第2話「バンパイア」
大きな叫びが、フィンの夢の世界を引き裂いた。
がばっと飛び起きて、フィンは叫び声の聞こえた方へと急いだ。
嫌な予感がした。
あの叫びは、心の中だけに響いた。
アリスだとすぐに分かった。
――また変身したのか。
突然、地響きと共に、建物が崩れるような轟音が辺りに響き渡った。
夜空の下で、蠢く巨大な影があった。フィンはそれに向かって走った。
暗闇を抜けて、月光の明るく照らし出す場所に出た。
そこには、石の建物が崩れて、瓦礫の山となった無残な光景が広がっていた。石の下敷きになって倒れている者もいた。
フィンは、それらを見渡した後、遠くの方に目を向けた。
大きな黒い魔物が、赤い眼でこちらを睨んでいる。
その足元に、ジンジャーが倒れていた。
「ジンジャー!」
しかし、フィンはすぐに冷静さを取り戻して、魔物に向き直った。
「アリス…。」
フィンが目を閉じてしばらくすると、魔物は眠るように体を地面に横たえた。そして、少しずつ体が縮んでいき、後には、裸のアリスが気を失って倒れているばかりだった。
「俺の…せいだろう…。」
倒れたまま、ジンジャーが口を開いた。
「この…オカリナを吹いたら…急に…変身した…。」
ジンジャーの体は血まみれだった。
「おい、大丈夫なのか!?いくらバンパイアでも…。」
「ああ…これくらいで死にはしないさ。…ただ…血が足りない…。今すぐに…血が必要だ…。」
「俺の血でも?」
「何でもいい…。このままでは動けない…。」
差し出されたフィンの腕を、ジンジャーは片手で掴んだ。
「うっ…!」
フィンは、苦しそうに顔をしかめた。
掴まれた腕から、血が吸い取られていく感覚がした。
すると、ジンジャーの青ざめていた顔にわずかに赤みがさし、白くなっていた唇が赤くなった。
「これでもう…大丈夫だ。」
ジンジャーはフィンから手を離し、ゆっくりと身を起こした。
「…酷く怪我をしていたように見えたが…。」
フィンは顔をしかめて手首を押さえていた。
「血さえあれば例え大怪我をしても治る。体が八つ裂きにされない限りはな。…噛み付かれるのは嫌だろう?俺は、手からでも血を吸い取ることが出来るんだ。」
ジンジャーは、倒れているアリスを見た。
「てっきり、仲間だと思ったんだが…。」
「その笛を吹いたらアリスが変身したのか?」
「ああ…。」
「だったらもうそれは吹かないでくれ。こいつは、これからここで暮らすんだ。面倒を起こしたら、ここにもいられなくなる。それだけでなく、この村にも大変なことが起こる。」
「すまない…。俺はただ、仲間を探していただけなんだ。苦しめるつもりはなかった。」
ジンジャーは不安げな面持ちで、遠くの瓦礫を見つめていたが、ふいに立ち上がって、足を引き摺りながら瓦礫の方へと向かって行った。フィンの血を分けてもらったとはいえ、まだ、怪我が完全に治ったわけではなさそうだった。フィンは、アリスを抱きかかえて、ジンジャーの後についていった。
「何でこんなことに…。」
あの老人が血相を変えて駆けつけて来た。
「一体、あんたは…。」
「すみません。」
フィンはそれだけ言って、頭を下げた。
老人は、何か言おうとしたが、思い直したようにして、口を閉じた。
既に村中の者が、瓦礫の所に集まっていた。
月明かりの中に見える村人たちの姿は、一目で、普通の人間とは異なるものと分かる。
獣のように尾の生えた者や、角の生えた者、顔の半分が犬の口のように大きく裂けて、牙の出ている者。しかし、どこかしら人間の特徴を持っていて、完全に人間でないとは言えなかった。
ジンジャーたちが手を貸すまでもなく、彼らは、瓦礫の下敷きになった村人たちを救助していた。
「ジンジャーさん。大丈夫でしたか?」
ジンジャーの姿を見ると、村人たちは口々に声を掛けてきた。
「ああ。皆は…。」
「大丈夫ですよ。いきなり大きな音がしたんで、驚きましたけど。」
村人たちも、暴れる黒い影を見たはずだったが、そのことについて触れる者は誰一人いなかった。ただ、何人かの村人は、フィンやアリスの方をちらちらと見ていた。
「さあ、うちに戻ろう。」
老人はそう言って、半ば強引に、フィンたちをその場から遠ざけるようにして家へ戻った。ジンジャーは、村人たちの無事を確認して安心したのか、黙って老人の言う通りにしていた。
家へ戻るとすぐ、老人は新しい着物をアリスに着せてくれた。アリスはまだ、気を失っていた。ジンジャーは、眠っているアリスのそばに座って、心配そうに様子を見ていた。
「誰も、あんたらを責められはせんよ。」
老人は言った。
「それよりも、あんたは…本当は猟師ではないんじゃろう?」
フィンを見て、老人は言った。
「猟師は魔物を殺す。だがあんたは、魔物を元に戻した。本来の姿にな。」
「元に戻したわけではありません。鎮めただけです。」
フィンはきっぱりと言った。
がばっと飛び起きて、フィンは叫び声の聞こえた方へと急いだ。
嫌な予感がした。
あの叫びは、心の中だけに響いた。
アリスだとすぐに分かった。
――また変身したのか。
突然、地響きと共に、建物が崩れるような轟音が辺りに響き渡った。
夜空の下で、蠢く巨大な影があった。フィンはそれに向かって走った。
暗闇を抜けて、月光の明るく照らし出す場所に出た。
そこには、石の建物が崩れて、瓦礫の山となった無残な光景が広がっていた。石の下敷きになって倒れている者もいた。
フィンは、それらを見渡した後、遠くの方に目を向けた。
大きな黒い魔物が、赤い眼でこちらを睨んでいる。
その足元に、ジンジャーが倒れていた。
「ジンジャー!」
しかし、フィンはすぐに冷静さを取り戻して、魔物に向き直った。
「アリス…。」
フィンが目を閉じてしばらくすると、魔物は眠るように体を地面に横たえた。そして、少しずつ体が縮んでいき、後には、裸のアリスが気を失って倒れているばかりだった。
「俺の…せいだろう…。」
倒れたまま、ジンジャーが口を開いた。
「この…オカリナを吹いたら…急に…変身した…。」
ジンジャーの体は血まみれだった。
「おい、大丈夫なのか!?いくらバンパイアでも…。」
「ああ…これくらいで死にはしないさ。…ただ…血が足りない…。今すぐに…血が必要だ…。」
「俺の血でも?」
「何でもいい…。このままでは動けない…。」
差し出されたフィンの腕を、ジンジャーは片手で掴んだ。
「うっ…!」
フィンは、苦しそうに顔をしかめた。
掴まれた腕から、血が吸い取られていく感覚がした。
すると、ジンジャーの青ざめていた顔にわずかに赤みがさし、白くなっていた唇が赤くなった。
「これでもう…大丈夫だ。」
ジンジャーはフィンから手を離し、ゆっくりと身を起こした。
「…酷く怪我をしていたように見えたが…。」
フィンは顔をしかめて手首を押さえていた。
「血さえあれば例え大怪我をしても治る。体が八つ裂きにされない限りはな。…噛み付かれるのは嫌だろう?俺は、手からでも血を吸い取ることが出来るんだ。」
ジンジャーは、倒れているアリスを見た。
「てっきり、仲間だと思ったんだが…。」
「その笛を吹いたらアリスが変身したのか?」
「ああ…。」
「だったらもうそれは吹かないでくれ。こいつは、これからここで暮らすんだ。面倒を起こしたら、ここにもいられなくなる。それだけでなく、この村にも大変なことが起こる。」
「すまない…。俺はただ、仲間を探していただけなんだ。苦しめるつもりはなかった。」
ジンジャーは不安げな面持ちで、遠くの瓦礫を見つめていたが、ふいに立ち上がって、足を引き摺りながら瓦礫の方へと向かって行った。フィンの血を分けてもらったとはいえ、まだ、怪我が完全に治ったわけではなさそうだった。フィンは、アリスを抱きかかえて、ジンジャーの後についていった。
「何でこんなことに…。」
あの老人が血相を変えて駆けつけて来た。
「一体、あんたは…。」
「すみません。」
フィンはそれだけ言って、頭を下げた。
老人は、何か言おうとしたが、思い直したようにして、口を閉じた。
既に村中の者が、瓦礫の所に集まっていた。
月明かりの中に見える村人たちの姿は、一目で、普通の人間とは異なるものと分かる。
獣のように尾の生えた者や、角の生えた者、顔の半分が犬の口のように大きく裂けて、牙の出ている者。しかし、どこかしら人間の特徴を持っていて、完全に人間でないとは言えなかった。
ジンジャーたちが手を貸すまでもなく、彼らは、瓦礫の下敷きになった村人たちを救助していた。
「ジンジャーさん。大丈夫でしたか?」
ジンジャーの姿を見ると、村人たちは口々に声を掛けてきた。
「ああ。皆は…。」
「大丈夫ですよ。いきなり大きな音がしたんで、驚きましたけど。」
村人たちも、暴れる黒い影を見たはずだったが、そのことについて触れる者は誰一人いなかった。ただ、何人かの村人は、フィンやアリスの方をちらちらと見ていた。
「さあ、うちに戻ろう。」
老人はそう言って、半ば強引に、フィンたちをその場から遠ざけるようにして家へ戻った。ジンジャーは、村人たちの無事を確認して安心したのか、黙って老人の言う通りにしていた。
家へ戻るとすぐ、老人は新しい着物をアリスに着せてくれた。アリスはまだ、気を失っていた。ジンジャーは、眠っているアリスのそばに座って、心配そうに様子を見ていた。
「誰も、あんたらを責められはせんよ。」
老人は言った。
「それよりも、あんたは…本当は猟師ではないんじゃろう?」
フィンを見て、老人は言った。
「猟師は魔物を殺す。だがあんたは、魔物を元に戻した。本来の姿にな。」
「元に戻したわけではありません。鎮めただけです。」
フィンはきっぱりと言った。
