魔源郷
奪った飛行船に乗って、フィンはムーに帰って来た。
悲しみと虚しさを抱えて。
自分のしたことを、父に告げるために、帰って来た。
そして、フィーネのこと。
「フィン。こうなることは、知っていた。」
父である大神官は、暗い顔で言った。
フィンは黙って下を向いて聞いていた。
「…お前が罪を犯すという未来を、私は見ていた。だが、止められなかった。人間の心がある限り、お前を止めることなど出来はしない。お前を責めることも出来ない。だが、罪は罪だ。お前はしてはならないことをしてしまったのだ。それも、神官という身でありながら。お前の罪は重い。分かっているだろう。」
「分かっています。…ただ…。」
フィンは、向かい合っている父の顔を見た。
「言いたいことがあるなら、今のうちに言いなさい。」
「二つあります。一つは、私がビールを殺したことで、ムーへのこれ以上の侵略はないのか。もう一つは、フィーネのことです。」
「お前がしたことによる結果か…。確かに、アトランティスはビールの死を受けて撤退していった。これ以上の被害はもうないだろう。だが、お前のしたことが許されるわけではない。ビールの死は、アトランティスにとっては損失であり、その家族にとっては悲しみだ。お前と同じようにな。アトランティスにも心のある人々がいる。それはムーと同じことだ。お前は、ムーの人々を殺したも同然なのだ。」
「はい…。」
「人の命がどういうものか、修行の中で分かっていたはずだ。お前を鬼にしたのは、フィーネへの執着によるものだ。」
「執着?妹なんですよ。あんな姿にされていたら誰だって…。」
フィンは反論した。
「それ、それが執着だ。他のことにはおとなしく聞いていたのに、妹のこととなるとむきになる。フィーネも同じだったな。フィンのこととなると…。」
「…父さん。フィーネは身ごもっていたそうです。」
大神官長は頷いた。
「知っていたのですか?」
「いや。今知ったことだが…。」
「では、フィーネには恋人がいたんですね。」
「いや、そんなはずがない。そんな話も聞いたことがない。フィーネは他人を恐れている。」
「…じゃあ、一体…。」
「おそらく、想像が具現化したのだろう。」
「まさか…!」
フィンは動揺していた。
「…何か知っているのか?」
「実は…恥を忍んで言いますが…、フィーネの夢をよく見ました。フィーネも、同じように私が出てくる夢を見ていたと…。そして…夢の中で交わりました。でもそれはあくまでも夢です。現実にフィーネとそんなことをするはずがありません。」
「それはそうだろう。二人の夢か…。お前たちは銀の民の末裔と言われているが…それに何か関係があるのかもしれない。二人の夢が通じ合って…現実にも影響を及ぼした可能性がある。」
「では私は…フィーネだけでなく、その子供までなきものに…。」
「自分を責めずともよい。しかし、これからは贖罪のために生きねばならぬ。多くの命を奪ったお前には、これから儀式を行う。」
フィンは、台座に寝かされた。
大神官の秘術によって、フィンは仮死状態となった。
フィンは一度死んだ。
罪を犯した「フィン」という人間の闇の部分。それが引き剥がされて。
フィンは生まれ変わった。
背中に大剣を背負って。
その大剣は、ムーに古くから伝わる剣だった。
何故か、何も斬ることも傷つけることも出来ない剣。
それは、重くフィンの背中にのしかかった。
罪を自覚せざるを得ない、罪の象徴。
そしてそれは、見る者を恐怖で圧倒した。
フィンだけが、それを感じないのだ。
フィンの内には、「使命」しかなかった。
あの事件以降、魔物は世界中に散らばってしまった。
苦しむ魔物を探し出して浄化する。
他には、何もなくなった。
涙も出ない、からからに乾いた心。
人の肉体と結びついて存在しているもの――念。
肉体が滅んでも、「念」はしばらくの間、生の世界に留まっている。
その「念」はあちらこちらに散らばっている。
生前の思いが強ければ強いほど、「念」は生の世界に留まり続ける。
生きている者に、何らかの影響を与える。
その「念」を感じたものだけに。
大神官のミスではなかった。
あまりにも、その「念」は強すぎた。
「フィズ…。」
死にかけた生者の肉体が、一心に呟いていた。
その者の弱った肉体に、その「念」は入り込んだ。
宿主を探していたのだ。
その者の肉体は復活した。
邪悪な「念」によって。
一方、新たに生まれたものもあった。
フィンとフィーネの子供。
フィーネの腹の中で、自らの危機を察知したその子供は、「力」を使い、自身の体を未来へと飛ばした。
未来世界の誰かの子宮に宿ったのだ。
生まれた子供は、銀髪に緑の目をしていた。
母親は、気味悪がって、彼を捨てた。
彼の名は「リオル」といった。
その話はのちの物語へと繋がる。
人間は、眠っているとき、まるで死んでいるかのように見える。
しかし、その肉体は命を保っている。
それは、目に見えない力が働いているためである。
肉体の命を保つ力。
それは植物に似ている。
人間は眠っているとき、植物となる。
人間が眠っているとき、起きている間に人間を動かしている力はどこにあるのか?
それは、目覚めたときに肉体に活力を与えるために、力の源へと帰って休息しているのである。
力の源、それは人間の生きる世界とは別にある。
力は、人間の世界とその世界を行き来している。
それは、他の動物も同じことで、生き物は皆、力の循環を通して生きているのである。
「全ては、犠牲の上に成り立っている。
皆が生き続けることは出来ない。皆が幸せであることはない。
平等ということはない。
自然の流れに逆らうことは出来ない。
逆らうことは、世界を破壊することに繋がる。
世界の安定のためには、流れに身を任せることだ。
しかしながら、そこに苦悩して生きるのが人間だ。
何かを犠牲にしながら、それでも前へ進もうとする。
それが人間の生き方。それが自然の摂理。
苦しむことは、決して悪いことではない。
むしろそれこそが、人間の証。
何も感じなくなったら、人間ではない。
苦しみを背負い、償いなさい。
償いとは、己自身との戦いなのだ。
苦しむことを止めたとき、それは己の死を意味する。
生きることは、苦しむことなのだ。
そして、苦しみはいつか、救いへと繋がる。
――フィンよ、それを忘れるな。」
長い眠りから覚めたフィンは、父の言葉だけを思い出していた。
「フィン!」
アリスが、明るい笑顔で、フィンの傍へ駆け寄って来た。
「良かった!長く眠っていたから、心配だったの。でも治ったみたいで良かった!本当に。」
アリスはフィンに抱きついた。
「アリス…。」
フィンの心に温かい光が燈った。小さな愛らしい子供。
重なる面影。銀の髪に碧の目の少女。
ふと甦る、記憶。
少年時代のフィン。
突然、「痛み」が心に走った。
銀の髪の少女が泣いている幻影。
「フィーネが泣いてる…。」
フィンはすぐさま、フィーネのもとへと駆け付けた。
「フィーネ!どうしたんだ?」
フィンは、膝を抱えてうずくまっているフィーネに呼び掛けた。
「何でもないよ。」
フィーネは涙を流して泣いていた。
「何でもなくないだろ?悲しくて苦しいって、遠くからでも泣いているのが分かったよ。」
二人は、互いの心が自分のことのように分かるのだった。それは、霊力とは関係のない、絆の力で結ばれた感覚だった。
「…あたしはいらない子なの?」
「何言ってるんだよ。そんなわけないだろ。」
「だって、父さんはあたしを気にかけてくれないんだもの。フィンのことは、いつだって気にかけているのに。…あたしに霊力がないから?大神官の娘なのに。」
フィーネは泣きじゃくった。
「違うよ。父さんは、贔屓してるんじゃないよ。父さんは滅多に感情を表に出さないから、伝わらないだけなんだよ。僕は父さんの跡継ぎにならなきゃいけないから、それで父さんに気にかけられているように見えるだけだし。本当は、父さんは、フィーネのことを心配してるんだ。霊力がなくたって、そんなこと、気にすることはないんだよ。フィーネはその分、僕より自由に生きられるんだ。」
「あたしは神官になりたかったのに…。」
「神官になるのは大変だって。それに神官になったら、今までのようにはいられないんだよ。」
「…フィンは、神官になりたいの?」
「それはそうさ。父さんみたいに立派になりたい。どんなに大変でも、僕は覚悟してる。フィーネの分も、僕は頑張って修行するんだ。でも、フィーネが泣いていたら、僕は心配で、修行に身が入らなくて、こうやって慰めに来てしまうかもしれないよ…。」
「ありがとう、フィン。あたし、もう気にしない。フィンの邪魔はしたくないもの。いつも笑っていれば、どんなに離れていたって、伝わるよね。あたしたちは心が通じ合ってるから。フィンを心配させたくないよ。」
フィーネは涙を拭いて、にっこりと笑った。
アリス。
いつから、この小さな子供を愛しく思うようになっていたのか。それは分かっていた。だが、その感情を押し殺していた。ただ、与えられた使命のために。自分は罪人なのだ。その罪を浄化しなければならない。人類の犯した罪を一人背負って、人類の生み出した魔物を全て浄化しなければならないのだ。
そして――全ての魔物を浄化することが出来たなら…?
許されるのだろうか?
自分の罪、人類の罪。
もし許されるなら、その後はどう生きていけばよいのか。
背中の罪の印は消えるのだろうか。
それとも、永遠に罪人のまま、世界を彷徨い続けなければならないのか。
悲しみと虚しさを抱えて。
自分のしたことを、父に告げるために、帰って来た。
そして、フィーネのこと。
「フィン。こうなることは、知っていた。」
父である大神官は、暗い顔で言った。
フィンは黙って下を向いて聞いていた。
「…お前が罪を犯すという未来を、私は見ていた。だが、止められなかった。人間の心がある限り、お前を止めることなど出来はしない。お前を責めることも出来ない。だが、罪は罪だ。お前はしてはならないことをしてしまったのだ。それも、神官という身でありながら。お前の罪は重い。分かっているだろう。」
「分かっています。…ただ…。」
フィンは、向かい合っている父の顔を見た。
「言いたいことがあるなら、今のうちに言いなさい。」
「二つあります。一つは、私がビールを殺したことで、ムーへのこれ以上の侵略はないのか。もう一つは、フィーネのことです。」
「お前がしたことによる結果か…。確かに、アトランティスはビールの死を受けて撤退していった。これ以上の被害はもうないだろう。だが、お前のしたことが許されるわけではない。ビールの死は、アトランティスにとっては損失であり、その家族にとっては悲しみだ。お前と同じようにな。アトランティスにも心のある人々がいる。それはムーと同じことだ。お前は、ムーの人々を殺したも同然なのだ。」
「はい…。」
「人の命がどういうものか、修行の中で分かっていたはずだ。お前を鬼にしたのは、フィーネへの執着によるものだ。」
「執着?妹なんですよ。あんな姿にされていたら誰だって…。」
フィンは反論した。
「それ、それが執着だ。他のことにはおとなしく聞いていたのに、妹のこととなるとむきになる。フィーネも同じだったな。フィンのこととなると…。」
「…父さん。フィーネは身ごもっていたそうです。」
大神官長は頷いた。
「知っていたのですか?」
「いや。今知ったことだが…。」
「では、フィーネには恋人がいたんですね。」
「いや、そんなはずがない。そんな話も聞いたことがない。フィーネは他人を恐れている。」
「…じゃあ、一体…。」
「おそらく、想像が具現化したのだろう。」
「まさか…!」
フィンは動揺していた。
「…何か知っているのか?」
「実は…恥を忍んで言いますが…、フィーネの夢をよく見ました。フィーネも、同じように私が出てくる夢を見ていたと…。そして…夢の中で交わりました。でもそれはあくまでも夢です。現実にフィーネとそんなことをするはずがありません。」
「それはそうだろう。二人の夢か…。お前たちは銀の民の末裔と言われているが…それに何か関係があるのかもしれない。二人の夢が通じ合って…現実にも影響を及ぼした可能性がある。」
「では私は…フィーネだけでなく、その子供までなきものに…。」
「自分を責めずともよい。しかし、これからは贖罪のために生きねばならぬ。多くの命を奪ったお前には、これから儀式を行う。」
フィンは、台座に寝かされた。
大神官の秘術によって、フィンは仮死状態となった。
フィンは一度死んだ。
罪を犯した「フィン」という人間の闇の部分。それが引き剥がされて。
フィンは生まれ変わった。
背中に大剣を背負って。
その大剣は、ムーに古くから伝わる剣だった。
何故か、何も斬ることも傷つけることも出来ない剣。
それは、重くフィンの背中にのしかかった。
罪を自覚せざるを得ない、罪の象徴。
そしてそれは、見る者を恐怖で圧倒した。
フィンだけが、それを感じないのだ。
フィンの内には、「使命」しかなかった。
あの事件以降、魔物は世界中に散らばってしまった。
苦しむ魔物を探し出して浄化する。
他には、何もなくなった。
涙も出ない、からからに乾いた心。
人の肉体と結びついて存在しているもの――念。
肉体が滅んでも、「念」はしばらくの間、生の世界に留まっている。
その「念」はあちらこちらに散らばっている。
生前の思いが強ければ強いほど、「念」は生の世界に留まり続ける。
生きている者に、何らかの影響を与える。
その「念」を感じたものだけに。
大神官のミスではなかった。
あまりにも、その「念」は強すぎた。
「フィズ…。」
死にかけた生者の肉体が、一心に呟いていた。
その者の弱った肉体に、その「念」は入り込んだ。
宿主を探していたのだ。
その者の肉体は復活した。
邪悪な「念」によって。
一方、新たに生まれたものもあった。
フィンとフィーネの子供。
フィーネの腹の中で、自らの危機を察知したその子供は、「力」を使い、自身の体を未来へと飛ばした。
未来世界の誰かの子宮に宿ったのだ。
生まれた子供は、銀髪に緑の目をしていた。
母親は、気味悪がって、彼を捨てた。
彼の名は「リオル」といった。
その話はのちの物語へと繋がる。
人間は、眠っているとき、まるで死んでいるかのように見える。
しかし、その肉体は命を保っている。
それは、目に見えない力が働いているためである。
肉体の命を保つ力。
それは植物に似ている。
人間は眠っているとき、植物となる。
人間が眠っているとき、起きている間に人間を動かしている力はどこにあるのか?
それは、目覚めたときに肉体に活力を与えるために、力の源へと帰って休息しているのである。
力の源、それは人間の生きる世界とは別にある。
力は、人間の世界とその世界を行き来している。
それは、他の動物も同じことで、生き物は皆、力の循環を通して生きているのである。
「全ては、犠牲の上に成り立っている。
皆が生き続けることは出来ない。皆が幸せであることはない。
平等ということはない。
自然の流れに逆らうことは出来ない。
逆らうことは、世界を破壊することに繋がる。
世界の安定のためには、流れに身を任せることだ。
しかしながら、そこに苦悩して生きるのが人間だ。
何かを犠牲にしながら、それでも前へ進もうとする。
それが人間の生き方。それが自然の摂理。
苦しむことは、決して悪いことではない。
むしろそれこそが、人間の証。
何も感じなくなったら、人間ではない。
苦しみを背負い、償いなさい。
償いとは、己自身との戦いなのだ。
苦しむことを止めたとき、それは己の死を意味する。
生きることは、苦しむことなのだ。
そして、苦しみはいつか、救いへと繋がる。
――フィンよ、それを忘れるな。」
長い眠りから覚めたフィンは、父の言葉だけを思い出していた。
「フィン!」
アリスが、明るい笑顔で、フィンの傍へ駆け寄って来た。
「良かった!長く眠っていたから、心配だったの。でも治ったみたいで良かった!本当に。」
アリスはフィンに抱きついた。
「アリス…。」
フィンの心に温かい光が燈った。小さな愛らしい子供。
重なる面影。銀の髪に碧の目の少女。
ふと甦る、記憶。
少年時代のフィン。
突然、「痛み」が心に走った。
銀の髪の少女が泣いている幻影。
「フィーネが泣いてる…。」
フィンはすぐさま、フィーネのもとへと駆け付けた。
「フィーネ!どうしたんだ?」
フィンは、膝を抱えてうずくまっているフィーネに呼び掛けた。
「何でもないよ。」
フィーネは涙を流して泣いていた。
「何でもなくないだろ?悲しくて苦しいって、遠くからでも泣いているのが分かったよ。」
二人は、互いの心が自分のことのように分かるのだった。それは、霊力とは関係のない、絆の力で結ばれた感覚だった。
「…あたしはいらない子なの?」
「何言ってるんだよ。そんなわけないだろ。」
「だって、父さんはあたしを気にかけてくれないんだもの。フィンのことは、いつだって気にかけているのに。…あたしに霊力がないから?大神官の娘なのに。」
フィーネは泣きじゃくった。
「違うよ。父さんは、贔屓してるんじゃないよ。父さんは滅多に感情を表に出さないから、伝わらないだけなんだよ。僕は父さんの跡継ぎにならなきゃいけないから、それで父さんに気にかけられているように見えるだけだし。本当は、父さんは、フィーネのことを心配してるんだ。霊力がなくたって、そんなこと、気にすることはないんだよ。フィーネはその分、僕より自由に生きられるんだ。」
「あたしは神官になりたかったのに…。」
「神官になるのは大変だって。それに神官になったら、今までのようにはいられないんだよ。」
「…フィンは、神官になりたいの?」
「それはそうさ。父さんみたいに立派になりたい。どんなに大変でも、僕は覚悟してる。フィーネの分も、僕は頑張って修行するんだ。でも、フィーネが泣いていたら、僕は心配で、修行に身が入らなくて、こうやって慰めに来てしまうかもしれないよ…。」
「ありがとう、フィン。あたし、もう気にしない。フィンの邪魔はしたくないもの。いつも笑っていれば、どんなに離れていたって、伝わるよね。あたしたちは心が通じ合ってるから。フィンを心配させたくないよ。」
フィーネは涙を拭いて、にっこりと笑った。
アリス。
いつから、この小さな子供を愛しく思うようになっていたのか。それは分かっていた。だが、その感情を押し殺していた。ただ、与えられた使命のために。自分は罪人なのだ。その罪を浄化しなければならない。人類の犯した罪を一人背負って、人類の生み出した魔物を全て浄化しなければならないのだ。
そして――全ての魔物を浄化することが出来たなら…?
許されるのだろうか?
自分の罪、人類の罪。
もし許されるなら、その後はどう生きていけばよいのか。
背中の罪の印は消えるのだろうか。
それとも、永遠に罪人のまま、世界を彷徨い続けなければならないのか。
