魔源郷
しばらく進んで、アリスたちの姿は遥か彼方だろう。誰も、追いかけてくる気配もない。
「やっと、二人きり…いや、二人ってのもおかしいかな。自分同士なのに。」
ラムが楽しそうに、フィンの顔を覗き込んだ。
「俺は、まだお前に言っていないことがある。」
フィンは無表情で言った。
「何さ?」
「償いとは、己自身との戦い。…確かに俺は、一度はお前に負けて、浄化能力を失ってしまった。だが、今の俺は、お前に勝てる。お前を浄化することが出来る。」
「どういうことさ?」
ラムの顔がこわばった。
「今のお前…ラムは、魔物と同じ状態だ。魔物は、苦しみながら暴れている。俺は感じる。肉体の本当の持ち主が、自分を取り戻そうとして苦しんでいるのが。ラム、お前はブランデーに棲み付いた魔物だ。それを、俺が浄化して元のブランデーに戻してやる。」
「そんなことが出来るものか!ブランデーなんて、もうとっくに死んださ!」
「いや、死んでない。今なら、過去の俺を浄化出来る。過去を乗り越えるものを得ることが出来たから。」
「何だよ…それ…。」
次第に、ラムの声が小さく、弱くなっていった。
「過去の俺はもう、いらない。今の俺は使命のために生きて、銀の民の願いを受け継ぐために生きる。永遠に生き続ける覚悟が出来たんだ!」
フィンが両手をラムの胸に当てた。
ラムの体が強い光に包まれて、体から、黒い煙のようなもの――邪念――が噴き出した。
「…最後に父さんに教わっていたんだ。もしも、自分と対決することがあったなら…、それに負けない強い心で立ち向かえ、と。」
邪念は、一塊になろうとするかのように、ぐるぐると渦を巻きながら、一点へと集中し始めた。
フィンは両手に力を込め、ラムの胸に強く押し付けていた。額からは、汗が噴き出していた。
邪念は、必死にもがいていた。ラムの体に戻ろうとして、周囲を旋回しては、フィンの発する光に当たると、塊が霧散して散り散りになっては、また一塊になって、ということを繰り返していた。
「過去を受け入れ、俺はこの先も生きる!一切の迷いはない!この剣に誓う!!」
フィンは、背中の剣を取り出し、天に向かってまっすぐに突き立てた。
空を覆う重い雲に、一筋の切れ目が入るようにして、天が割れた。
天から剣へと、光が降り注いだ。
今まで錆び付いていた剣が、輝きを取り戻したかのように見えた。銀の美しい刀身。
フィンはその剣で、一塊になって襲い掛かってきた邪念を切り裂いた。
一瞬の出来事。
切り裂いたとき、剣から眩しい白い光がほとばしった。
思わずフィンは目を閉じた。
まぶたに浮かぶ、暗闇。
そこに消えていく、過去の自分がいたような気がした。
大気が静かになった。
フィンの手に握られている剣は、元の錆び付いた剣に戻っていた。
邪念は、どこにも存在していなかった。
邪念は、消滅した。
「…君は…。」
長い眠りから覚めたように、ブランデーは薄く目を開けた。
「ここは…?」
「あんたの行く所なら、すぐ近くにある。そこへ行くんだ。…仲間がいる。」
フィンは、ジンジャーたちのいる方向を、指で指し示した。
ブランデーはそれを聞くと、ふらふらとその方向へ向かって歩き出した。
それをフィンは見守ると、踵を返して、前方にまっすぐ伸びた一本道をゆっくりと歩き出した。
フィンの目には、曇りがなかった。迷いもない。
「待ってろよ、アリス。もう、一人にはしない。必ずいつか、迎えに行く。」
フィンは心でそう呼びかけた。強く思った。
この先、どれだけの魔物を浄化するのだろう。
いつまで続くのだろう。
しかし、一つはっきりしていることがある。
自分を待つ者がいること。
永遠を分かち合う仲間がいること。
遠く離れていても、心は通じている、絆で結ばれている。
もう、一人ではない。
終わりのない償いでも、永遠を共有する者がいれば、救いになる。
光も闇も見えない道を歩いていた。
そこへ、ついてきた者たち。
いつの間にか失くしてしまった自分を取り戻してくれた。
そして生まれた絆。希望。
それが、これからの道を照らす光となって、進む方向を示してくれるだろう。
「あたし、ずっと待ってる。」
アリスは答えた。
「あれは…!」
ジンジャーは、咄嗟に身構えた。
前方からこちらへと、ゆっくり近付いて来る者がいた。
「ラム!?」
しかし、その者はふらふらと、今にも倒れそうな弱々しい足取りで、頼りなく歩いてくる。
「違うわ、ジンジャー。あの人はブランデーよ。この体がそう言ってる。」
アリスは胸に手を当てた。
「ブランデーだと!?それじゃあ…。」
ジンジャーは駆け出して、ブランデーの元へと走っていった。その後を、アリスとテキーラも追う。
「ブランデー!!」
ジンジャーは、ついに道に倒れ込もうとしたブランデーの体を抱き止めた。そして彼の顔を覗き込んだ。虚ろな彼の目が、ジンジャーを捉えた瞬間、その青い目は僅かな光を取り戻した。
「…ジンジャー…。」
乾いた声が、彼の喉元から弱々しく絞り出された。
「やっと解放されたんだな…フィンの力で…。」
ジンジャーは、親友を腕に抱いたまま、微笑んだ。
「僕は…。」
「ブランデー。やっと会えたな。俺はずっとお前を探していた。もう、お前を見捨てたりしない。お前の生き方は、お前にしか決められない。だから、もう押し付けは止める。お前を助けたい。それだけだ。」
「ジンジャー…。僕はもう…死んだものかと…。」
「いや、生きている。」
「…僕は生きることを捨てていた…。でも…何故か今、こうしてお前と話が出来る。」
ブランデーは本来の微笑みを浮かべて言った。
「僕は…フィズに会いたい。」
それを聞いて、ジンジャーは後ろを振り返った。
「…ブランデー。フィズはここにいる。」
「フィズ…。」
アリスは何も言わずに、ブランデーの両手を、フィズの両手で握り締めた。冷たいブランデーの両手に、温もりが伝わってきた。
ブランデーは、目の前にいる幼い少女が、フィズではないと分かっていた。しかし、その手は、紛れもなくフィズの手だと分かった。自分の体から生まれて育った、娘の体だと、触れただけで感じた。
「ありがとう…。」
ブランデーは目を閉じ、眠りの中へと再び帰っていった。その表情は穏やかで安らかで、幸福に満ちた笑顔だった。
四人は、明るい月の照らす道を歩いていた。
そして、これからも永遠に生き続けるのだろう。
フィンの帰りを待ち続けながら。
「死ぬのは恐ろしい、と人間が思うのは、今この瞬間を生きている『自分』を失いたくないから。『自分』を失いたくないから、人間は仲間を求める。その関わりの中で、人間は『自分』の存在、『自分』という命を確かめている。
『自分』とは、他者との関わりによって強く認識出来る。『自分』の存在を証明することは、『自分』が生きていることを実感することと同じ。そして、『自分』も『他者』も同じ人間であり、同じ命だと認識したとき、そこに何の違いもないということに気付く。
どこに生まれようと、何者に生まれつこうと、全ての人間に違いはない。『自分』も『他人』も同じ。それぞれが生まれた時代や世界に、それぞれの尺度があり、その中で、どの人間も生きる。苦しくて泣く者、苦しくても笑う者、それだけの違い。どう感じるかは人それぞれ。人間は、自由に考えることが出来るのだから。
生きる意味が分からなければ、自分で勝手に考えて付ければいい。本当のことなど誰も分からないし、正しい答えも間違った答えもないのだから。自分で考えて辿り着いた意味や答えなら、それが『本当』であっていい。それを信じて生き続ける。それが、考える自由を得た人間の希望となるだろう。――フィンよ。」
あれから、何百年たったのでしょう。
フィンはまだ帰って来ません。
私たちは、ずっとフィンの帰りを待ち続けています。
私と、ジンジャーと、テキーラと、お父さんは、世界を旅して回りながら、生きています。皆、相変わらずです。
ただ、皆人間を殺すことをやめました。生きていけるだけの血を吸い取れれば、それ以上の殺生は無駄だと、皆そう思っているようです。
時折、他の国の争いのニュースを耳にします。
それを聞くたび、心が痛みます。
どうして、人は争うのでしょうか。
本当の「平和」は、いつになったらやって来るのでしょう。
それは、人間が、「銀の民」と同じ場所に行き着いたときに、訪れるのでしょうか。
そうなったら、フィンは帰って来るような気がします。
今はまだ、全ての魔物を浄化してはいないのでしょう。
「魔物」はまだいるのです。
旧世界で造られた魔物はいなくなったように思われます。
でも、新たにこの世界で生まれた「魔物」がどこかにいるのです。
それを、フィンは浄化し続けるのでしょう。
世界が良い方向へと成長していきますように。
私は、フィンと共に願っています。
そして、私は祈っています。
どうか、フィンが帰ってきますように。
フィンを、明るい笑顔で迎える日を、私はずっと待ち続けます。
<未完・彼らの物語はこれからも続く…>
「やっと、二人きり…いや、二人ってのもおかしいかな。自分同士なのに。」
ラムが楽しそうに、フィンの顔を覗き込んだ。
「俺は、まだお前に言っていないことがある。」
フィンは無表情で言った。
「何さ?」
「償いとは、己自身との戦い。…確かに俺は、一度はお前に負けて、浄化能力を失ってしまった。だが、今の俺は、お前に勝てる。お前を浄化することが出来る。」
「どういうことさ?」
ラムの顔がこわばった。
「今のお前…ラムは、魔物と同じ状態だ。魔物は、苦しみながら暴れている。俺は感じる。肉体の本当の持ち主が、自分を取り戻そうとして苦しんでいるのが。ラム、お前はブランデーに棲み付いた魔物だ。それを、俺が浄化して元のブランデーに戻してやる。」
「そんなことが出来るものか!ブランデーなんて、もうとっくに死んださ!」
「いや、死んでない。今なら、過去の俺を浄化出来る。過去を乗り越えるものを得ることが出来たから。」
「何だよ…それ…。」
次第に、ラムの声が小さく、弱くなっていった。
「過去の俺はもう、いらない。今の俺は使命のために生きて、銀の民の願いを受け継ぐために生きる。永遠に生き続ける覚悟が出来たんだ!」
フィンが両手をラムの胸に当てた。
ラムの体が強い光に包まれて、体から、黒い煙のようなもの――邪念――が噴き出した。
「…最後に父さんに教わっていたんだ。もしも、自分と対決することがあったなら…、それに負けない強い心で立ち向かえ、と。」
邪念は、一塊になろうとするかのように、ぐるぐると渦を巻きながら、一点へと集中し始めた。
フィンは両手に力を込め、ラムの胸に強く押し付けていた。額からは、汗が噴き出していた。
邪念は、必死にもがいていた。ラムの体に戻ろうとして、周囲を旋回しては、フィンの発する光に当たると、塊が霧散して散り散りになっては、また一塊になって、ということを繰り返していた。
「過去を受け入れ、俺はこの先も生きる!一切の迷いはない!この剣に誓う!!」
フィンは、背中の剣を取り出し、天に向かってまっすぐに突き立てた。
空を覆う重い雲に、一筋の切れ目が入るようにして、天が割れた。
天から剣へと、光が降り注いだ。
今まで錆び付いていた剣が、輝きを取り戻したかのように見えた。銀の美しい刀身。
フィンはその剣で、一塊になって襲い掛かってきた邪念を切り裂いた。
一瞬の出来事。
切り裂いたとき、剣から眩しい白い光がほとばしった。
思わずフィンは目を閉じた。
まぶたに浮かぶ、暗闇。
そこに消えていく、過去の自分がいたような気がした。
大気が静かになった。
フィンの手に握られている剣は、元の錆び付いた剣に戻っていた。
邪念は、どこにも存在していなかった。
邪念は、消滅した。
「…君は…。」
長い眠りから覚めたように、ブランデーは薄く目を開けた。
「ここは…?」
「あんたの行く所なら、すぐ近くにある。そこへ行くんだ。…仲間がいる。」
フィンは、ジンジャーたちのいる方向を、指で指し示した。
ブランデーはそれを聞くと、ふらふらとその方向へ向かって歩き出した。
それをフィンは見守ると、踵を返して、前方にまっすぐ伸びた一本道をゆっくりと歩き出した。
フィンの目には、曇りがなかった。迷いもない。
「待ってろよ、アリス。もう、一人にはしない。必ずいつか、迎えに行く。」
フィンは心でそう呼びかけた。強く思った。
この先、どれだけの魔物を浄化するのだろう。
いつまで続くのだろう。
しかし、一つはっきりしていることがある。
自分を待つ者がいること。
永遠を分かち合う仲間がいること。
遠く離れていても、心は通じている、絆で結ばれている。
もう、一人ではない。
終わりのない償いでも、永遠を共有する者がいれば、救いになる。
光も闇も見えない道を歩いていた。
そこへ、ついてきた者たち。
いつの間にか失くしてしまった自分を取り戻してくれた。
そして生まれた絆。希望。
それが、これからの道を照らす光となって、進む方向を示してくれるだろう。
「あたし、ずっと待ってる。」
アリスは答えた。
「あれは…!」
ジンジャーは、咄嗟に身構えた。
前方からこちらへと、ゆっくり近付いて来る者がいた。
「ラム!?」
しかし、その者はふらふらと、今にも倒れそうな弱々しい足取りで、頼りなく歩いてくる。
「違うわ、ジンジャー。あの人はブランデーよ。この体がそう言ってる。」
アリスは胸に手を当てた。
「ブランデーだと!?それじゃあ…。」
ジンジャーは駆け出して、ブランデーの元へと走っていった。その後を、アリスとテキーラも追う。
「ブランデー!!」
ジンジャーは、ついに道に倒れ込もうとしたブランデーの体を抱き止めた。そして彼の顔を覗き込んだ。虚ろな彼の目が、ジンジャーを捉えた瞬間、その青い目は僅かな光を取り戻した。
「…ジンジャー…。」
乾いた声が、彼の喉元から弱々しく絞り出された。
「やっと解放されたんだな…フィンの力で…。」
ジンジャーは、親友を腕に抱いたまま、微笑んだ。
「僕は…。」
「ブランデー。やっと会えたな。俺はずっとお前を探していた。もう、お前を見捨てたりしない。お前の生き方は、お前にしか決められない。だから、もう押し付けは止める。お前を助けたい。それだけだ。」
「ジンジャー…。僕はもう…死んだものかと…。」
「いや、生きている。」
「…僕は生きることを捨てていた…。でも…何故か今、こうしてお前と話が出来る。」
ブランデーは本来の微笑みを浮かべて言った。
「僕は…フィズに会いたい。」
それを聞いて、ジンジャーは後ろを振り返った。
「…ブランデー。フィズはここにいる。」
「フィズ…。」
アリスは何も言わずに、ブランデーの両手を、フィズの両手で握り締めた。冷たいブランデーの両手に、温もりが伝わってきた。
ブランデーは、目の前にいる幼い少女が、フィズではないと分かっていた。しかし、その手は、紛れもなくフィズの手だと分かった。自分の体から生まれて育った、娘の体だと、触れただけで感じた。
「ありがとう…。」
ブランデーは目を閉じ、眠りの中へと再び帰っていった。その表情は穏やかで安らかで、幸福に満ちた笑顔だった。
四人は、明るい月の照らす道を歩いていた。
そして、これからも永遠に生き続けるのだろう。
フィンの帰りを待ち続けながら。
「死ぬのは恐ろしい、と人間が思うのは、今この瞬間を生きている『自分』を失いたくないから。『自分』を失いたくないから、人間は仲間を求める。その関わりの中で、人間は『自分』の存在、『自分』という命を確かめている。
『自分』とは、他者との関わりによって強く認識出来る。『自分』の存在を証明することは、『自分』が生きていることを実感することと同じ。そして、『自分』も『他者』も同じ人間であり、同じ命だと認識したとき、そこに何の違いもないということに気付く。
どこに生まれようと、何者に生まれつこうと、全ての人間に違いはない。『自分』も『他人』も同じ。それぞれが生まれた時代や世界に、それぞれの尺度があり、その中で、どの人間も生きる。苦しくて泣く者、苦しくても笑う者、それだけの違い。どう感じるかは人それぞれ。人間は、自由に考えることが出来るのだから。
生きる意味が分からなければ、自分で勝手に考えて付ければいい。本当のことなど誰も分からないし、正しい答えも間違った答えもないのだから。自分で考えて辿り着いた意味や答えなら、それが『本当』であっていい。それを信じて生き続ける。それが、考える自由を得た人間の希望となるだろう。――フィンよ。」
あれから、何百年たったのでしょう。
フィンはまだ帰って来ません。
私たちは、ずっとフィンの帰りを待ち続けています。
私と、ジンジャーと、テキーラと、お父さんは、世界を旅して回りながら、生きています。皆、相変わらずです。
ただ、皆人間を殺すことをやめました。生きていけるだけの血を吸い取れれば、それ以上の殺生は無駄だと、皆そう思っているようです。
時折、他の国の争いのニュースを耳にします。
それを聞くたび、心が痛みます。
どうして、人は争うのでしょうか。
本当の「平和」は、いつになったらやって来るのでしょう。
それは、人間が、「銀の民」と同じ場所に行き着いたときに、訪れるのでしょうか。
そうなったら、フィンは帰って来るような気がします。
今はまだ、全ての魔物を浄化してはいないのでしょう。
「魔物」はまだいるのです。
旧世界で造られた魔物はいなくなったように思われます。
でも、新たにこの世界で生まれた「魔物」がどこかにいるのです。
それを、フィンは浄化し続けるのでしょう。
世界が良い方向へと成長していきますように。
私は、フィンと共に願っています。
そして、私は祈っています。
どうか、フィンが帰ってきますように。
フィンを、明るい笑顔で迎える日を、私はずっと待ち続けます。
<未完・彼らの物語はこれからも続く…>
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