水の神話

 エスリン、シーロンの下で修行をしているミナト。
「はアッ!!」
 ミナトは右手に意識を集中させて、一気に手を突き出して広げた。そこから水が小さな川のように溢れ出す。
「やったーー!完璧だ!!」
「大分、神の力が強くなってきたわね。」
「だろ?秘めた力が今になってやっと出てきたってことじゃねえの?」
「でもまあ、水を出せただけで水のコントロールまでは出来てないから、全然たいしたことはないわね。」
「ち…それだってすぐに出来るさ!」
「とにかく、すぐ調子に乗らないこと。」
「分かったって。…ったく、自分だって調子に乗って俺をからかうくせに…。」
「何か言ったかしら?」
「はいはい、修行再開しまーす。」
「…ミナトはガキだな。」
 横から、シーロンが言った。これはミナトには聞こえていなかった。
「アマトに頼まれて、ミナトを守ってるんだってね。エスリンは。」
「ええ。まさかこんなに大変だとは思わなかったわ…だってあまりにもアマト様と違い過ぎてて…。」
「比べるのが間違ってるよ。アマトは、神々や人間界の王だろう。そんな人と比べるのは、酷だよ。」
「分かってるけど…。」
 ちらりとエスリンは横目でミナトを見た。ミナトは右手から水を出してそこらじゅうに水溜りを作っていた。
「遊んでないで真面目にやってよ。」
「真面目にやってるって。ほら、池を作ろうとしてんだけどさ。うまくいかねーや。」
「池を作ってどうするの。それより、水のコントロールよ。自分の意志で、水を操れるようにならなきゃ。」
「うーー…。」
「ミナト。俺が火を出すから、お前はそれを消すんだ。」
 シーロンが、ミナトに向かって手から火の玉を投げてきた。
「へへん。そんなの楽勝!」
 ミナトは水を出し、即座にその火の玉を消してみせた。
「じゃ、次いくよ。」
 シーロンが、今度はさっきのものより一回りほど大きな火の玉を放った。
「むっ…。」
 水が当たって、火の玉はじゅううと消えていった。
「はい、次。」
 間髪入れずに、シーロンは次々とさっきよりも大きな火の玉を繰り出してくる。
「わ、わわわわ…!」
 ミナトはいろんな方向に水を飛ばしたが、次々と飛んでくる炎の玉を全て消すことは出来なかった。
「ズルイよ!こんなの出来るわけねーだろ!」
 ミナトに飛んできた火の玉は、シーロンが片手を上げると全て消えた。
「水を上手くコントロール出来れば、火は全て消せるはずだよ。水は火より強いんだからね。例えば、俺がやったように水の玉を作ってみたり、水を雨にして降らせたりすれば、あんな火なんてすぐ消せるだろ?」
「ん~~…。そこまではまだ無理だよ…。」
「焦ることはないさ。そのうちきっと出来るようになる。そう思うことが大事だろ。」
 シーロンはにっこりと笑った。
「ああ!」
 ミナトは修行を続けた。

 とある海辺の村。
 海岸から海を見下ろしている男がいた。
 海はどす黒く濁り、泥のような塊が黒い波によって砂浜に運ばれ、辺り一面が汚れ切っていた。
 男は何も言わず、険しい表情で景色を眺めている。
 大きな体に、肩まで伸びた青い髪。ミナトに代わって海の王となったカイトであった。
 カイトは下唇を噛みしめると、崖から飛び降りて、波間に降り立った。
 波の上を、滑るように進んでいく。それに沿って、黒い飛沫が上がった。
「許せん…!」
 カイトは怒りに燃えた目で、海の向こうへ遠ざかっていった。

 ミナトたちは、海岸沿いに東へと進んでいた。
 途中、小さな漁村に立ち寄った。
 村人たちはいたが、皆生気のない顔だった。
 しかも、年寄りばかりで、若者や子供は一人もいない。
「…もう、この村は終わりなんです…。」
 話を聞くと、村長である老人は言った。
「終わりって何が?」
「…村の子供たちや若者たちは皆、悪魔にさらわれてしまいました。もう、今頃はオロチの餌に…。」
「オロチ?」
 ミナトは眉をひそめた。初めて聞く言葉だった。
「恐ろしい怪物のことです。悪魔に捕らえられた者は皆、オロチに食べられてしまうのです。」
「そいつ、どこに住んでんだよ?」
「分かりません。とにかく恐ろしい怪物としか知りません。オロチのもとへ行った者は皆帰って来ないのですから…。」
 村長は、顔を両手で覆った。
「俺が退治してきてやるよ。」
 ミナトの言葉を聞くと、村長は顔を上げ、両手を合わせて懇願した。
「神様…どうかお願いします…。オロチに食べられた者を返してほしいとは言いません。しかし、このままでは私たちの村だけでなく、他の町や村も滅ぼされてしまう…。どうか、どうか…。」
 村長は平伏した。
「分かったって。でも、そいつがどこにいるのか分からないとどうしようもないな。」
「オロチの居場所は分かりませんが、村を襲った悪魔たちは、海に毒をまき散らしながら、海のかなたへ逃げていきました。」
「何!?海に毒を!?」
「はい…そのせいで、魚は死に、私たちもいずれは餓えて死んでしまう…。」
「くそっ、森だけでなく、海にまで毒を…。」
 ミナトは樹海の出来事を思い出した。
「私、見てくるわ。もしかしたら、毒を浄化出来るかもしれない。」
「そっか!エスリンの浄化の力ならもしかして…。」
 エスリンが外に出て行った。
「村長さん。諦めるのは早いぜ。悪魔に捕まった人間たちが死んだって決め付けるのは。生きてることを願って待ってろよ。必ず、俺たちが取り返してくるからさ。」
 ミナトはにっと笑って見せた。しかし、村長の顔は曇ったままだった。

 毒の海が広がっていた。
「酷い…。」
 エスリンは思わず呟いた。
 目を閉じ、意識を集中させた。清らかな光が生まれ、エスリンの体から光の波が溢れ出し、海へと注がれていく。
 黒く淀んだ水は、清浄な光に溶けて、やがて透明さを取り戻していった。
 エスリンは気を集中させていた。広い海を浄化するために、それだけの気力と体力が消耗されていった。そして、エスリンは近付いてくる気配に気付くことも出来なかった。
「エスリン!!」
 ミナトの叫び声が響いた。
 目を開けたとき、エスリンの目の前には何も見えなかった。
「エスリンーー!!」
 ミナトの声が小さくなっていく。そして、そのままエスリンの意識は薄れていった…。

「ちくしょう!エスリンが悪魔に捕まっちまった!!」
 ミナトは悔しそうに、エスリンをさらっていった影を睨み付けていた。
「すぐに追いかけよう。」
 シーロンが竜に変身した。その背にミナトが乗ると、シーロンは影を追って飛んだ。
(…もしかしたら、俺たちは奴におびき寄せられているのかもしれない。)
「けど、エスリンがさらわれたんだ!このままには出来ねーよ!」
 シーロンは猛スピードで前方の影を追いかけていたが、影は突然消えた。
(どこに消えたんだ?)
 シーロンは影の消えた場所に立ち止まった。辺りは濃い霧に包まれている。
「何やってんだよ!シーロンのくせに見失うなんて!」
(消えたんだ…ここで。この近くに、何かがあるのかもしれない。)
 シーロンは赤い目をこらして、霧の奥を見つめた。何か建物のようなものが見えた。
(突っ込むぞ。)
 ミナトはシーロンにしがみついた。シーロンはそのまま、霧の中に突入していった。
 霧の中に浮かび上がったのは、美しい青い宮殿だった。
 小さな島の上に建てられており、宮殿の周りには砂浜が広がるばかりだった。
「こんな所に、何で…?」
 シーロンの背から飛び降り、ミナトは駆け出そうとした。それを人型に戻ったシーロンが止めた。
「待て。早まるな。」
「だって、エスリンが!」
「落ち着け。大丈夫だ。エスリンがさらわれてから、そんなにたってない。冷静さを失った頭では、助けられるものも助けられない。」
「…そうだな…。」
 ミナトは少しだけ落ち着きを取り戻した。だが、エスリンが心配でならなかった。
「それに、エスリンはお前と違って冷静だし、強いだろ。」
 にこっとシーロンは笑って言った。
「…ふん。」
 ミナトはすねたが、シーロンの一言で、大分気が楽になった。
 ミナトたちは警戒しながら、静かに宮殿の内部へ入っていった。
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