第1話「魔物少女」

 少女は再び、人々の前にさらされた。
 杭に縛り付けられ、身動き出来ない状態にされていた。
 少女はぐったりとして、全てを諦めていた。
 しかし、人々のざわめきの間から、あの青年が現れた。
「てめえは!」
 赤ら顔の男が叫んだ。
「こいつを生き返らせたんだってな!なんて野郎だ!」
「やめた方がいい。」
 青年は、静かに言った。
「こんなことして、死んだ人間が生き返るか?」
「うるせえ!そんなことは分かってるさあ!ただ俺らは、憎しみをぶつけたいだけだ!復讐だ!その娘を殺さなきゃ気が済まないんだよお!」
 赤ら顔の男はいきりたって叫んだ。
「だったら、お前も人殺しだな。」
「何だと!?」
 青年は、少女の方に近付いて来たが、村の者に行く手を阻まれた。
「何する気だ?まさかあの娘を助けようってのか?」
「あんたらがやめそうにもないからな。」
 村の者は、青年を突き飛ばそうとしたが、何故か体がその通りに動かなかった。まるで、見えない力に押さえつけられているかのように。
 青年は、少女を縛り付けていた縄を解いた。
 少女は、戸惑ったようにして青年を見上げていた。
「この野郎!」
 赤ら顔の男が、群衆の中から飛び出してきた。そして、青年に殴りかかったが、一瞬、びくりと怯えたような顔つきになって、動きを止めた。
 何か、恐ろしいものが、青年の背後から飛び出してくるような感覚を覚えたのだ。
 青年は、無表情で赤ら顔の男を見ていた。
「くそ!お前も魔物の仲間だな!」
 赤ら顔の男は、石を拾って青年に向かって投げつけた。石は青年の額に当たって、額から細く血が流れ出た。
「ははは!ざまあみろ!!」
 それに続いて、人々は青年に石を投げ始めた。
 青年は石の雨を浴びながら、少女を抱きかかえてその場を走り去った。

 村から離れた川原まで逃げて来た。
 辺りはすっかり暗くなっていた。
 青年は、血だらけになった顔を、川の水で洗っていた。
 少女は困ったような顔で、青年を見ていた。
「お前はもう自由だ。ただ、あの村には近付かない方がいい。」
 青年は振り向きもせずに言った。
「お前は村人を刺激してしまう。」
 少女は黙っていた。ただ、おどおどと、青年の様子を窺っていた。
「…自分でも気付いていなかったんだな。魔物に変身しちまうってことに。」
 青年は振り返って、少女を見た。
「さっき、魔物の姿になったお前の心に話しかけた。魔物のお前の心は、滅茶苦茶だった。それをどうにか鎮めたんだ。だからもう、お前は魔物には変身しないだろう。」
 青年は少し考えてから、言った。
「ここから少し遠いが、お前にはうってつけの村がある。そこに行けば、お前も自由に暮らせるだろう。」
 少女は顔を上げ、大きな目で青年を見つめた。
「ただし、住んでいる者は人間じゃないがな。」
 にやりと青年は笑みを浮かべた。
「まあ、行けば分かるさ。」
 青年は、肩から提げていた袋から毛布を取り出して、少女に投げた。
「とにかくもう寝ろ。」
 ごろりと青年は横になったかと思うと、すぐに寝息を立て始めて、眠ってしまった。
 少女は毛布をじっと眺めていたが、嬉しそうに微笑み、毛布にくるまって眠った。
 温かい。
 今まで感じたことのなかった心地よい感触に、思わず涙がこぼれた。

 朝になった。
 少女が目を覚ましたときには、一人だった。
 青年の姿がない。
 心に冷たいものが走って、少女は毛布から飛び出し、辺りを見回した。
 しかしすぐに、その不安はなくなった。
 林の中から、青年がふらりと現れたのだ。
 手に果物や草を持っていた。
「食べられそうなものがないか探してたんだ。俺は、肉は食わないんでね。足りなかったら、また取ってくるか?近くに、桃の木があったよ。」
 青年はいくつかの果物を少女に渡して、自分は雑草のような草をばりばりと食べ始めた。
 少女は涙を流した。ほっとしたのと、嬉しさで。
「…ひどい姿だな。」
 青年は、少女をじっと見て、ぼそりと呟いた。
 少女の顔は黒く汚れていて、その中で大きな目だけが光っている。髪はぼさぼさで、服とも呼べないようなぼろきれを身にまとっている。
「俺にも、お前が何者なのか分からんが…、普通の人間でないことは確かだな。」
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