第5話「夕陽の記憶」

「そこの…女に…友達が殺された!血を吸い取られて。」
「いつ?」
「昨日の夜だ。」
「…俺が寝ている間にか…。」
 フィンは横目で、テキーラを見た。テキーラは不敵な笑みを浮かべている。
 琥珀色の瞳が赤く光っていた。
 テキーラは、突然、男たちに襲い掛かっていった。
 喉笛めがけて、鋭い牙を剥き出して襲い掛かった。
「テキーラ!」
 ジンジャーが止めようとしたが、テキーラはすばやく一人の男の喉に噛み付いて、血を吸っていた。ぎらぎらと、目が赤く光っている。
「ぎゃああああ!!」
 男たちは、叫び声を上げて、腰をぬかしたまま、よろよろと後退し始めた。
 血を吸われた男はぐったりとして、動かなくなった。
 テキーラの口の周りは血で赤く染まっている。それを、舌でぺろりと舐めた。
「ウウウ…。」
 なおも、テキーラは目を赤く光らせて、震え上がっている男たちに襲い掛かろうとしていた。
「何事だ!」
 騒ぎを聞きつけた者たちが集まってきた。
「厄介なことになったな…。」
 フィンは呟いた。
「逃げるしかなさそうだ。」
 ジンジャーは灰色のマントのフードで顔を隠すと、窓を開けて屋根の上に飛び乗った。
「アリス!テキーラ!逃げるぞ。」
 フィンたちもジンジャーに続いて窓から屋根に飛び移り、宿から逃げ出した。

 人気のない所に建てられた、荒れ果てた小屋の中で、フィンたちは休んでいた。
「ウウウウ…。」
 テキーラは、まだぎらぎらと光る赤い目で、唸り声を上げていた。
 まるで、血に飢えた野獣だった。
「ジンジャーは、この町で人を襲ったか?」
「…いや。船でさんざん補給したからな。当分は平気だ。」
「テキーラは、猫のときはどうしてたんだろう?」
 フィンは、唸っているテキーラの額にそっと手を当てた。
 すると、唸り声が消え、テキーラの目が琥珀色に戻り、穏やかな表情になった。
「…ウアア…。」
 テキーラは、あくびをすると、その場に横になって、目を閉じて寝息を立て始めた。
 無防備な姿で、眠っている。
「バンパイアっていうより、これじゃあ人の形をした魔獣みたいだな。」
 ジンジャーは笑って言った。
「…お前らがアリスの親代わりになってくれれば、バンパイア親子として申し分なかったんだがね。」
 フィンは、花束を取り出して、花を食べていた。
「あたしを子供扱いしないで。あたしたちは、仲間なんだから!」
 アリスはふくれた。
「何怒ってんだ?」
「別に!」
 アリスは、小屋から飛び出して行った。
 その後を、ジンジャーが追いかけて出て行った。
 フィンは、やれやれというような顔をした。

 夕刻のオレンジの空気の中で、アリスは泣いていた。
「アリス。」
 ジンジャーは、アリスの肩に優しく手を置いた。
「バンパイアにとって、歳は関係ない。見かけも関係ない。ただアリスが子供の姿ってだけでさ。フィンには、そこが分からないんだよ。俺なんて何百年も生きてるんだから、本当はジジイなのさ。バンパイアにされたときの歳の姿のままでいるってだけで。」
「…ジジイ?」
「そう。年寄り。過去の思い出に浸るなんて、ジジイみたいだろ。」
 にっとジンジャーは笑って見せた。
「じゃあ、あたしもジジイなの?」
「アリスはババアかな。テキーラもババア。」
「ババア…。何だか、素敵な言葉ね。」
 アリスは涙を拭って、微笑んだ。
「あたしはババアなのね。怒ったりして、バカみたい。フィンはバンパイアじゃないもんね。でも、あんまり子供扱いされると、悔しい…。」
「アリスの心は、時が止まってるんだな…。余計な記憶がないから、それに囚われることもない。年寄りは、過去の記憶に囚われて、純粋に物事を見れなくなるんだ。アリスのような気持ちは、ずっと持ち続けるべきものなんだよ。大切なものなんだ。」
「大切なもの…。」
 大きな黒い瞳で、アリスはジンジャーをじっと見つめた。
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