第9話「金色の狼」

 二人は、睨み合っていた。
 たった数分間だった。
 しかし、フィンとラムの対峙していた時間は、それよりも長く感じられた。
 金色の狼は、茂みの中に消えていった。
「フィ…フィン!あいつは…!?」
 ジンジャーが焦ったように言った。
「待ってろ。まさかこの場で変身を解かせるわけにはいかんだろ。あいつは、自力で変身したり元に戻ったり出来るんだ。テキーラと同じようにな。」
 そして、すぐに茂みの中から青いマントを着たラムが現れた。白い帽子は手に持っていた。帽子を被っていない金髪が、わずかな光に照らされてきらきらと光っている。
「驚いたなあ。君…フィンは、魔獣の心が分かるんだね。」
 ラムは、笑顔を作った。
「猟師といっても、魔獣を殺すのではなく、魔獣の心を解き放って、浄化する能力を使って、魔獣を消しているんだね。でも、残念ながら、僕を浄化することは出来ないよ。バンパイアだからね。変身型のバンパイアさ。君と一緒にいるバンパイアたちは、ブランデーとかいう奴を探してるんだってね。でも僕がいくらそいつに似ているからといっても、ブランデーって奴ではないよ。」
「しかし、お前の心には、空白があった。」
 フィンが言った。
「つまり、記憶が一部失われているということだ。」
「アリスと同じだな。」
 ジンジャーが言った。
「…確かに、僕は旧世界のことをほとんど知らない。でもだからと言って関係ない。」
「お前は、バンパイアを滅ぼそうとしているな。」
「何だって!?フィン…それも心を読んだのか!?」
「ああ。こいつは、自分以外のバンパイア全てを滅ぼそうとしている。」
「その通り。」
 ラムは不敵に笑った。
「何を考えているんだ!?自分と同じ仲間を…。正気か!?」
「正気だよ。僕以外のバンパイアは、いらない。」
 にっこりと、ラムは微笑んだ。
「何故…。」
 ジンジャーの問いには答えず、ラムは、大きな白い帽子を被った。
「今は君たちを殺さないよ。そいつがいるからね。いくら僕が強くても、そいつには敵わない。僕の力が吸い取られてしまう。殺意が抑えられてしまう。不思議だね。」
 ラムは、フィンをじっと見つめた。フィンはさっきラムに噛まれた首の傷を包帯で処置していた。
「とても興味深いな…。」
「何故、俺たちを殺そうなどと!何を考えているんだ!」
 ジンジャーがラムに詰め寄った。
「お前は、自分以外いなければいいと、思ったことはないのかい?」
「…そんなこと、思うわけがないだろう。孤独を好むなんて、どうかしている。」
「僕は、他の奴らが邪魔なんだよ。人間は僕の獲物。僕のものなんだ。他の奴らや魔獣なんかには渡したくない。…これが理由かな?」
「人間を殺すために、他のバンパイアが邪魔だと?」
「そうだね。」
「…本当に、ブランデーじゃないんだな…。ブランデーは、バンパイアになっても人間を襲わなかった。あいつは、いつも苦しんでいた。人間を襲わなければ、死ぬほど苦しいのに、それに耐えていた。あいつは、人間の心を捨てなかったんだ。俺は自分をこんなにした人間を憎んだのに、あいつは憎まなかった。誰も恨まなかった。あいつは一人で苦しんでいたんだ。」
「僕は別に人間を憎んでいるわけじゃないよ。人間は獲物。それ以外の何でもない。君たちだってそうだろ?そのブランデーって奴がおかしいのさ。」
 ジンジャーは、突然ラムに掴みかかった。
「憎みたくて、憎んでいるわけじゃない…!記憶のないお前には、分からないだろうが…。」
「…離してくれ。僕はもう、君たちを殺す気はなくなったよ。何故かな。フィンに説得されたからかな。いつになく気分が穏やかなんだよ。」
 ラムは、ジンジャーに首元を掴まれたまま、笑った。
「お前が分からない…。」
 ジンジャーは手を離した。
「僕は実の所、自分が何者なのか分からないんだ。ラムって名前も、自分で付けたんだ。そのへんにあった酒の名前だね。だからブランデーと無関係ってわけでもないかもしれないよ?」
「…あんなに違うと言っておいて、今更何を言うんだ…。」
「君たちに分け前を与える代わりに、ブランデーを探すのを手伝うと言っているんだよ。」
「…仲間になるってのか?」
 ラムは笑って頷いた。
「…信用出来ないな。お前は、俺たちを殺そうとしただろう。仲間になると言っておきながら、隙を狙って俺たちを殺す気か?」
「信用しなくてもいいよ。僕は勝手についていくから。殺すか殺さないかは、分からないけどね。とりあえず、フィンがいる限り、君たちは安全だということは言っておこう。僕は、フィンが気に入ったんだ。」
 フィンは複雑な表情でラムを見た。
「…フィン。お前は、バンパイアに気に入られる体質のようだな…。」
 ジンジャーも、複雑な顔でフィンを見た。フィンは困惑していた。
 アリスは、大きな黒い瞳で、じっとラムを見ていた。
「怖い…。」
 アリスは震え出して、フィンにしがみついた。
「いや…あの人…いや…。」
 それでも、アリスはラムを見続けていた。
「大丈夫だ。俺が守る。」
 ジンジャーが、アリスの頭を撫でた。
 アリスは、ラムを見つめたまま、がたがたと震えていた。
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