パパラッチ



「どうやらあのカメラは特注品で市販されてないらしい」
「そんな...」
「でも安心して、知り合いのカメラマンが腕のいい修理屋を紹介してくれたから、時間はかかるけど修理できるよ」
「本当ですか?良かったぁ」

翌日、深夜に言われた通りマンションの下で待っていると、帰宅したノートンに部屋に通してもらった
ドキドキしていたがカメラが直ると聞いてホッとひと安心だ
肩の荷が降りると急に芸能人の部屋に緊張してきた
これってスキャンダル写真を撮るよりすごくないか?

「それで昨日は聞きそびれたけど、君は何者?」
「...ただの苦学生です」
「へぇ学生なんだ」
「あ」
「で、僕の写真なんか撮ってどうするつもりだったの?SNSにあげて炎上させたかったとか?」
「そっそんなじゃないです!」

ソファから前のめりになって否定するが、ノートンにフッと鼻で笑われた
言ったところで信じてもらえないだろうけど、ノートンに害を加える気なんてひとつもない
でも謝必安達に売るんだから僕のしていることは間接的にそういうことなのだろうか

「まぁワケありなのは見てわかるよ、一般人があんな特殊なカメラを借りて張り込んでるなんておかしいから」
「すいません...」
「名前を聞いてもいい?」
「い...イライです」

名乗ったら警察に言われるんじゃないかと一瞬躊躇ったが、ノートンにその気がなさそうだから正直に言った
するとノートンは僕を上から下まで品定めするように見てからまたフッと笑う

「苦学生ならアルバイトとかしてるの?」
「どうしてですか」
「気になっただけ」
「...朝の新聞配達と居酒屋とビル清掃とコンビニを掛け持ちしてます」
「そんなに?働きすぎじゃない?」
「大学費用も生活費も稼がなきゃいけないで...」
「ちなみに家事はできる?」
「ま、まぁ...」

質問の意図が掴めず困惑する
つい名前を教えてしまったけど、大学やアルバイト先に苦情を入れる気じゃないないよね
壺を割ってから焦りで動転していたが、だんだん自分の置かれている状況を理解してきた
最悪100万円の借金とカメラの弁償代とストーカーの汚名を背負うことになるんじゃ...
不安を紛らわすように腹に抱いたリュックを抱きしめる

「苦学生の君にとっておきの仕事があるんだけど」
「仕事ですか...?」

また仕事か
謝必安達のようによくわからない仕事を紹介されるのだろうか

「カメラが戻ってくるまでうちの家政夫になってくれない?給料はそうだな...日給2万でどう?」
「2万!?」
「掃除、洗濯、買い出しの簡単なお仕事だよ」
「やります!」

食い気味にそう言うとノートンが可笑しそうに笑った
1日で2万円はすごくおいしい
毎日ヘトヘトになるまで働いてもそんなにもらえないのに

「良かったよ、前にハウスキーパーに盗聴器を仕掛けられてから人間不信になっててね、君みたいな顔に出やすいタイプだと安心だ」
「それは喜んでいいのかな...」
「じゃあ明日からよろしくイライさん」
「はい!」

この時の僕は日給2万に釣られて100万円の壺を弁償するためにノートンのスキャンダルを撮らなきゃいけないことをすっかり忘れていた
ノートンの仕事を安請け合いするべきではないと気付いたのは家政夫の仕事に慣れてきた頃だ

「ノートンって彼女いないの?」
「いないよ、面倒だし」
「でもカッコイイからモテるでしょ?」

ノートンとも仲良くなり、タメ口で世間話をするようにもなった
たまに一緒にご飯を食べたり映画を観たりもする
だがこれまで女性の話題になったことがなく、気になって聞いてみた
謝必安と無咎の話では女性を家に連れ込んでいるみたいだったけどデマだろうか

「前はそれなりに遊んでたけど、イライさんが来てくれるようになってからはやめたよ」
「どうして?」
「帰ったらイライさんがいるし、乱れたベッドを片付けさせるのは流石にね」
「僕に気を遣わなくてもいいの...に...」

言いながらピタリと固まる
当初の目的はノートンのスキャンダルを撮ることなのに、今は僕自身がノートンのスキャンダルを遠ざけてるってこと?
それじゃいつまで経っても謝必安達から解放されない

「どうかした?そんな間の抜けた顔して」
「な、なんでもない」
「あれ?もしかして想像した?」
「えっ」

椅子に座ってワインを飲んでいたノートンがわざわざ洗濯物を畳んでいる僕の隣にきて屈むと、肩を抱いて耳打ちをした

「ベッドを乱してるところ」

わざと甘ったるい声で囁かれゾクゾク鳥肌が立つ

「...酔ってる?」
「ごめんごめん、今度ドラマでホスト役をやるからその練習を兼ねてからかったんだよ」
「へぇドラマにも出るんだ」
「演技は苦手だから断ったんだけどね、事務所が勝手にOK出しちゃって」

カバンから台本を出してハァと大きなため息を吐く
ノートンにホスト役は結構しっくりくるけどなぁ
この顔で甘いセリフを言えばファンは黄色い声を上げて喜ぶだろうし
そうだ、ドラマで超絶かっこいいノートンをお披露目したら女性陣が放っておくわけがない
そうすればきっとスキャンダルのひとつやふたつできるだろう
ノートンには悪いけど少しだけ写真を撮らせてもらいたいな、もちろんマイナスイメージにならないもので

「応援してるよ!」
「...イライさん何か企んでる?」
「わ、悪巧みなんてしてないからね」
「...まぁいいや、良かったらセリフの読み合わせ付き合ってよ」

ペラペラと台本を捲ると、相手の女性客役を任された
ノートンは人気ホストでありながら密かにこの客に恋心を寄せている複雑な役だ
乗り気じゃなさそうだったのに台本にはいくつもの書き込みがあって真剣に役に向き合っているのがわかる

「棒読みになるけどいい?」
「大丈夫、期待してないよ」
「失礼な!」

ムッと口を結んでから渋々セリフを読む

「私、もうお店行くのやめようかな」
「どうして?」
「あなたが他の女に笑ってるのが嫌なの...え、思ったより重いシーンだね」

まるで別れ話の修羅場だ
つい思ったことを口走るとノートンも苦笑する

「あなたが好きなの」
「ごめん」
「わかってるけど好きなの」
「ごめんね」
「あなたが好きな...フっ、好きなの」

ダメだ、文字で見ると笑っちゃう
好きとごめんの押し問答ばっかりじゃないか
脚本には悪いけど役に入りきれていない僕にすればコメディだ
だが次に飛び込んできた文字にギョッと目を開く
好きとごめんの繰り返しの末に強く抱き合ってキスをすると書かれていたのだ

「キスシーンもあるんだね」
「キスの練習も付き合ってくれる?」
「フフっ恥ずかしいから遠慮しとく」
「イライさん可愛いから本当にしてあげてもいいよ」
「はいはい」

普段からそうやって女の子を口説いてるのかな
キャスティングの目は確かだ、ホスト役は間違いなくハマり役だろう
台本を閉じて返し、畳み終わった洗濯物を衣装ケースにしまう

「ノートンなら大丈夫だよ、役者に向いてると思う」
「そう?」
「うん」

時計を見るともう夜の9時だ
今日はこのままコンビニのバイトに行かなきゃ

「じゃあもう帰るね」
「今からまたバイト?」
「うん、明日は大学のあとに清掃バイトに行ってから来るよ」
「働きすぎじゃない?」
「貧乏暇なしだからね」

リュックを背負い玄関で靴を履こうとすると、今朝履いてきたスニーカーが見当たらない

「あれ?」
「ああそうだ、イライさんの靴だけど目も当てられないほどボロボロだったから捨てておいたよ」
「いやいやいや!僕に裸足で帰れっていうの?」
「フフっそれも面白いけどそこまで鬼畜じゃないよ」

そう言って真新しい靴を渡される
シンプルだけどオシャレな黒の革靴だ

「...給料から天引きじゃないよね」
「そんなわけないだろ、僕からイライさんへのプレゼント」
「本当?ありがとう...嬉しいよ」

プレゼントなんて生まれて初めてもらった
正直通学やバイトでかなり歩くから革靴はキツいけど、すごく嬉しい
履いてみると足のサイズもピッタリだ

「生まれて初めてプレゼントをもらったよ」
「大袈裟だな」
「そうだ、冷蔵庫に夕飯のオムライス入れてるから食べてね」
「ちなみにお肉入れた?」
「オムライスにお肉なんか入れないよ、お米と卵とケチャップで作るんだから。特別大サービスでケチャップ多めに入れておいたよ」
「...ほんと根っからの貧乏だよねイライさんって...可哀想になる」

プレゼントでもらった靴にルンルンでマンションを出ると、外で無咎が待っていた
ゲッと声が出そうになるのを抑えて足早に立ち去る

「おい、逃げるな」
「あー...何の用でしょうか」
「写真はまだか」
「すいません、もう少し待ってください」

写真はまだだしカメラは壊れて修理中だし、できれば今は会いたくなかった
無咎は威圧的で怖いんだよなぁ

「あ、あの...100万円なんですが、分割払いってできませんか?僕やっぱり人のスキャンダルを売るのは気が引けて」
「金で払うなら利子もきっちり払ってもらう、ちなみに今の借りは利子含めて1000万だ」
「1000万!?ちょっ、えっ!?おかしいですよ!」
「文句があるならあの日に渡した契約書を見てみろ、利子はこれからもどんどん膨れ上がるからな」
「そんな...」

聞いたことも無い大金に涙目になる
僕どうなっちゃうんだろう...こんなの一生かかっても返せないよ
情けなくグズっと鼻を鳴らすと、無咎が気まずそうに咳払いをする

「そう落ち込むな、今日は話をしに来ただけだ」
「話...?僕これからバイトなんですけど」
「手短に話す、あとバイト先まで送ってやる」

無咎は近くに停めた車の後部座席に僕を押し込み、有無を言わさず発車させた
乗りたくは無かったけどトランクに詰め込まれなかっただけ良かったかな
よくある任侠映画だとこの後コンクリート詰めにされて水の底だった

「助手席じゃないんですね」
「助手席は必安しか座らせない」
「...そうですか」
「お前、今ノートンの家に自由に出入りしてるみたいだな」

そりゃあれだけ堂々と出入りしてたらバレるよね
別に家政夫として働いてることはバレてもいいけど、それだけ近い距離にいるのにスキャンダルのひとつも持ってこないことを怒られそうだ

「家の中を物色したらお前が写真なんか撮らなくても女との写真が出てくるんじゃないか?」

ああやっぱり
でも無咎は怒っているというより不思議がっている感じだ
確かに掃除をしたらアルバムや過去の女性が残していったままらしいヘアゴムなんかも見つかった
もっと探せば写真も出てくるだろうし、スマホを見ることもできるかもしれない

「お前だって早くオレ達から開放されたいだろ?」
「外ではずっと気を張ってなきゃいけないから、家の中だけでも安心して暮らせるようにしておかないとダメな気がするんです」
「でも所詮は他人だ、知ったこっちゃないだろ」
「そう思えたら良いですけど...僕にはつらいです」
「お人好しだな」

プレゼントしてもらった靴に目を落とすと胸がチクッと痛んだ
怪しい僕に手を差し伸べてくれたノートンをいつか裏切ってしまうんだ、僕はお人好しなんかじゃない
結局自分が一番可愛いんだ

「とにかく、仕事は途中放棄できないからそのつもりでやれ」
「はい」
「あとこれ」

コンビニに到着すると無咎は真っ白なスニーカーを渡してきた

「いつも履いてるボロ靴じゃ雨の日に水が染みてくるだろ」
「え...ありがとうございます...」
「必安には絶対に言うなよ」

ノートンにも靴をもらったばかりだけど、僕ってそんなにみすぼらしく見えてたのかな?
でも今から朝まで立ちっぱなしだから素直にスニーカーはありがたい
無咎に靴と送ってもらったお礼を言うと、朝までコンビニバイトを頑張った
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