好きそうだ
「あーあ今日の撮影嫌だなぁ」
「ドラマの撮影?」
「そうそう、今日いきなりキスシーンでさ」
「わぁドキドキするね」
「相手役の子が役に入りすぎてガチ恋してそうなんだよね」
ノートンが面倒臭そうにチッと舌打ちをする
そんなに嫌がらなくてもいいのにな
共演がきっかけで交際に発展することもあるのに
ノートンがその女優さんと上手くいってくれたら僕は1枚撮らせてもらって...あっ!
「そうだ、写真!」
「写真?」
「いやなんでもない...こっちの話」
忘れてた!ノートンのスキャンダル写真を撮らなきゃいけないんだった!
それなのに僕は何を呑気に仲良くなって一緒に住んで...
まぁそれはカメラが戻ってきてから考えることにしよう
謝必安も無咎もあれから何も言ってこないし
このまま忘れてくれたらいいのにな
「じゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
ノートンを見送り、僕も大学へ行く
高校生の時からバイトの用意を持って通学するのが当たり前だったから、荷物が軽いと落ち着かない
空きコマで暇な時間もずっとそわそわしていた
これが普通なのかもしれないけど、なんだか変な気分だな...
時間ができたからといって遊ぶような友達もおらず、講義を受けたらノートンのマンション真っ直ぐに帰る
今日は少し食事について勉強してみよう
栄養面もそうだけど、前から僕の節約料理は美味しくないと不満を言われていたから腕を磨くいい機会だ
スーパーで買い出しを済ませキッチンに立つと、レシピを開いていたスマホに着信が入る
ナワーブからだ
この前バイトを辞める挨拶に行った時ぶりだ
とてもお世話になったからバイト最終日は僕が自販機でコーヒーを買って渡したらマジ泣きされたんだよね
「もしもし」
『ああイライ、元気にしてるか?』
「フフっ前に会ってからまだ1週間もたってないよ」
『ハハッそうだな、家政夫は上手くやってるのか?』
「うん」
『そうか...忙しいだろうけど体を壊さないように気をつけろよ』
「ありがとう」
『じゃあな』
「それだけ?」
『ああ、声が聞きたくなっただけだから』
忙しいはずなのに、辞めても気にかけてくれるなんて優しいなぁ
ナワーブみたいな人と結婚出来たら幸せ間違いなしだ
電話を切ってからメッセージにありがとうとスタンプを送る
するとナワーブにしては可愛いキャラクターのスタンプが返ってきてフッと吹き出した
「フフっ可愛いな〜」
「何ニヤニヤしてるの」
「わっ!ノートン!」
「ただいま」
バッと顔を上げるとノートンがキッチンのカウンターに凭れて僕を見ていた
まだ明るい時間なのに、仕事が早く終わったんだろうか
「おかえりなさい、早かったね」
「現場でちょっとしたボヤがあって今日は撮影中止になったんだ」
「ボヤって大丈夫だったの?」
「セットが少し崩れただけだから大したことない」
そうは言うがかなり疲れた顔をしている
セットが崩れるなんて、場所が悪かったら危なそうだ
「少し休んだら?顔色悪いよ」
「今日さ...キスシーンで何回もダメ出しくらってさ...」
なるほど、撮影がうまくいかなかったのか
もともと乗り気じゃなかったのに、何度もキスしてたらそりゃぐったりきそうだな
共演者にも迷惑をかけてしまうわけだし
「僕のキスは心が入ってないんだって」
「そうなの?」
「見てる人がキュンとするようにやったつもりなんだけどな」
ハァと大きなため息を吐き、リビングに置いた姿見で自分の顔の角度や体の向きを確認しはじめる
反省中ならそっとしておいた方がいいだろうか
邪魔にならないようにノートンのカバンや脱いだジャケットを片付けていると、頭を抱えたノートンが僕の腕を掴んで引いた
「ちょっと鏡の前に立ってくれない?距離感がわからないから」
「距離感って、」
「立ってるだけでいいよ」
「んぅっ!」
そう言って鏡に背を向けて立されると、ノートンはあろうことか聞きもせずに唇を重ねてきた
髪に指を通し、頭を支えながら角度を探るように何度も口付けられる
ビックリして逃げようとしたが、鏡を見るノートンの目がとても真剣で押し退けようとした手を下ろした
ファーストキスだったけどいいや
減るものでもないし、ノートンのやりたいようにさせてあげよう
「何がダメなんだ...」
苛立ったように強めに唇を押し当てられる
...多分それがダメなんじゃないかな
現場では不貞腐れてないといいんだけど
「ノートン、1回普通にキスしてみたら?」
ノートンを見上げて目を閉じる
どんなシーンだったかは忘れたけど、基本に立ち返ってみてわかることもあるかもしれない
だがさっきまで好き勝手唇を重ねていたのになかなかキスされず、薄く目を開けて確認すると、ノートンが頬を赤らめて眉間に皺を寄せていた
......あれ?
「ごめんね」
セリフらしい言葉を呟いてゆっくり唇を合わせてきた
そうか、今の表情も演技だったのか
もう少しで勘違いするところだった
さっきよりも丁寧な手つきで頬を包むと、名残惜しく唇が離れていく
僕を見下ろすノートンの髪が当たってくすぐったい
「あー...わかったかも」
「本当?」
「うん、ありがとう」
チュッとリップ音を立てて額にキスをされる
こういうじゃれ合いは慣れてないから気恥しいな
でも少しでもノートンの力になれたなら良かった
チラッと鏡を見ると、鏡越しに僕を見つめるノートンと視線が合う
「...っ」
「見てて」
見つめ合ったまま唇が触れるまで顔を寄せ、ノートンの指が優しく僕の輪郭をなぞった
鏡に映るノートンの綺麗な横顔と仕草にドクッと心臓が大きく跳ねる
まるで映画の一部を切り取ったみたいだ
「どう?」
「すごい.....」
「イライさんも絵になるね」
しばらくノートンに見とれていると、急に唇をペロッと舐められて慌てて飛び退ける
「ちょっと!!!」
「フフっそんなに驚く?ちょっとからかっただけじゃない」
「からかいにも程度ってものがあるよ!」
びっくりした...まだ心臓バクバクしてる...
ノートンはたまに想像の斜め上のことをしてくるんだよね
「明日大学で僕とキスしたって言ってみなよ、みんなに羨ましがられるはずだから」
「誰にも信じてもらえずに変人扱いされるよ」
「ハハハッ」
上機嫌に笑うノートンは帰ってきた時の憂鬱さは消え失せていた
肝心のキスシーンは何かわかったみたいだし、楽しそうにしているからまぁいいか
ドラマの放送が始まったら一緒に見よう