第2章「炎の目覚め」

「それは…。」
「俺は、地獄里でさんざん、鬼だの妖怪だのと罵られてきたんだ。なのに、いきなり知らない奴に守るって言われても…。あの時はじじいを殺されて混乱してたけど、よく考えたら変だろ。俺を騙そうとしてんじゃねえのか?」
「私はそんな人間じゃないわ。そんなふうに見える?」
「俺はもう、何もかも信じられねえ。今までだって、そうだ。じじいしか信じられなかったんだ。だからもう、俺が信用できる奴は誰もいねえ。」
 エンマに疑いの目を向けられ、蓮花の心に怒りが湧いたが、エンマの緑色の目の向こうに、深い悲しみが宿っているのが分かると、蓮花は同じように悲しい気持ちになった。
「…そうね。あなたがそういうふうに思っても、仕方ないかもしれない。私だって、同じ立場だったら、誰も信じられなくて、どうしていいか分からなくなるかもしれないわ。」
 蓮花は、まっすぐにエンマを見て言った。
「でも、私はエンマが魔物だとは思ってないわ。だって、そんなに人間らしい心を持ってるんだもの。おじいさんを亡くしても、魔物だったらそんなに悲しんだりしないわ。それに、あなたが魔物だろうと人間だろうと、本当は、そんなことはどうでもいいことじゃない。あなたのおじいさんだって、そうでしょう?あなたが魔物だからとか、人間だからとか、そんなことはどうでも良かったと思うわ。」
「…あんたも、じじいと同じことを言うんだな…。」
「ほら、ね。正直言って、花霞の里の人たち皆はどう思うか、分からないわ。だけど、私はそう思ってる。それにね…、私はエンマのお母さんをすごく尊敬していたのよ。だから…。」
 蓮花は、そこまで言うと急に恥ずかしそうな顔をした。
「と、とにかく、何が何でも里に連れて行くわよ。あなたに信用されなくたって、私は私のやるべきことをするだけなんだから。」
「…分かったよ。とりあえずそこに行くしか他に道はなさそうだしな。あんたを信じてみるさ。」
 エンマは、少しだけ笑ったようだった。
 夜が深まり、もう真っ暗で道が見えなくなった。
 蓮花は、魔物の嫌う場所を選んで進んでいた。
 水のせせらぎを聞きつけて、その音を辿った蓮花は、そうして辿り着いた川辺で休むことにした。
 エンマは、疲れた体でぐったりと仰向けになった。
 天には、星空が迫るように広がっていた。
 数秒で眠りに落ちたエンマは、昨夜起こった出来事を、夢に見ていた。
 業火に焼かれる家。黒い魔物。草吉。
 魔物が、草吉の肉を食べていた。
 草吉は生きていた。生きながら、魔物に喰われているのだ。
 血と炎が混ざり合い、真っ赤になった家の中で、体のあちこちを食べられ、襤褸布のようになった草吉は、それでも生きていて、エンマの方を見ていた。
 その顔が、爛れて溶け、崩れていく。
 草吉の優しい顔が、醜い魔物と化していく――。
「うわああああーーーーーっ!!」
 エンマは絶叫と共に飛び起きた。
 心臓の鼓動がドクドクと頭に響いていた。
「エンマ?どうしたの?」
 座ったまま、うとうととしていた蓮花は、目を擦りながらエンマの方を見た。
「な、何でもねえっ!」
 エンマは、わざと乱暴に地面に体を叩きつけるようにして横になった。
 忘れたくても忘れられない光景。
 目を閉じても、赤い炎が見えてくるようだった。
 冷静さを取り戻したつもりでいたが、簡単に切り替えられるほど、クールな性格のエンマではなかった。
 ――眠れない。
 天を仰ぐと、星々の中に草吉の姿が見えるような気がした。
 ドクドクと心臓の音が高鳴り、血が沸き立つような感覚を覚えた。
 知らないうちに流れていた涙が、波のように視界をゆらめかせ、エンマに幻を見せていた。
 平和な家と、笑顔の草吉。
 もう二度と帰れない場所がそこにあった。
 冷たい悲しみは、次第に熱を持ち、激しく燃える怒りへと変わっていった。
 火が燈った。
 小さな火が幾つも幾つも燈り、それらが中心に集まっていった。
 エンマの魂の深くで眠っていた炎が目覚めた。
 緑色の目は、何気ない景色の奥を捉えていた。
 足は、怒りの方向へと駆け出していた。
 どこを走っているのかも分からない。
 しかし、その道を辿れば、敵が待っているであろうことは感じていた。
 エンマは、己の火が照らす道を、ただひたすら走った…。
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