魔源郷
人気のない、ひっそりとした湖畔のほとりに小さな家を建てて、そこで、ブランデーとローズは暮らし始めた。
二人は、ローズの両親に何も告げずに、家を飛び出してきたのだった。
間もなく、子供が出来た。
生まれたのは、黒髪と黒い瞳を持った子供だった。
明らかに、ムーの血をひいていることが分かる。
二人は、子供のことを誰にも話さず、隠して育てることにした。
二人の良い所を継いだ、綺麗な女の子だった。
名前を、フィズと名付けた。
「フィズは、僕が守ってみせるよ。」
「あたしだって守るわ。フィズのことは、親にも話さないわ。誰にも。」
フィズは、二人に守られながら、すくすくと成長していった。
ある夜。ローズは一人、暗闇で泣いていた。
(会いたいよ…。お母さん、お父さん…。)
だけど。ローズは、揺りかごですやすやと眠っている赤ん坊を見つめた。
フィズを守るために、例え両親といえども、この子の秘密を明かすわけにはいかない。
両親は、ローズとは考え方が違う。
ムーの人間を、アトランティス人と同じ人間だとは思っていない。
ローズがムーの人間と結婚したとばれたら、一体どうなるのだろう。
分からなかった。ただ、フィズだけは守らなければ。他の何を犠牲にしても。
すすり泣きの声を聞いて、ブランデーは目を覚ました。
寝室の隅で、膝を抱えて泣いているローズを発見した。
「ローズ。どうしたの?」
ブランデーが背後から声を掛けた。
ローズは急いで涙を拭い、いつも通りの明るい笑顔でブランデーの方を振り返った。
「ううん。何でもないよ。フィズの可愛らしさにうっとりしてたの。さすがはあたしたちの子供だよねー!将来はあたしみたいな美人になるわね。うふふ。」
「ローズ。無理に笑顔作っても分かる。隠さなくていいよ。本当は寂しいんだろう。両親に会いたいんだろう?いつまでも、こんなことが続けられるわけがない…。」
「ブランデー!」
ローズはブランデーに泣きついた。
「あたし…本当は親に会いたいのよ…会って、こんなに可愛いフィズを見せてあげたいの…。でも、ムーの子って分かるのが怖くて…。そんなこと、気にしたくもないけど…フィズを守るためには…どうしようもない…。…あたし、どうしたらいいの?ブランデー。でも、何も言わずに出て来ちゃったし、今更戻れないよ。覚悟はしてた。でも…でもね…時々すごく寂しくて…。」
「…ごめん。僕がローズを苦しめてるんだ…。ローズの両親にお世話になったというのに、何も言わずに、君を連れて出て来てしまった。君の両親はきっと、心配しているだろうね…。僕は君だけでなく、君の両親も苦しめているんだ…。」
「やめてよ!そんなんじゃないわ!誰が悪いわけでもないわ。ブランデーがムーの人だろうと本当は関係ないことなのに、アトランティスの考えがおかしいのよ。だから、あたしたちはこうして隠れて暮らさなくちゃならないのよ。…謝らないで。余計に苦しくなるから。」
ローズは、涙を拭いて、にっこりと笑った。
「でもいいの。あたしは十分幸せ。今のままでも、十分よ。でも、時々は泣いてもいいでしょ?そのときは、慰めて頂戴。こんなあたしだって、明るく振舞っていられないときだってあるんだから…。」
銃弾のうるさい音が響く。
血塗られた部屋。ひび割れた窓ガラス。
倒れている、誰か。
「よこせ!」
扉を激しく叩く音。
「ムーの人間だろう!」
ブランデーは、扉にしがみついて、目の前に倒れている人を見た。
ローズの死体と、フィズだった。
「あああああ……!」
「うわああああああーーーーーーー!!」
ブランデーは、目を覚ました。悪夢から。
「ブランデー!どうしたの!?」
驚いて、ローズがベッドから身を起こした。
「……。」
これは、予知夢?
「何でもない…。何でもないんだ…違う…。」
ブランデーは頭を抱えた。
「頭が痛いの?待ってて。今、お薬持ってくるね。」
寝室を出て行くローズの後ろ姿を見ながら、ブランデーはがくがくと震えていた。
幼い頃、よく恐ろしい夢を見ては泣き喚いたものだった。
その夢が現実になったことは、まだ、ない。
けれども、それは今すぐに起こることだったとは、言えないのだ。
未来に起こる出来事を見ていたかもしれないのだ。
今のは…?
飛行船のニュースを知るたびに、あの夢が現実になるのではないかという不安を覚えた。
今の幸せを壊されたくない。失いたくない。
僕は何のためにここへ来た?
冒険をしに来たはずなのに、いつの間にか父親になって、二人の家族を守る立場になっている。アトランティスの影に怯えながら。
僕は二人を守らなければならない。
次第に、ブランデーは追い詰められていった。
ローズとフィズと三人で暮らしていることはこの上もなく、幸せなことだ。だからこそ、この幸せを奪われたくない。ブランデーは一人、苦悩した。飛行船の姿が、恐ろしい怪物に思えた。ムーが発見されなければいい。そう願うしかなかった。
幸せの後には、必ず不幸がやってくる。
不幸の後には、必ず幸せがやってくる。
世の中は、そういうバランスで成り立っている。
変化しないことはない。
ブランデーの夢は、現実となった。
飛行船が完成したのは、フィズが生まれてから三年後のことだった。
それからすぐに、ムーが発見されてしまったのだ。
ムーの人々は、否応なしにアトランティスに連行されていった。
アトランティス人が、かねてから作っていた、巨大な施設へと。
そこにムーの人々を押し込めて、何かをする計画だったらしい。
アトランティスの皇帝の指示だった。
「なんてことだ…。」
ブランデーは、テレビに映ったムーの人々を見て、愕然としていた。
その中に、一瞬、自分の両親の姿が見えた気がした。
「父さん…母さん…。」
「ブランデー。」
肩を落とすブランデーに、ローズが優しく声を掛けた。
「大丈夫よ。きっとすぐ、ムーの人たちは解放されるわ。ムーの人たちのことを知れば、アトランティスの考え方も変わるかもしれない。ただの能力者ではなく、普通の人間と知れば。」
「殺されるんだ!僕は見たんだ!僕の夢が本当になる!アトランティスの皇帝は心変わりするような奴じゃない。ムーの人々を、何かとんでもないことに使う気だ!」
ブランデーは興奮して言った。
「なるようになるだけよ。今は…落ち着いて…。あたしたちはフィズを守らなきゃ。」
ローズはブランデーを抱きしめた。
ブランデーの心がやっと落ち着き、その目がフィズに向けられた。
「お父さん…どうかしたの?」
あどけない顔で、フィズが首を傾げて言った。
そうだ。フィズ。この子だけは、絶対に守らなければ。
壊れかけていた心に、闘志が湧き上がってきた。
ローズとフィズ。僕の家族は、僕が守らなくてはならない。
それから数年後。フィズは七歳になっていた。
肩よりも少し短く切り揃えられた、サラサラの黒い美しい髪が、風に揺れてなびいた。
雪のように真っ白な肌に、潤んだ黒い瞳。赤い唇。
「お父さん!」
澄んだ声が草原に響き渡った。
「フィズ。」
優しい目で、ブランデーは駆け寄って来るフィズを見つめた。
「綺麗なお花が咲いていたの。」
フィズは、白い花を束ねて、花の首飾りを作っていた。
「これ、お母さんにあげるの。」
「それは喜ぶよ。綺麗だね。」
「お父さんにはね、見せたいものがあるの。」
そう言って、フィズは両手をかざして、水のような、青いふわふわしたシャボン玉のようなものを作り出したかと思うと、それは綺麗な青い花に変わった。
「フィズ!」
ブランデーは青ざめて、フィズの手をいきなり握り締めた。青い花はぐしゃぐしゃに潰れて、地面に散ってしまった。
「何するの?せっかくお父さんに見せたかったのに…。」
フィズは泣きそうな顔になった。
「…ごめん。でも、フィズ。そういう力は…使っちゃいけないんだ。」
「どうして?せっかく綺麗なのに…。」
「フィズ。これは大切なことだよ。その力は、他の人に見られてはいけないんだ。何故かというと、他の人には使えない、特別な力だからだよ。他の人は、フィズのその力を知ったら、フィズをどこか恐ろしい所へ連れて行く。覚えておいで。絶対に、使ってはいけないよ。」
「お父さん…。でもあたし…。」
フィズは涙をこぼした。
「すごいね…って、言って欲しかったの。」
そう言って、フィズは泣きながら、ブランデーの前から走り去っていった。
その後ろ姿を、ブランデーは不安そうに見つめていた。
「…フィズは?」
ブランデーは、家の中に入ってくるなり、フィズを探したが、どこにもいなかった。
「え?さっきまで一緒にいたんじゃないの?」
ローズは首を傾げた。
「…まさか…。家の中に入ったものだとばかり…。」
ブランデーは、すぐに家から飛び出して行った。
「フィズ!遠くまでは行っちゃだめだ!」
いつも、そう言い聞かせていたから、そう遠くまでは行っていないはずだが。
二人は、ローズの両親に何も告げずに、家を飛び出してきたのだった。
間もなく、子供が出来た。
生まれたのは、黒髪と黒い瞳を持った子供だった。
明らかに、ムーの血をひいていることが分かる。
二人は、子供のことを誰にも話さず、隠して育てることにした。
二人の良い所を継いだ、綺麗な女の子だった。
名前を、フィズと名付けた。
「フィズは、僕が守ってみせるよ。」
「あたしだって守るわ。フィズのことは、親にも話さないわ。誰にも。」
フィズは、二人に守られながら、すくすくと成長していった。
ある夜。ローズは一人、暗闇で泣いていた。
(会いたいよ…。お母さん、お父さん…。)
だけど。ローズは、揺りかごですやすやと眠っている赤ん坊を見つめた。
フィズを守るために、例え両親といえども、この子の秘密を明かすわけにはいかない。
両親は、ローズとは考え方が違う。
ムーの人間を、アトランティス人と同じ人間だとは思っていない。
ローズがムーの人間と結婚したとばれたら、一体どうなるのだろう。
分からなかった。ただ、フィズだけは守らなければ。他の何を犠牲にしても。
すすり泣きの声を聞いて、ブランデーは目を覚ました。
寝室の隅で、膝を抱えて泣いているローズを発見した。
「ローズ。どうしたの?」
ブランデーが背後から声を掛けた。
ローズは急いで涙を拭い、いつも通りの明るい笑顔でブランデーの方を振り返った。
「ううん。何でもないよ。フィズの可愛らしさにうっとりしてたの。さすがはあたしたちの子供だよねー!将来はあたしみたいな美人になるわね。うふふ。」
「ローズ。無理に笑顔作っても分かる。隠さなくていいよ。本当は寂しいんだろう。両親に会いたいんだろう?いつまでも、こんなことが続けられるわけがない…。」
「ブランデー!」
ローズはブランデーに泣きついた。
「あたし…本当は親に会いたいのよ…会って、こんなに可愛いフィズを見せてあげたいの…。でも、ムーの子って分かるのが怖くて…。そんなこと、気にしたくもないけど…フィズを守るためには…どうしようもない…。…あたし、どうしたらいいの?ブランデー。でも、何も言わずに出て来ちゃったし、今更戻れないよ。覚悟はしてた。でも…でもね…時々すごく寂しくて…。」
「…ごめん。僕がローズを苦しめてるんだ…。ローズの両親にお世話になったというのに、何も言わずに、君を連れて出て来てしまった。君の両親はきっと、心配しているだろうね…。僕は君だけでなく、君の両親も苦しめているんだ…。」
「やめてよ!そんなんじゃないわ!誰が悪いわけでもないわ。ブランデーがムーの人だろうと本当は関係ないことなのに、アトランティスの考えがおかしいのよ。だから、あたしたちはこうして隠れて暮らさなくちゃならないのよ。…謝らないで。余計に苦しくなるから。」
ローズは、涙を拭いて、にっこりと笑った。
「でもいいの。あたしは十分幸せ。今のままでも、十分よ。でも、時々は泣いてもいいでしょ?そのときは、慰めて頂戴。こんなあたしだって、明るく振舞っていられないときだってあるんだから…。」
銃弾のうるさい音が響く。
血塗られた部屋。ひび割れた窓ガラス。
倒れている、誰か。
「よこせ!」
扉を激しく叩く音。
「ムーの人間だろう!」
ブランデーは、扉にしがみついて、目の前に倒れている人を見た。
ローズの死体と、フィズだった。
「あああああ……!」
「うわああああああーーーーーーー!!」
ブランデーは、目を覚ました。悪夢から。
「ブランデー!どうしたの!?」
驚いて、ローズがベッドから身を起こした。
「……。」
これは、予知夢?
「何でもない…。何でもないんだ…違う…。」
ブランデーは頭を抱えた。
「頭が痛いの?待ってて。今、お薬持ってくるね。」
寝室を出て行くローズの後ろ姿を見ながら、ブランデーはがくがくと震えていた。
幼い頃、よく恐ろしい夢を見ては泣き喚いたものだった。
その夢が現実になったことは、まだ、ない。
けれども、それは今すぐに起こることだったとは、言えないのだ。
未来に起こる出来事を見ていたかもしれないのだ。
今のは…?
飛行船のニュースを知るたびに、あの夢が現実になるのではないかという不安を覚えた。
今の幸せを壊されたくない。失いたくない。
僕は何のためにここへ来た?
冒険をしに来たはずなのに、いつの間にか父親になって、二人の家族を守る立場になっている。アトランティスの影に怯えながら。
僕は二人を守らなければならない。
次第に、ブランデーは追い詰められていった。
ローズとフィズと三人で暮らしていることはこの上もなく、幸せなことだ。だからこそ、この幸せを奪われたくない。ブランデーは一人、苦悩した。飛行船の姿が、恐ろしい怪物に思えた。ムーが発見されなければいい。そう願うしかなかった。
幸せの後には、必ず不幸がやってくる。
不幸の後には、必ず幸せがやってくる。
世の中は、そういうバランスで成り立っている。
変化しないことはない。
ブランデーの夢は、現実となった。
飛行船が完成したのは、フィズが生まれてから三年後のことだった。
それからすぐに、ムーが発見されてしまったのだ。
ムーの人々は、否応なしにアトランティスに連行されていった。
アトランティス人が、かねてから作っていた、巨大な施設へと。
そこにムーの人々を押し込めて、何かをする計画だったらしい。
アトランティスの皇帝の指示だった。
「なんてことだ…。」
ブランデーは、テレビに映ったムーの人々を見て、愕然としていた。
その中に、一瞬、自分の両親の姿が見えた気がした。
「父さん…母さん…。」
「ブランデー。」
肩を落とすブランデーに、ローズが優しく声を掛けた。
「大丈夫よ。きっとすぐ、ムーの人たちは解放されるわ。ムーの人たちのことを知れば、アトランティスの考え方も変わるかもしれない。ただの能力者ではなく、普通の人間と知れば。」
「殺されるんだ!僕は見たんだ!僕の夢が本当になる!アトランティスの皇帝は心変わりするような奴じゃない。ムーの人々を、何かとんでもないことに使う気だ!」
ブランデーは興奮して言った。
「なるようになるだけよ。今は…落ち着いて…。あたしたちはフィズを守らなきゃ。」
ローズはブランデーを抱きしめた。
ブランデーの心がやっと落ち着き、その目がフィズに向けられた。
「お父さん…どうかしたの?」
あどけない顔で、フィズが首を傾げて言った。
そうだ。フィズ。この子だけは、絶対に守らなければ。
壊れかけていた心に、闘志が湧き上がってきた。
ローズとフィズ。僕の家族は、僕が守らなくてはならない。
それから数年後。フィズは七歳になっていた。
肩よりも少し短く切り揃えられた、サラサラの黒い美しい髪が、風に揺れてなびいた。
雪のように真っ白な肌に、潤んだ黒い瞳。赤い唇。
「お父さん!」
澄んだ声が草原に響き渡った。
「フィズ。」
優しい目で、ブランデーは駆け寄って来るフィズを見つめた。
「綺麗なお花が咲いていたの。」
フィズは、白い花を束ねて、花の首飾りを作っていた。
「これ、お母さんにあげるの。」
「それは喜ぶよ。綺麗だね。」
「お父さんにはね、見せたいものがあるの。」
そう言って、フィズは両手をかざして、水のような、青いふわふわしたシャボン玉のようなものを作り出したかと思うと、それは綺麗な青い花に変わった。
「フィズ!」
ブランデーは青ざめて、フィズの手をいきなり握り締めた。青い花はぐしゃぐしゃに潰れて、地面に散ってしまった。
「何するの?せっかくお父さんに見せたかったのに…。」
フィズは泣きそうな顔になった。
「…ごめん。でも、フィズ。そういう力は…使っちゃいけないんだ。」
「どうして?せっかく綺麗なのに…。」
「フィズ。これは大切なことだよ。その力は、他の人に見られてはいけないんだ。何故かというと、他の人には使えない、特別な力だからだよ。他の人は、フィズのその力を知ったら、フィズをどこか恐ろしい所へ連れて行く。覚えておいで。絶対に、使ってはいけないよ。」
「お父さん…。でもあたし…。」
フィズは涙をこぼした。
「すごいね…って、言って欲しかったの。」
そう言って、フィズは泣きながら、ブランデーの前から走り去っていった。
その後ろ姿を、ブランデーは不安そうに見つめていた。
「…フィズは?」
ブランデーは、家の中に入ってくるなり、フィズを探したが、どこにもいなかった。
「え?さっきまで一緒にいたんじゃないの?」
ローズは首を傾げた。
「…まさか…。家の中に入ったものだとばかり…。」
ブランデーは、すぐに家から飛び出して行った。
「フィズ!遠くまでは行っちゃだめだ!」
いつも、そう言い聞かせていたから、そう遠くまでは行っていないはずだが。
